心より深い場所 (4)

「前々から何考えてるのか分からない奴だとは思っていたが、よりにもよって貴様は一体誰を此処へ案内してきたんだ? 気でも違ったのかと思ったぞ」
珠龍は、あまりの驚きと痛みに顔をしかめて、亜門を睨みつけた。
亜門はひどく不機嫌そうな表情のまま、そんな珠龍をじろりと睨み返す。
「うるせえ。死に損ないはそこでじっとしてろ。てめえが粋がったって、あいつには敵わねえだろうが」
表情そのままに不機嫌そうな口調で言い放ち、亜門はまだ起きあがれないでいる珠龍をこれみよがしに立ったまま見下ろした。
「だいたい、一撃食らっただけで、ぶっ壊れるなんて、お前のドラゴン聖衣ははりぼてか?」
「奴の拳が尋常じゃないんだよ」
苦々しげに珠龍はそう言って、思いっきり顔をしかめた。
「まったく、誰の所為で死に損なってると思ってんだ。オレはてっきりお前があのフェニックスに会ったら、一も二もなく戦いを挑むもんだと思ってたぞ」
「…………」
亜門がふいっと視線をそらした。
「なあ……亜門、お前、あの男に……本当に、なんであんな馴れ馴れしいんだよ」
「馴れ馴れしくなんかしてねえよ……」
「してるだろ。思いっきり」
「…………」
亜門は奇妙に歪んだ表情で、小さく肩をすくめた。
「本当は、会った瞬間奴の喉首かき切ってやろうと思ってたんだがな……」
「だが……? 何だ?」
「わかんねえよ。オレだって混乱してるんだ」
「何を混乱してんだよ?」
意味が分からないといったふうに、珠龍は大げさなため息をついた。
「混乱する必要なんかねえだろ。やられたらやりかえす。いつもそうだったじゃないか」
「そうだな……オレはやるつもりだったし、実際、出来るチャンスは山程あった」
「…………」
「それほどにあいつはオレに対して無防備だった」
「……えっ?」
珠龍が信じられないといった顔で眉を寄せた。
「無防備? あの男が? まさか」
あんな全身凶器のような男が無防備になることがあるだなどとは信じられない。
「亜門、いくら何でもそんな見え透いた嘘は……」
「嘘じゃねえさ。あの人、オレが朱雀の仲間だって分かったとたん、攻撃も反撃もする気をなくしちまったみたいに、完全に無防備になったんだ」
「…………」
「あんなあけっぴろげな心、今まで見たことねえ。あんな真っ直ぐなのも、あんな正直なのも。あいつは……あの人はいったい何なんだよ」
「……亜門?」
「あの人、本気で朱雀を心配してた。何でだよ。信じられねえ。なんで、あんな真っ正直なんだよ……」
「…………なるほどね……だから…か……」
だから。
だから、何も出来なかった。
最初は信じられなくて。意味が分からなくて。
どうして、あの男からこんな感情が流れ込んでくるのか分からなくて。
理解できなくて。
でも、その感情は本物だったから。
亜門にだけわかる。亜門だから解る、本当だったから。
「本当に、変な奴だ。あんな男は今まで会ったことがない。あいつは知ってた。オレがあいつに会ったら、間違いなく戦いを挑むだろうことも、オレがあいつを殺したいと思っていたことも。知ってて、完全に無防備になりやがった。まったく、卑怯なことこの上ない」
自嘲気味に亜門は唇の端をあげて笑った。
「オレが人の心が読めるんだって知ったあとでさえもあいつは、そんなこと意に介さないふうで、今まで同様、何も隠そうとすらしなかった。あいつ、心の中で言ってた。そんな人間がいてもいいんじゃないかって」
「…………」
「……そんな人間が…って……さ」
「亜門……?」
何度。
何度、化け物と呼ばれたことだろう。
お前は人間ではないと、そう言われ続けたことだろう。
本当に。自分がどれ程、『人間』に憧れていたのか。今更、こんなふうに、そんなことを思い出すなんて。
「……そして、今は朱雀の治療をしてくれているというわけか……自分で倒した奴だってのに。本当に妙な男だな」
「ああ……あの人の幻魔拳は強力だ。だが、その強さをコントロール出来れば、心を、深みにはまってしまった心を引き戻すことが出来るのだと。そういうことらしい」
一輝は心の中で言い続けていた。
お前の居場所はそこではないと。
お前の居場所は此処にこそあるのだと。
何度も。何度も。
此処にいていいんだ。戻ってきていいんだ。
戻って。
ガンッと、突然岩壁を殴りつけ、亜門は洞窟から外へと飛び出した。
なんだか居たたまれなかった。
理由なんて解らないが。これ以上、あそこにいたら、何かに飲み込まれそうな気がした。
怒りも憤りも焦りも後悔も、何もかも、飲み込まれそうな気がした。
「…………」
本当にどうかしてる。
きっと、自分が一番驚いてる。
このまま放っておいたら、あの人を受け入れてしまいそうな自分に驚いている。
亜門は、灼熱の太陽を見上げ、小さく舌打ちをした。

 

――――――真上にあった太陽が、ようやくほんの少しだけ、その熱を和らげだした。
一輝が朱雀の処に来てから、何時間経っただろうか。
「…………!?」
突然、ピクリと亜門の眉が跳ね上がった。
「……朱雀!?」
鋭く叫び、亜門はバッと後ろを振り返る。
「お前、心を読めるっていうのは、本当なんだな」
「……あ……」
振り向いた先にいたのは、一輝だった。
「今、オレの気配を感じるより先に、聞こえたんだろう?」
相変わらずの印象的な真っ直ぐな目をして、一輝は物怖じ一つせず、亜門を正面から見つめていた。
「ようやく、声が聞こえたんだろう」
「…………」
「奴はもうじき目を覚ます。オレはこれで消えるんで、あとは頼む」
目を覚ます。朱雀が。
「あ……」
するりと亜門の脇をすり抜け、一輝は洞窟を背に歩きだした。
「あ……ありがとう……」
一輝が立ち止まり振り返る。
「感謝……します」
こんな言葉を誰かに言ったのは、何年前だろう。いや、もしかしたら生まれて始めてかもしれない。
自分の発した言葉に自分で驚いている亜門をみて、一輝はやはり可笑しそうにくすりと笑った。
「やっぱり、お前等は妙な奴だ」
「……その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「違いない」
もう一度くすりと笑って一輝は亜門に背を向け歩きだした。
じっとその背中を見送り、亜門はゆっくりと頭を下げる。
一輝の心が流れ込んでくる。真っ直ぐな心が、そのまま。
「ホント、マジで変な人だよ。貴方」
独り言が自然に口から洩れた。
変な人。
あけっぴろげで、真っ直ぐで。
そして、驚くほどに強い。
もういない人の気がここまで残っているなんて。やはり一輝の気は人一倍強いものなのだろうか。
そんなことを考えながら、亜門が洞窟の一番奥にいる朱雀の処まで戻って来ると、蒼龍が安心したような笑顔を向けてくれた。
「蒼龍……」
「…………」
蒼龍は黙って、亜門を手招きする。
見ると、蒼龍のそばで眠っている朱雀の顔色が随分と先程に比べ良くなっているのが分かった。
亜門は朱雀のそばに膝をつきそっと目を閉じた。
「…………」
ようやく安心する。
声が聞こえる。そのことに、ここまで感謝したことはなかった。
「…………」
「ようやく、お目覚めか? 眠り姫」
言葉と同時に、朱雀がゆっくりと瞳を開けた。

 

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