サクリファイス (4)
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オレ達が、アンドロメダの聖衣継承者を決める最終決定の前哨戦ともいえる勝負をしたのは、立っていてさえ汗が滲み出てくる暑い日だった。
ポタリ。ポタリと自分の汗が地面にしみこんでいくのが解る。
オレは全身の力を振り絞って目の前の勝負の相手、瞬の顔を睨みつけた。
「ふっ……まさか、お前が相手になるとは思わなかったよ」
「レダ……」
やはり相変わらず瞬は、苦しそうにも見える微妙な表情でオレを見つめ返している。
オレがいつも思う、天使の顔だった。
太陽は真上からオレ達二人を嘲笑うかのように、灼熱の光を投げつけていて、オレの額から再びじっとりとした汗が噴き出してくるのがわかった。
「………………」
「………………」
ジリッジリッと二人の距離が縮まっていく。
ほんの僅か、瞬の中の小宇宙の威力が弱まったのを感じた。
「……!?」
オレは眉間に皺を寄せて瞬を睨みつけた。
こいつは、此の期に及んで、まだ力を解放する気がないのだろうか。
まだ、力を抑えようという気持ちのほうが多いというのだろうか。
この勝負に勝って、試練を終えて、故郷へ帰る。
でなければ、此処にいる意味はない。本当に、この島での数年間が無駄になる。
そうは思わないのか。
やはりこいつの心の中に、欲はなにひとつ無いというのか。
そんな事はあり得ない。人間としてあり得ないはずだ。
『瞬は人殺しだ』
ふと、この間スピカが言っていた言葉を思いだした。
人殺し。
それが本当なのだとしたら、こいつは、どうしてその少年を殺したのだろう。
そこに、こいつの望みがあったのだろうか。
何かを護るためか。何かを隠したくてか。それとも相手を憎んでか。
何かしら理由があって殺したのだとしたら、それは、瞬の最初で最後の欲だったのだろうか。
相手の命を奪うほど、瞬は何かを欲していたのだろうか。
「………………」
ザワリと心が鳴る。
オレの心をよぎった思いは、微かな憧憬だろうか。
まさか。
そんなこと。
なんで、オレがその殺された少年を羨ましいなどと思わなくちゃならないんだ。
ばかばかしい。
「瞬!」
回りに聞こえないようにと、瞬の腕に鎖を絡めてそばへ引き寄せながら、オレはやつの耳に囁いた。
「瞬、どうして本気をださない」
「……レダ……」
「そんなに力を抑えつけてりゃ、オレには勝てないぜ。それともそこまでバカにしてるのか、オレのことを」
「そんなんじゃ……」
「だったら、本気をだせよ。出したことあるんだろう、昔は」
「…………」
ガキっと鎖と鎖が絡み合う。
端から見れば、オレが一方的に攻撃をしかけて、瞬は防戦に必死になっているように見えるだろう。
それがまたオレの勘に障る。
「いい加減にしろよ。この人殺し」
「……!?」
瞬の瞳がこぼれ落ちるほど大きく見開かれる。
「人、殺してるんだろう。だったら、今更何を恐れることがあるんだ」
「レ……ダ……」
「1人殺すも2人殺すも同じだろう。ええ、偽善者さんよ」
「……!!」
「さっさと本性あらわせよ、人殺し!」
「僕は……!!!」
ピシっと何かが壊れるような音がした。
それが空気が切り裂かれる音なのだと気付いたのは一瞬後。
「…………!!!」
突然の力の放出。それは瞬にも予想のつかない出来事だったのだろうか。
抑制を失った鎖が生き物のようにオレに向かって飛んできた。
実際は2本だったはずのその鎖が、何百もの弧を描くのがオレの目に映る。
そして、それがオレが意識を保っていられた最後の映像だった。
――――――目を覚ますと、予想通りの心配気な顔がオレを覗きこんでいた。
「……瞬……?」
かなり迷惑そうに呼んだはずなのに、瞬はぱっと表情を明るくして息をつく。
「レダ……よかった……」
「………………」
「なかなか目を覚まさないから、どうしようかと思った」
「………………」
どうやらオレは、瞬の攻撃にこれっぽっちも反撃できず、情けないことに失神させられたらしい。
わかってはいた事だが、現実を目の当たりにされると、やはりいい気はしないものだ。
オレは、オレを失神させた張本人である瞬を思いっきり睨みつけてやった。
「敗者を嘲笑いにきたんなら、うざいから出てけよ」
「レダ……」
「オレはな、そんなふうにバカにされるのが一番嫌いなんだ」
「そんな……バカになんて……」
「してないって、いつもお前はそう言うよな。それがバカにしてることになるんだよ。いい加減理解しろ。くそ野郎」
「…………」
「出てけよ」
瞬はやはり困ったように僅かに眉をよせ、それでもオレの気持ちを察してか、おとなしく立ち上がった。
「ごめんね。レダ」
瞬の謝罪の言葉は、オレを倒した事への謝罪なのか、オレの自尊心を傷つけた事への謝罪なのか。
力無く微笑み、背を向けた瞬の身体が次の瞬間、ぐらりと揺れた。
「……瞬!?」
まず初めに髪がふわりと揺れる。
頭ががくんと後ろへ倒れる。
そして、それに連動するように、腕がだらんと垂れ、膝が落ちる。
「おい! 瞬!?」
ゆっくりと、まるでスローモーションのように、瞬の身体がと床へ崩れ落ちていった。
「瞬! どうしたんだ!?」
慌ててベッドから飛び降り、オレは瞬の身体を抱きかかえた。
「……!?」
瞬の身体から火のような熱さが伝わってくる。
なんだ、この異常な熱さは。こんな状態で、こいつはずっとオレについていたのか?
まるで自殺行為だ。
目を開けているのさえやっとのことだったろうに。
「……瞬……」
『あいつ……人殺しなんだ』
再び、スピカの言葉が頭をよぎる。
『瞬はそいつが逃げた翌日から、高熱をだして2週間ぶっ倒れてたらしい』
「…………」
そういうことか。
オレは知らず、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
この高熱は、瞬の力の所為だ。
力の解放に、瞬の身体と精神がついてこれなかったのだ。
「……レダ……」
かすれた声で、瞬がオレを呼んだ。
「お願い……レダ……先生には知らせないで……」
「………………」
「お願い……誰も……誰にも見つからない所へ……連れて行って……」
「………………」
「レダ…………」
朦朧とした意識のまま、瞬はオレの腕に身体を預け、ぐったりとなっている。
オレは手近にあった毛布を掴み取り、瞬の身体をくるんで、立ち上がった。
もちろん瞬を抱き上げたまま。
瞬はすでに意識がなくなったのか、がっくりと首を垂れている。
のけぞった形の顎のラインがやけに細く、きめ細かな肌は少女のようだ。
伏せられた長い睫毛を見下ろし、オレは深くため息をついた。