リトルバード−第2章:夢の国−(4)

目映いばかりの光のシャワーがゆっくりと動き出す。
色とりどりの虹のような光を身体にまとったディズニーのキャラクター達が、園内を練り歩く。
それは、ディズニーランド最大のイベント。
「綺麗……」
今日、何度目かの大きなため息をつき、ロビンが目の前を通り過ぎるパレードのきらびやかな行列を眩しそうに見つめた。
「ホント、すげえよな」
隣で秀も感心して、ほっと息をつく。
「今日はありがとうね、秀」
にこりと微笑んで、ロビンが秀を見上げた。
「楽しかったか? ロビン」
「うん」
大きくロビンが頷いた。
「とっても、とっても楽しかった。きっと一生忘れないよ」
「それは良かった」
満足気に秀が頷いた。
「ホントにありがと」
ロビンがそっと秀の肩に寄りかかり、目を閉じた。
「どうした? 疲れたのか?」
「ううん。倖せなの。とっても」
「…………」
「こんなに楽しかったのはじめて。こんなにはしゃいだのも、遊んだのも」
「…………」
「本当に、今、すごい倖せなんだ」
「……うん」
にぎやかなパレードの音楽が少しずつ遠のいていった。

 

――――――カシャっとファインダーを覗き込んでいた遼の指がシャッターを押すと、次いで、ジーというフィルム終了の音が聞こえた。
「あ、撮り終わったんだ」
「うん」
手際よくフィルムを巻き取りながら、笑顔で遼が答えた。
「今日は随分撮ったよね」
カメラバックを覗きながら、伸が言った。
「ああ、持ってきたフィルム全部使っちまった」
「そうなんだ」
カメラの蓋を開け、巻き取ったフィルムを大事そうに取り出すと、遼はそれを半透明なフィルムケースにポンと入れる。
「これで、また宝物が増えたね」
「ああ」
大事な遼の宝物。
「どんな、写真撮ったの?」
「ん、建物とか、ショーの写真と、あと、ロビンの写真もいっぱい撮ったよ、記念になると思って」
「そっか。きっと可愛く撮れてるだろうね」
「だと、いいけど」
「そうそう、昨日当麻とも話してたんだけど」
「当麻と?」
「うん。ほら、僕らが警察まわりした時、ロビンの写真持ってったろ。寝顔があれだけ可愛く撮れたんだから、どうせなら目を開けた写真も欲しいねって言ってたんだよ」
可笑しそうに笑う伸は、昨日当麻と出かけた時の事を思い出しているのだろうか。
「……伸」
「何?」
「……お前……さ……」
「ん?」
「お前……当麻の事……」
「……え?」
「…………」
「……? ……何? 遼」
「……いや、何でもない」
当麻の事。
きっと、それは聞いてはいけない事。
「…………?」
「そ、それより伸、頼みがあるんだけど」
多少焦りながら、カメラバックの中にカメラを納め、チャックを閉めると、遼は笑顔で伸の方を見た。
「今度さ、今まで撮った写真をアルバムに整理したいんだけど、手伝ってくれないか?」
「いいよ。僕で良ければ」
「良かった」
遼が嬉しそうに笑った。
「出来ればさ、何枚か大きく引き延ばしたりして、写真集みたいに配置やデザインにも凝ってみたいんだ」
「なる程。自分だけの初めての写真集が出来るわけだ。これは、手伝う方も気合い入れなきゃね」
遼と自分の手で作る、手作りの写真集。
何だか、とても嬉しくなって、知らず伸の顔に笑顔が浮かんでくる。
「…………」
「そういえば、遼」
「……な、何?」
じっと、伸を見つめていた遼は、いきなり伸がこちらを向いたので、肩に掛けていたバッグをおもわず落としそうになって、慌てて肩にかけ直した。
「遼が一番気に入ってる写真ってどれなの?」
「……えっ……」
「やっぱり、ベッドの脇に置いてある、お父さんの写真? あれって、遼が初めて撮った写真なんだろ」
ベッド脇で、いつも遼を見守ってくれている、父親の写真。
それは、初めて一眼レフのカメラをもらって、遼が撮った写真だった。
「そうだな……以前はあれが一番気に入ってた……でも」
「でも?」
「もっと大切な写真が昨日手に入ったから……」
「昨日?」
伸がえっと首をかしげた。
「昨日って……昨日現像した桜の……」
「あ……!! その、違うんだ」
ぶんぶんと首を振り、遼が慌てて訂正する。
「あの、昨日、昔の写真とか見てたんだけど……その……昔はそんなに良いと思わなかったんだけどさ、今見たら、結構良いのがあって……その……自画自賛ってやつ」
「ふーん」
「……それに、自分で撮った写真はみんな大切だよ。どれが一番とか、決めらんない。どれも、大事な宝物だよ」
「へえ」
伸が感心したように頷いた。
「好きだな」
「えっ?」
「遼のそういうところ」
「…………」
ふと、視線をそらし、遼は遠くなっていくパレードの明かりを見つめた。
『好きだな』
『遼のそういうところ』
何故だろう。嬉しい反面、少しだけ胸が痛くなった。

 

――――――「さしずめ、嫉妬に狂ったオセロ−ってところか?」
「うるさい。オブザーバーは黙ってろ」
少し離れた場所で、後ろから楽しげに話し込んでいる遼と伸の姿を見ながら、憮然とした表情をしている当麻を見て、征士がからかうように声をかけた。
「征士、オレは別に、あいつを独り占めしようなんて思ってないぞ。勘違いするな」
「…………」
「オレはただ、あいつのそばに居られれば、それでいい。あいつが遼と居る方が倖せなら、それを邪魔する気なんか、少しもない」
「…………」
「……ない……と、そう思っていたんだが」
「……だが?」
「……どうも、いかんな」
「…………」
「自分はもう少し抑制のきく人間だと思っていたんだが……どうも、な」
そう言って、当麻は深く深くため息をついた。
「当麻。別に、自分の想いを押し殺す必要はないと思うぞ」
「…………?」
「人の想いは誰にも止めることなど出来ない。努力して人を好きになどなれないのと同じように」
「…………征」
「忘れられない想いは、忘れる必要はない」
「…………」
征士の後ろで、鮮やかな満月が輝いていた。
「……コウ……?」
「…………」
征士が微かに微笑んだ。月の光の似合う、涼やかな目をして。
「…………」
当麻の目が懐かしげに細められる。
本当に。
どんな形でもかまわないから、こうやって存在してくれていることに、自分はどれだけ救われているか。
「……コウ……オレ、あんたの姫さんの顔、まともに見たのあん時くらいだったけどさ」
「…………」
「綺麗な人だったよな。本当に」
「…………」
「あんたに似合いの、最高の姫さんだったと思うよ。オレ」
「……ありがとう……天城」
そっと、夜光がつぶやいた。

 

――――――充分にディズニーランドを満喫した6人が家にたどり着いたのは、もうすっがり夜も更けて星が空一面を覆い尽くした頃だった。
帰り道で現像にだした写真をもらい、大事に抱えていたロビンは、家に着いたとたん、待っていましたとばかりに、写真を広げ、眺めだした。
「綺麗だね。どうして遼の撮った写真ってこんなに綺麗なの?」
ロビンの手の中の写真には今にも踊り出しそうなミッキーマウスやドナルドダック、豪華な建物などが見事に写し取られている。
「気に入ったのがあったら、持ってていいからな」
「うん!」
みんなの笑顔が写った写真を取り上げ、ロビンがにっこりと笑った。
「遼ってカメラマンになるの?」
「ん……そうだね。なれたらいいなって思ってる」
「へえ……すごいね」
伸は、倖せそうに写真をめくる2人の姿を見ながら、飲み物のお代わりをつぎに立ち上がった。
「ねえねえ、遼、他の写真も見せてよ。遼が撮ったやつ」
「……え?」
ロビンが期待を込めた目で遼を見上げた。
「ちょうどいいじゃない、遼。この間の桜の写真見せてあげれば?」
入り口で振り返りながら言った伸の言葉に、当麻がピクリと反応する。
遼は笑って頷くと、ごそごそと奥から写真の束を取り出し、ロビンに手渡した。
「はい。まだちゃんと整理してないやつだけど。これが先月撮った桜の写真」
「わあー!」
写真を受け取ったロビンの表情がひときわ輝いた。
満開の桜並木。
優しい優しい、淡いピンクの花が目に飛び込んでくる。
「綺麗……」
ほうっとため息をつき、ロビンは大事そうに写真をめくった。
「遼……この桜……なんかすごいね」
「…………」
桜の花。
あの時、桜を撮っている遼の姿は、少しだけいつもと違っていた。
舞い散る桜の中の、遠い思い出。
決して遼ではなかったはずの1人の少年の、秘められた想い。
届かなかった想い。
きっと、それは気付かないだけで、確かに遼の中に存在しているのだろう。
当麻が、ふと目をふせた時、ロビンが感心したようにつぶやいた。
「……遼って伸の事、好きだったんだ」
「…………!?」
ロビンはいったい何を根拠にそんな事を言いだしたのかと、おもわず身を乗り出した当麻の目に飛び込んできたものは、みんなが写っているただの集合写真だった。
遼は撮っていた本人なので写ってはいないが、その写真には、柔らかに微笑んでいる伸と、桜を見上げている征士。後ろから覗き込んでいる当麻と、その隣でハンバーガーを口にくわえている秀がいた。
「……この写真で、なんで伸が好きだって分かるんだ?」
おもわずつぶやいた当麻を見て、ロビンが鈴を転がしたような笑い声をあげた。
「だって、これ撮った時、遼ったら伸の事ばかり見てたでしょ、絶対」
「…………!!」
まったく、ちょうど伸が席をはずしてて良かったと、当麻は焦って真っ赤になっている遼と、周りで騒ぎ立てている秀の姿を横目で盗み見た。
「小さくても、そういうところは女の子なのだな」
「オレも、今はじめてロビンが女の子に見えたよ」
征士と当麻が同時につぶやいた。
「分かるよ。だって私も伸の事、大好きだもん。ねっ伸」
「……えっ?」
飲み物を乗せたトレイを手に入ってきた伸は、いきなり話題をふられてきょとんとした顔をした。
「何?」
「ロビンが伸を好きなのだそうだぞ」
からかうように征士が言った。
「それは……どうも、ありがとう」
とまどって伸がとんちんかんな返答をすると、ロビンが更に弾けるように笑った。
「大好きだよ。伸も当麻も遼も……」
ロビンが言う。
「征士の事も大好き……それに……」
そう言って、ロビンはふわっと背中に羽根が生えているのかと思う程、軽やかに秀の腕の中に飛び込んだ。
「秀……大好き!」
「……ロビン……?」
慌てて秀はロビンの小さな身体を受け止めた。
「ロビンじゃないよ、秀」
「…………?」
「馨」
「かおる?」
「そう、約束だから、秀に一番はじめに呼んで欲しい」
「…………」
ロビンが秀の腕の中で顔をあげた。
「……かおる?」
「うん」
「かおる」
「うん」
「良い名前だな。馨」
「……うん!」
ロビンがもう一度秀の首に抱きついた。
「馨……? もしかして……あの時の……」
征士の言葉にロビンがはっとして振り向いた。
「確か……早瀬……早瀬馨……と……」
「征士、覚えててくれたんだ」
「…………」
征士の紫水晶の瞳が驚きにゆっくりと見開かれた。

第2章:FIN.      

2000.6 脱稿 ・ 2000.9.16 改訂    

 

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