サクリファイス (5)
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昼は灼熱地獄。夜は極寒地獄。
本当にこの島は人が生きていくのに不似合いな土地だと思う。
3日に一度やってくる定期便で届けられる食料と、猫の額ほどの小さな畑。
病気になったって、医者にかかることもできない。
「何……? これ……」
オレが無理矢理飲ませた液体を顔をしかめながら飲みこんで、瞬がオレに訊いてきた。
ようやく意識が少しはっきりしてきたらしい。
「熱冷まし。何もないよりましだろうと思って、持ってきた」
「…………」
驚いたように目を丸くして、瞬はオレをじっと見あげる。
その瞳がなんだか吸い込まれそうに澄んでいて、オレは手に持っていた薬湯をぐいっと瞬の目の前につきだした。
「ほら、意識が戻ったんなら自分で起きて飲めよ。まだ残ってるんだから」
「あ……うん……」
言いながら起きあがろうとして、再び瞬の顔が苦痛に歪む。
「…………!!」
ぐらりと揺れた瞬の身体がオレの腕の中へ倒れ込んだ。
「ご……ごめん……」
熱はちっとも下がっていないようだ。
まあ、そんな即効性のある薬じゃないし、まだ半分しか飲ませてない。当たり前といえば当たり前か。
「ちっ……しゃあねえな。まったく」
「ごめん」
「ほら、顔あげろよ」
くいっと顎に手をかけて上を向かせると、オレは瞬の口元に薬湯の入った器をあてがった。
「…………」
熱に潤んだ目が、すまなさそうにオレを見あげている。
何故か胸がドキリとなった。
「…………」
多少乱暴に口を開けさせ、オレは瞬の唇に薬湯を流し込んだ。
コクリと喉が鳴る。
その音が何だかとてつもなくいやらしく聞こえ、オレは慌てて瞬の身体を引きはがした。
「ほら、おとなしく寝てろ」
「…………」
くすりと瞬が笑う。
「なんだかレダって兄さんみたいだ」
「オレはお前みたいな弟持った覚えはないし持ちたくもない」
憮然として言うと、瞬はさらに楽しそうに笑った。
その時、オレは気付く。
こんな瞬の笑顔を見たのは、これが初めてかも知れない。
瞬はいつも、困ったような曖昧な表情しかしていなかったから。
「ねえ、レダ」
「……何だ」
「此処は、何処?」
「………………」
ふっと瞬の顔が不安気に曇った。
オレは小さく息を吐いて、瞬を見下ろして言う。
「大丈夫。先生には知らせてない。此処は島の中央にある砂漠の手前の洞窟だ」
「………………」
「オレしか知らない秘密の場所だ。誰も来ない」
「……ごめんね…………」
瞬が小さく頭を下げた。
柔らかな髪がふわりと揺れる。
こんな少女のような奴に負けたのかと、改めてオレは思った。
外はすっかり夜になっており、洞窟の上には、きっと見事な南十字星が輝いているだろう。
洞窟の出口から僅かに見える夜の砂漠を眺めながらオレは小さく舌打ちした。
夜の砂漠は嫌いだ。昼間より更に、不気味な圧迫感を感じるから。
どうやっても敵わないだろうと、嫌と言うほど思い知らされているような気がするから。
「ごめんね、レダ」
また、瞬がそう言った。
「明日の朝には戻るから」
「………………」
明日の朝。
その頃までに動けるようになっているか怪しいものだ。
「お前が無茶するのは勝手だが、明日の朝、戻れるのか? 前は2週間ぶっ倒れてたんだろう」
「…………!!」
瞬の表情が硬くなった。
「レ……ダ……」
オレは無言でじっと瞬の青ざめた顔を見つめていた。
瞬は苦し気に目を伏せ、ゆっくりと身体を起こすと、洞窟の壁に背中を預けて深く息を吸い込んだ。
「レダって何でも知ってるんだね」
「そんなことはない」
オレは即座に否定した。
当たり前だ。オレは何も知らない。解らない。
だって、わかってたら、こんな苛立つこともないはずなんだ。
「オレはお前のことなんか知らない。たまたまスピカが噂を教えてくれたんだ」
「そっか……そうだよね。あの頃、島にいたみんなは知ってるんだよね」
遥か昔の出来事を懐かしむように瞬はぼんやりと洞窟の天井を見あげた。
熱に潤んだ目尻が何だか泣いているようにオレには見えた。
「あの頃は、しばらくの間ずっと悪夢にうなされてた。眠りたくないのに身体がいうことをきかないんだ。…………眠りながら、僕はずっと兄さんの夢を見てた」
また、兄さん。
こいつにとって兄貴の存在というのは何なんだろう。
どうしてそこまでこだわる必要があるのだろう。
オレの疑問とは裏腹に、瞬はまったく別の事に意識を向けていた。
「でも、さすがに5年経ったからね。僕も少しは丈夫になったと思う。やっぱり熱はでたけど、明日には戻るよ」
「…………」
「戻って、僕は明日、サクリファイスを受けなくちゃならない」
「…………!?」
オレは驚愕に目を見開いた。
何を言ってるんだ。こいつは。
サクリファイス?
そんなもの、その身体で受けて無事でいられると思ってるのか?
せめて、熱が完全に下がってからとか、体調が万全になってからでも、何も問題は無いはずだ。
それを、よりにもよって明日。
「サ……クリファイス……? それを……明日……?」
「そう」
サクリファイス。
それは、アンドロメダの聖衣を手に入れる最後の試練。
オレ達は、今日、聖衣継承者を決める最終決定の前哨戦を行ったが、それに勝ったからといってすんなり聖衣が手にはいる訳ではない。
あんなものは、ただの腕試しでしかない。
肝心なのは、そのあと。
本当に聖衣を纏うだけの力があるかを試す、地獄のような試練。
サクリファイスは、島から少し離れた海の中にある巨大な岩場で行われる。
決して切れることはないというアンドロメダの鎖で身体をがんじがらめに縛り付け、海の水が満潮になる前にその鎖を抜けて脱出できるかどうか。
もちろん道具を使って鎖を切ることなど不可能であり、自身の小宇宙の大きさと、アンドロメダの守護を得られるかで成功、失敗が決まる。
まさに、その人間を聖闘士として認めるかどうかを、アンドロメダの聖衣が判断するというものだ。
そして、失敗した者に待っているのは死。
満潮になった海に呑まれてしまうのだ。
失敗した者には、神話のアンドロメダ姫を助けに来てくれたペルセウスは永遠に現れない。
永遠に。
「お前……死ぬ気か?」
瞬が微かに笑った。
「まさか」
「……無茶だとは思わないのか」
「思ってるよ」
あっさりと言いやがる。
オレはおもわず苦笑した。
体調が万全であってさえ、成功する確率はないに等しいと言われているのに。
普通に考えたら、それは自殺行為以外の何ものでもないのに。
「やっぱりオレにはわかんねえよ、お前のことなんか」
「…………」
「なあ……瞬……」
「……何……?」
「瞬、お前さ……本当は……本当は、死にたかったんじゃないか。ずっと」
「………………」
瞬の瞳が真っ直ぐにオレを捉えた。
「誰かが自分を殺してくれるのを、ずっと待ってるんじゃないか」
瞬は表情も崩さずに、真っ直ぐにオレを見つめ返した。
「レダはやっぱりすごい」
「………………」
「君が兄さんだったらよかったのに」
「………………」
「そうしたら、きっと君は僕を殺してくれたんだろうに」
ぽつりと瞬はそうつぶやいた。