明日のオレへ (3)
星が一番綺麗に見える場所。
なんでこいつがそんな場所を知っているのか。
いや、そもそもなんでそれを見せたいと思った相手がオレなのか。
さっきからずっと感じてた違和感が、ここにきて最高点に達してしまった。
それってやっぱり、そういうことだろうか。
信じられないという思いと、そうでなければあまりにもおかしいという思いがオレの心の中をぐるぐる回る。
そして、気付くとオレは深い深いため息をついていた。
「……反町? どうかしたのか?」
不安気に若島津がオレの目を覗き込んできた。
少し黒目が大きい不思議な瞳。
猫の目に似ている。
いつもの若島津とは違う色。
「なあ……」
「……ん?」
「オレ、お前のこと好きだよ」
「………!?」
オレがそう言うと、若島津は驚いたように目を見開いた。
「そんなに意外か?」
「い…いや…意外っていうか……」
「じゃ、あ嫌か? オレに告られるのは」
「嫌じゃない!」
きっぱりはっきり言い切った若島津は、次いで慌てたように首を振った。
やっぱり、その表情も今までオレが見たことのない表情だった。
「嫌じゃないってことは…お前もオレのこと、好きだってことでいいのか?」
「…………」
オレの言葉で若島津の頬が真っ赤に染まった。
我ながら意地悪な聞き方してるなあと思ったんだけど、どうにも止められない。
「オレ…お前が好きだよ」
「…………」
「お前は?」
「……好きだ…よ」
うつむいて呟くように答える若島津はなんだか幼い子供みたいに見えた。
だからだろうか。
オレはこのチャンスを逃さない為、そっと若島津の腕を引き、タイミングを合わせて顔をあげた。
「……え?」
僅かに洩れた吐息を塞ぐように唇を重ねる。
たぶんこれがオレと若島津との最初で最後のキスだろう。
「………!?」
思った通り、若島津は真っ赤になって飛び去りオレを見た。
うまく言葉が出ないのか、口をパクパクさせてる。
そして、それはやっぱりオレの知らない若島津だった。
「悪い悪い。でも、お互い好きならこれって合意だよな」
「……そ……それ…は」
「それともやっぱ嫌だった?」
「…………」
まだ真っ赤に頬を染めたまま若島津は首を振った。
もちろん横に、だ。
「それは嫌じゃないってことか?」
「…………」
また若島津が首を振る。
今度は縦に。
不思議なものだ。
わかっていても、やっぱ嬉しいものなんだな。こういうのって。
嬉しいんだ。
たとえ目の前にいるこの男が、本物の若島津じゃないとしても。
オレは自分自身を落ち着かせる為に、ふーっとおもいっきり深呼吸をした。
「……で、ここからが本番。おまえは何者だ?」
オレの問いかけに若島津はピクリと反応し、誤魔化すように視線をそらせた。
「何…言って…」
「妙な誤魔化しとかなし。オレを見くびんな」
「…………」
「分かんないとでも思った?」
「……いや……」
うなだれて若島津が首を振る。横に。
そして観念したのか、小さな声で呟いた。
「いつから?」
「……何が?」
「いつから気づいてた?」
若島津が顔をあげてオレを見た。
いつも見ていた、オレの好きな若島津とそっくりの顔で。
「さあ……いつだろ? 何となく、いつの間にか…って感じ?」
そう。いつの間にか。
オレが若島津を好きになったのだって、いつの間にかだった。
そして、こいつに違和感を感じたのも、いつの間にか。
いつの間にか、感じたんだ。
こいつは、オレの知ってる、オレが好きになった若島津とはちょっと違うってことに。
こいつは、オレの知ってる若島津よりほんのちょっと好奇心旺盛だった。
こいつは、オレの知ってる若島津よりほんのちょっと腕っ節が弱そうだった。
こいつは、オレの知ってる若島津よりほんのちょっと笑顔が柔らかかった。
そして、こいつは、オレの知ってる若島津よりほんのちょっとオレのことを好きだった。
いや。ほんのちょっとどころじゃない。
きっと、すげえ好いてくれてる。
嬉しいけど、同じくらい哀しかった。
「で? あいつに兄弟がいるってのは聞いてるけど、さすがに双子がいるとは初耳だぞ」
「彼に双子はいないよ」
「じゃあ……隔世遺伝で偶然双子みたいに似ちまった従兄弟とか?」
「従兄弟でもないよ」
「じゃあ……ドッペルゲンガーとか?」
「…………」
「違うか……なら、もしかして幽霊?」
「……そうだね。それが一番近いかも」
冗談のつもりで言ったのに、若島津は初めて苦笑しながら、肩をすくめて見せた。
「……幽霊?」
「…………」
「でも、若島津…死んでないよな? ってか若島津の幽霊なんだったら、それは若島津本人なんだから、オレがお前のこと若島津じゃないって思うわけないし……」
ああ、なんかややこしくなってきた。
オレが頭を抱えると、若島津もどきは、くすりと笑った。
ほんの少し寂しそうな笑顔だった。
「この姿は、借りたんだ」
「……借りた?」
「だって、もとの姿じゃ話せないし、それに……」
「……それに?」
「反町が若島津のこと好きなの知ってたから、この姿のほうが色々話せると思って」
「…………」
「オレ…ううん。ボクは、嘘をついてた。ボクは若島津じゃない。でも反町を好きだって言ったのは本当のことだよ」
幽霊に告白されてもなあ。
一瞬そう思ったけど、オレはそんなこと口に出さなかった。
だって、やっぱ嬉しかったから。
若島津の姿をしたそいつから、そんな言葉を聞ける日がくるなんて絶対に来ないと思ってたから。
だから、オレは言ったんだ。
「ありがとう。オレもお前のこと好きだよ」
オレの言葉にそいつはふわりとした笑顔を見せた。
柔らかい笑顔。
この笑顔だけは、本物よりも良いかもしれない。
そう思ったオレの耳にカラカラとかすれたような鈴の音が聞こえてきた。
これはオレがクロにあげた鈴の音だ。全身真っ黒のくろすけだった、クロの鈴だ。
ああ、そうか。
やっぱ、そういうことだったのか。
「ってことは、これは夢…なんだな」
「そうだね。夢の一種なんだと思う」
柔らかな笑顔は、オレの目の前で弾けて、泡になって消えていった。
――――――「反町ー! お前、朝飯いらないのか?」
バタンという大きな音を立てて小池が部屋に飛び込んできた。
オレはまだ夢の中にいるみたいな心地のままベッドの上から小池を見下ろした。
朝食。
あれ?
オレ、今まで何してたんだっけ?
まるで走馬灯のように、昨夜から今までのことがオレの頭の中を駆け巡る。
どこまでが現実で、どこからが夢なのか分からない不思議な出来事。
でも、確かにいた。
証拠はオレが今、この手に持っているこのノートだ。
夢だと思って忘れてしまっていただろう明日のオレに向けてオレが残したこのノートだ。
島野に誘われて参加した百物語。
集まったのは、オレと島野と松木だけ。
若島津は今実家に帰っている。
そして始まった百物語と、その後の降霊実験もどき。
姿を現した若島津。いや、猫のクロ。
死んでしまったクロ。
オレのことを好きだと言ってくれたクロ。
夜の散歩。
星空。
クロがオレに見せたかったと言ってくれた綺麗な星空。
もしかして、クロはそれを探しに治りかけの怪我のまま、外へ出て行ったんだろうか。
そして、やっと見つけた後に、あの事故に遭ったんだろうか。
クロのやつ。
そんなことなら、オレ、いつまでだって待ってやったのに。
焦る必要なんかなかったのに。
全回復するまで、ちゃんと面倒みてやったのに。
そして、元気なお前と一緒に。
元気なクロと一緒に、夜の散歩をしたかったのに。
星空を見たかったのに。
「反町? どーしたんだお前」
小池が世にも不思議なものを見たかのような表情でオレの顔を覗き込んで来た。
「どうって? あれ?」
「お前、泣いてる」
言われて気付く。
オレ、泣いてる。
それも、しくしくなんて可愛いものじゃない。涙がダダ漏れ状態だ。
「なんかあったのか?」
「わかんねえ。涙腺壊れた」
「……らしいな」
ほんの少し呆れ顔で小池が相槌を打った。そして可笑しそうに笑う。
「なんか、蛇口が壊れた水道みたいだ。おもしれえ顔」
「うっせえ。もうちっとマシな例えはないのか、お前」
文句を言いながらも、オレはそう言って目の前で笑ってくれる小池のおかげで、ほんの少しだけ泣き顔が笑顔に変わったことに気付いた。
さよなら。クロ。
オレもお前のこと大好きだよ。
本当に本当に大好きだよ。
このノートとクロの思い出はオレの宝物になる。
絶対に。
だからもう忘れない。
忘れないから。
オレは初めて、若島津じゃなく、クロ本人に向かって、そんなふうに自分の気持ちを伝えてみた。FIN.
2015.10.3 脱稿