ナイモノネダリ (3) -珠龍-

ガサリと後ろで人の動く気配がした。
「…………!?」
「何やってんだよ、お前等。こんなところで」
明らかに嫌悪感を露わにした表情で珠龍がペッと地面に唾を吐いた。
「汚ねえ奴らだとは思ってたけど、やっぱりそういう御関係かよ。お前等」
心底軽蔑した視線で、珠龍は朱雀を睨みつけた。
乱れた髪。はだけられた胸元。紅潮した頬。
ゾクリとするほど艶っぽい朱雀の肌。
大抵の人間なら赤面しつつも思わず見入ってしまうほどの色香も、珠龍の心を動かす効果はなかったようだ。
「そういうって何だよ」
吐き捨てるように言って、朱雀は自分を見下ろしている珠龍の冷たい視線を睨み返した。
「何って、ナニだろ」
蔑むような視線が朱雀を突き刺す。
「まったく、お前等を見てると吐き気がするぜ。そんなことやって、何が楽しいんだか」
「…………」
くすりと朱雀が笑った。
「楽しいぜ。教えてやろうか? 何も知らないお坊ちゃん」
「……!?」
「だいたい、人のこと汚ねえとか言えるほど、てめえはお綺麗なのかってんだ」
「おい、朱雀」
慌てて亜門が制止をかけようとしたが、朱雀は相手にしないで、相変わらず珠龍を睨みつけたまま、すっと立ち上がった。
「ったく、これだから餓鬼は嫌いなんだよ」
朱雀が一歩珠龍に近づくと、珠龍はビクリとなって一歩後ずさった。
「餓鬼……だと?」
「ああ、餓鬼だよ。何処の街だって、一歩裏通りへ入れば綺麗な場所なんて何処にもない。そういう所を見ずに明るい部分だけ見て育った奴は、みんな餓鬼だよ。だいたいそういう御関係ってなんだよ。意味解ってて言ってんのか?」
「朱雀!」
「何をどうする御関係かわかるか? お坊ちゃん」
ケラケラと笑いながら朱雀は更に珠龍に近づき、いきなり腕を伸ばすと珠龍の腰を引き寄せ股間に手を当てた。
「…………!?」
「なんだ、立派なもん持ってんじゃねえか」
クスクスと笑いながら、朱雀は添えた手を服の上から器用に動かし出す。
珠龍の頬にさあっと朱が広がった。
「どんな綺麗な令嬢だろうと、立派な紳士だろうと、同じ事やってんだよ。童貞の餓鬼だからって偉そうに純情ぶってんじゃねえ。普通に両親が居て、自分の家があって、学校に通って。お前はお気楽な人生歩んで、世の中の汚いものなんか見ようともしてなかったんだろ」
「朱雀、やめろって!」
「お前、自分の父親と母親が何をやった結果出てきたのか知らないのか?」
「朱雀!!」
亜門が止めるより早く珠龍の両腕が朱雀の腕を掴んだ。
「……いい加減にしろよ。ゲス野郎」
そのまま掴んだ腕をひねりあげ、珠龍は朱雀の身体を地面へと引きずり倒した。
朱雀が痛みに顔をしかめると、珠龍は満足そうに笑みを浮かべ、朱雀の首に腕を伸ばして、そのまま締め上げる。
「……くっ……」
「……このまま二度と口がきけないようにしてやってもいいんだぜ、朱雀」
「…………」
朱雀の顔色がどす黒く変わっていく。
珠龍は首に添えた手に更に力を込めた。
「……朱雀…オレは、お前が嫌いなんだよ」
「……くっ……」
「お前が大嫌いなんだよ」
何を言ってるんだといった表情で朱雀は珠龍を見上げた。
息の出来ない苦しさからか、朱雀の額にじっとりと汗が滲んでいる。
苦しげな朱雀の表情に向けられた珠龍の目からは、朱雀に対する憎しみが垣間見えていた。
「……お前はな、倖せなんだよ。たとえどんな形でも、欲しがってもらえるだけ、ましな人生歩んでるんだよ」
「欲しがって……? 何言ってんだよ、お前……オレが……いつ……」
「うるさい。黙れ」
ぞっとするような珠龍の声に亜門の背筋が総毛立った。
「お前に解るか。オレがあの家でどんな気持ちで暮らしてきたか。オレの存在を見ようともしない母様の前で、オレが何を考えていたのか。お前に解るかよ」
「…………」
「兄者と母様を、オレがどんな目で見てたか、お前なんかに解るものか」
「……兄……者……?」
「お前……なんかに……」
「…………」
「……誰も……オレを必要としなかった……誰も……オレなんか、いらなかった」
「…………」
「オレなんか……」
「……よせ」
掠れた声が亜門の口から発せられる。
このままでは本当に朱雀の首の骨が折れてしまうかもしれない。いや、その前に朱雀が窒息する。
「……よせ、珠龍。お前、本気で朱雀を殺す気か?」
「…………」
「よせって言ってんだろ! お前はそんなにこっち側に来たいのか!?」
「…………!?」
ほんの一瞬、珠龍の腕の力が弱まった。
とたんに朱雀の口から引きつったような咳がもれる。
ヒューヒューと苦しげな音をさせながら、ようやく朱雀は珠龍の手を振りほどいて、身体を起こした。
珠龍はさっきまで朱雀の首を締め上げていた自分の両手を見つめ、ギリッと唇を噛む。
「もう……いい加減にしろよ。見苦しい」
そんな珠龍を見ながら、吐き捨てるように亜門は言った。
「お前が言いたいこと、解らなくもない。だが、お前はまだ其処にいろ。でないとオレ達全員、取り返しのつかない所まで行っちまわなきゃならなくなる」
「……亜門?」
珠龍が亜門を見上げた。
亜門は自嘲ともとれる皮肉な笑顔を浮かべ、珠龍を見返している。
「亜門、お前にオレの何がわかるんだ?」
「お前が蒼龍を殺そうとした気持ちと、殺せなかった気持ちだ」
朱雀がピクリと反応して、亜門を振り返った。
「…………」
「オレ達は帰る場所のない、いらない子供だった。そういうことだろ」
「…………」
「珠龍。だが、オレが越えてしまった一線を、お前は越えずにすんでいる。オレ達の違いはただそれだけだ」
「…………」
「オレ達は、みんな同類なんだよ」
心底忌々しそうに、亜門はそうつぶやいた。

 

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