銀の月 (5)

地下競売の会場のひとつでもあるセメタリービルに火の手があがった。
そして、まるで戦争でも始まったんじゃないかと思うくらいの大騒ぎの後、幻影旅団の撃退に成功したとの報道が突然オレ達の所に飛び込んできた。
相変わらずクラピカからの連絡はない。今何処でどうしてるんだか。腹の中がもやもやして、何だかマジでやりきれない気持ちになった。
「旅団が死んだって……ホントかな?」
ゴンが呆然とした口調で言ったそばで、レオリオがテレビのスイッチを入れる。
テレビではどのチャンネルもそのニュースで持ちきりで、ネットには蜘蛛のリーダーの死体がでかでかと流れていた。
信じられない。蜘蛛が死んだなんて。だが、画面に映し出されているグロテスクな死体の群れの中には、確かに見覚えのある顔がいた。
「キルア、見て! これ、マチっていう女の人じゃない?」
ゴンが画面に向かって指さした先には、確かにあのマチと名乗っていた蜘蛛のメンバーが映っていた。
旅団の死体は全部で6体。
リーダーの男と、マチを始め、例のアジトにいた奴ら。
「ヒソカはいないね。あとノブナガって人もいない……」
マジマジと画面を見据えて、ゴンがつぶやく。そうだよな。蜘蛛がやられたって言っても全員じゃないんだ。生き残りがいる。でも。それにしても、蜘蛛のメンバーを6人も殺すなんて、そんなことが出来る奴がいるのか? 本当に。
「どうやら、蜘蛛の頭をやったのはお前の親父さんらしいぞ」
ネットの情報を検索していたレオリオが言った。
「親父? 来てたの?」
レオリオの肩越しにオレはパソコン画面を覗き込む。
「十老頭が雇ってた奴らの中にゾルディック家の者がいたらしい」
レオリオが該当の記事の部分を指さしてオレに教えてくれた。
9月1日、地下競売の会場が幻影旅団に襲撃されたあと、マフィアン・コミュ二ティーの長である十老頭は、再度の襲撃に備えて会場周辺の警備を強化した。その際にプロの暗殺者集団を雇ったのだと、その記事には載っていた。
「プロの……? つまりその中に」
「ああ、十中八九間違いない。プロってのは、ゾルディック家の者のことだ」
「…………」
ゾルディック家の者。親父か、兄貴か、もしかしたらゼノ爺ちゃんかな。だったら、蜘蛛のリーダーが殺られても納得がいく。
でも、本当に。
本当に、それでいいのか。
それが正解なのか。
「良かったね」
突然、ゴンが言った。
「…………良かった……?」
オレはゆっくりとゴンの方へ首を向ける。
「良かったって……」
「だって、これでもう、クラピカは蜘蛛と対峙しなくてもよくなったんだよね。頭が死んじゃったんだから、もう……」
「…………」
「もう、これ以上、蜘蛛を殺る必要はなくなったんだ」
言い聞かせるような口調で、ゴンは言った。言い切った。
そう、なのか。クラピカ。本当に、そうなんだろうか。蜘蛛が死んで。それで全部終わり。本当に?
ゴンはクラピカがもう戦わなくて済むことを素直に喜んでいる。レオリオも、多少ゴンよりは複雑な表情をしてはいるが、それでもほっとしていることには変わりないだろう。
なのに。
オレだけが、違う。オレだけが素直に喜べていない。
だって、クラピカは言ったんだ。理屈じゃないんだ。そう言ったんだ。クラピカは。
理屈じゃないって。
「なあ……レオリオ」
隣にいるレオリオにオレは小さな声で聞いた。
「普通、成し遂げるって言うのは、自分の手でそれをやって初めて言えることだよね」
「……え?」
「こんな……鳶に油揚げさらわれるようなやり方じゃ、成し遂げたって事になるのか? 本当に、これで……」
理屈じゃない。これは理屈じゃないんだ。
「キルア……お前……」
こんな結果じゃ、クラピカは。
「これじゃ、駄目だ」
クラピカの闇は深くなるだけだ。絶対。オレには分かる。
これじゃ駄目なんだ。きっと。
「キルア。オレ、クラピカにメール打とうと思うんだけど、どうかな?」
ゴンが携帯を掲げて見せた。
「……何て打つんだよ?」
「デイロード公園で待ってる!!って」
「…………」
ゴンは真っ直ぐな目でオレ達に同意を求める。
「クラピカ、来てくれるよね」
「ああ、きっと来るさ」
オレが答えられないでいるのを見かねてか、レオリオが代わりにそう返事を返すと、ゴンは早速ピッピッとメールを打ち始めた。
どうしようもないくらい複雑な気持ちで、オレはじっとメールを打つゴンの手元を凝視し続けていた。

 

――――――久しぶりに顔を見せたクラピカの様子はやはり少し違っていた。
ゴンのメールに律儀に答えて姿を現すところは相変わらずだと思ったんだけど、やっぱりちょっと印象が違う。
なんだか心ここにあらずといった風情で、普段なら警戒して他人に話さないようなこともぽろぽろ話してしまっていて、オレは、そんなクラピカの態度に不安を募らせた。
クラピカは蜘蛛の頭が死んだ所為で気が抜けたのかもしれないと言っていたが、本当にそれだけだろうか。クラピカは、まるで自分の秘密をオレ達に話すことで、救いを求めてでもいるかのようだった。
クラピカの話は、自分の念能力についての秘密。
なんでだよ。なんでそんな大事なことをオレ達なんかに簡単に話しちまうんだよ。
思わず荒げたオレの声にもクラピカの反応は鈍かった。
自分の手の内を他人にさらけ出して得るものなんか何もない。そんな事はクラピカ自身が一番良く知っているはずなのに。それでも話さずにはいられなかったのは何故だろう。
制約と誓約。クラピカの心臓には、自分で作られた念の刃が突き刺さっている。そういった枷をはめることで、クラピカは強くなったと言った。その方法は蜘蛛を倒すための手段。蜘蛛を倒すためにはその方法が有効なのだと、クラピカは言った。
念能力の強さは、その誓約の重さに比例する。強くなるために、強い力を得るために、クラピカは自分の心臓に鎖を突き刺した。
本当に? 本当にそれが理由なんだろうか。
強くなるために。
本当に、それだけが理由なんだろうか。
なんだか違うとオレは思った。
だって、違う。きっと違う。
だって、きっとそうじゃないと出来なかったんだ。
そこまで自分を追いつめなければ蜘蛛を殺ることが出来なかったんだ。殺すという行為はこの人にとっては、それほどの意味を持つことなんだ。いくら復讐だとはいえ、いくら憎い相手だとはいえ、簡単に出来る事じゃない。
出来る事じゃなかったんだ。
脆い人なんだ。本当に、脆い人なんだ。この人は。
この人は人を殺る側に来ちゃいけなかったんだ。絶対に。
やっぱ無理だよ。これ以上、もう無理だ。
爺ちゃん。本当にゼノ爺ちゃんが蜘蛛のリーダーをやったのなら。依頼を受けたんだとしたら、何で、何であと少し早く蜘蛛の頭を始末してくれなかったんだろう。
そうすれば、もしかしたら後戻り出来たかもしれなかったのに。
そうすれば、クラピカはその手を人の血で染めなくてもすんだかも知れないのに。
考えてもどうしようもない。どうしようもないことばかりが頭の中をぐるぐるぐるぐる回ってる。オレ、本当にどうしたんだろう。どうしたいんだろう。どうすればいいんだろう。
オレは。
ただ、綺麗だと思ったんだ。
緋色じゃなく、普段の穏やかな表情をしている時のクラピカの綺麗な綺麗な碧眼。空の碧。
世界の7大美色なんかより、ずっと綺麗なあの碧を見ていたいと思っただけなんだ。
それだけ思ってただけなんだけど。

 

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