キャスト パズル(7)

伸が教室へ戻ると、すでに一足先に遼も聖香も戻ってきていたようで、崎谷達と展示の残りの作業を片付けていた。
「よう、毛利。遅かったな。どこで油売ってたんだ?」
崎谷が手を振っている隣で聖香がホッとした顔で伸に顔を向けた。そして、小さく遼に合図を送る。
「じゃ、崎谷先輩。私達、そろそろ自分のクラスへ戻りますね」
「ああ、協力ありがとー。明日はお客として見に来てくれよな」
「はい」
パタパタと支度を整え、伸のいる入口のドア付近まで来た聖香に、伸はすまなさそうに声をかけた。
「……もしかして、僕が戻るまで待っててくれた?」
「そりゃ…ご迷惑かけたんですから、挨拶してからじゃないと戻れませんよ。すいません。ご心配おかけしました」
そう言ってぺこりと聖香は伸に頭を下げた。
「もう大丈夫なの?」
「……はい」
ニコリと笑った聖香の瞳は、まだ少しだけ赤い。
表情を曇らせた伸を見て、聖香は耳打ちをするようにそっと伸に近づいた。
「先輩、私ね、二号さんなんですって」
「……え?」
「そう思ったら、意外な程スッキリしたんです。だから大丈夫です」
「……あの……」
「じゃ、また明日」
伸の脇をすり抜けるように聖香は廊下へ飛び出し、そのまま走り去って行ってしまった。
「…………」
「伸、オレもそろそろ戻るから」
聖香を追いかけるように、遼もそう伸に告げると、止める間もなく教室を出て行く。
伸が戸惑ったように振り返ると、いつの間にか聖がすぐそばに立っていた。
「……聖さん」
「どうもね。聖香の奴、遼に二番目に好きだって言われたらしいんだよ」
「に…二番目?」
「そう」
「……それ…は」
さすがに随分と失礼な話ではないだろうか。女の子に対して順番を付けるなんて。
妹がそんなことを言われたと知って、兄としてはどう思うのだろう。
「なんというか…すいません」
「おかしな奴だな。どうして姫が謝るの?」
「いや……だって……」
「いいんだってさ。それで彼等的には」
「そう…なんでしょうか?」
「ああ、だって、言ったのはあの遼だよ」
「…………」
「あいつのすごいところはそこだよ。ふつう言わないだろう。何番目とか。うまく誤魔化そうと思ったら」
「それは、そう…かもしれないですけど」
「でも、それをしないのが遼なんだよ。絶対に誤魔化さない。嘘をついてイイ顔したりもしない。本当のことしか言わない。だから信じられる。それに二番目って言っても、一番目は姫なんだから、実質一番と同じようなものだよ」
「…………!?」
「って、いちおう聖香には言っておいた」
ニコリと笑って、聖はそっと伸の髪を梳いた。柔らかなクセ毛が指の間を擦りぬける感触を楽しむように。
「……聖さん……?」
名残惜しそうに伸の髪から指を引き抜き、聖がフッと笑った。
「さてと、オレもそろそろ引き上げようかな。持ち込みパネルの組立も済んだしね。用事は終わり」
「もう……帰るんですか?」
「ああ……あ、そうだ。姫も見てみるかい」
「………え?」
「こっちにおいで。ちゃんと見たことないだろう?」
そう言って聖は教室の中央に組まれたパーテーションの方へと歩き出した。
伸も素直に後を追う。
ひときわ目立つ場所に掲げられているのは、岩場に座る美しい人魚姫の姿だった。
髪から滴る雫にも、波飛沫の水滴にも太陽の光が反射していて、本当にこの世のものではないみたいに見える。
「どう? 感想は」
「……自分じゃないみたいです」
「常套句だね。もう少し個性的な感想はないの?」
「えと……」
戸惑ったように伸はもう一度人魚姫の姿を見上げた。
「そう…ですね。当麻の言葉を借りて言うなら、これは貴方が思い描いた、貴方の人魚姫です」
聖が愛した人魚姫。永遠に手に入らない虚像。
「……だから自分じゃないと」
「そう…かもしれません」
遠くを眺める姫の憂いを帯びた瞳。
いったいいつ、自分はこんな表情をしてしまっていたんだろう。
本当に、自分でも気付いていなかった。
だから、余計に思う。
これは。この人魚は、聖が憧れて、聖が恋をしたあの頃の人魚姫なのだ。
萩で、初めて出逢った頃の。
「姫……この時、何を考えてた?」
独り言のように聖が聞いた。釣られるように伸の目が写真の中の人魚姫に向けられる。
この時。この瞬間。
考えていたのは、あの頃のこと。
萩に続く海で。思い出していたのは、あの頃のこと。
初めて聖に出逢った。
聖が恋をしたあの頃の人魚姫と、人魚姫が恋をしたあの頃の聖のこと。
「お? なんだ? 自分で自分の写真に見とれてんのか? 成長したなあ、毛利」
じっと人魚姫の写真パネルを見つめている伸と聖の姿を見つけ、崎谷がからかうように声をかけてきた。
「どうだ。自分で見ても綺麗だって思うだろ」
更に伸のそばまで駆け寄ってきて、崎谷はニヤリと笑う。
「おっと、否定すんなよ。毛利がってことじゃなく、この海の世界にいる人魚姫が最高に綺麗なんだってこと。いい加減それは認めろ」
隣で聖が面白そうに伸の顔を伺っている。
「そうだね。綺麗だね」
諦めた口調で、ようやく伸はそう言った。
そんなに悪い気分ではなかったのが、なんだか不思議だった。

 

――――――「伸、我々はそろそろ帰るのだが、お前はあがれそうか?」
そう言って、征士が伸の教室に顔を出したのは、それから1時間ほど経ってから。
見ると、征士の後ろに隠れるようにして当麻の姿も見える。
気づけば周りのクラスからも、帰宅組が続々と教室を出て行っている足音が響いていた。
「秀もじきに来るので、どうせなら皆で帰ったほうがいいのではないかということになったのだが」
「えっと……」
伺うように伸が教室の奥へと視線を向けると、崎谷が指でOKサインを作っていた。
「いいぞ、毛利はもう上がって。お前は明日、受付やってもらうんだから先にあがれ」
「分かった。ありがとう。じゃ、征士ちょっと待ってて、すぐ行く」
飾り付け用のテープ類を箱に片付け、伸はすぐに作業を終えた。
「あとの二人は?」
「遼は先に行ってる。校門の所で待っているらしい」
「秀もすぐ追いかけるってさ」
「分かった。じゃあ、行こうか」
伸の声を合図に三人は歩き出した。外はもうすっかり日も落ちて、夜の帳が広がっている。
校舎を出た所で、当麻がさりげなく伸のそばに寄って来た。
「伸……」
「……何?」
「さっきは悪かった」
「僕の方こそ」
歩調を緩めないまま、二人は並んで歩いている。
校門の所に遼の姿を見つけ、征士が駆け足になった。結果、二人から距離があく。
「そうだ、当麻。明日、和風喫茶に行かない?」
伸はてっきり征士と一緒に駆け出すのだろうと思っていた当麻は、一瞬驚いて足を止めた。
「和風喫茶?」
「そう。タダ券もらったんだ。当麻と一緒においでって」
伸も足を止めて当麻を振り返る。
「それってもしかしてあの主将のクラスのか?」
「そうだけど」
「あの野郎、それ、オレにも言ったぞ。お前連れて来いって。客寄せになるから」
「なんだ、そういう意図があったのか」
「ったく、野郎の考えそうなことだ」
「で、行くの? 行かないの?」
「……行くに決まってるだろう」
ムスっとした表情のまま、それでもきっぱりと断言する当麻を見て、伸が安心したように笑みを浮かべた。
仲直りのツールは、充分に効力を発揮してくれそうだ。
伸の笑顔につられて、当麻の表情もふっと和らぐ。
明日は、文化祭当日。楽しい一日になりそうな予感がした。

FIN.     

2015.05・03 脱稿   

 

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