漂流者 (4)

「どうした!?」
少年の声を聞きつけ駆けつけた亜門は、地面に倒れている朱雀を見つけ、ぎくりと足を止めた。
「何があった…おい」
「…………」
少年は必死で亜門の腕を掴み何かを訴えようとしたが、少年の口から発せられる声はかすれて音にならない。
亜門は少年の肩を掴み力一杯揺さぶった。
「何があった!? おい!! 声が出ねえんなら、頭の中で考えろ!!」
「…………」
「………!?」
肩を揺さぶる亜門の手がピタリと止まった。
「毒蛇…?」
真っ青な顔色をして少年が頷くと、亜門の顔からさっと血の気がひいた。
「朱雀!!」
少年を掴んでいた手を放し、亜門はダッと朱雀の元へ駆け寄ると、朱雀の剥き出しになった白い腕を凝視した。
真っ白な腕にくっきりと残った牙の跡。
朱雀は苦しげな息をもらして、ほとんど意識もないに等しかった。
「朱雀! しっかりしろよ!!」
そう叫びながら亜門はおもむろに腰のベルトにさしてあった小型のナイフを取り出した。
何をするのかと身を乗り出した少年の目の前で、亜門はナイフの先端をひと舐めし、そのまま朱雀の腕にナイフを突き立てる。
「………!?」
パッと亜門の顔に鮮血が飛んだが、一向に構わない様子で、亜門は朱雀の腕を掴んだまま顔を寄せると、傷口を吸い上げた。
「……………」
ペッと地面にどす黒い血の塊を吐き捨て、亜門はじろりと少年を見上げる。
「おい、名無し。そんな所に突っ立ってないで、大声出して朱雀を呼び戻せ」
「……………」
「お前の所為で朱雀が死んだら、オレはその場でお前を崖から突き落とすぞ」
「…………!!」
「さっき声だしてオレを呼んだろう。さっき出来て、今出来ないなんて言ったら、本気で怒るぞ」
言いながら亜門は何度も朱雀の傷口を吸い上げ、血と共に毒を地面へと吐き出した。
「早く、名無し! これ以上、オレを怒らすな…!」
「……あ……」
亜門の気迫に気圧され、少年はぺたりと地面に膝をつき、必死で声をだそうと口を開けた。
「……あ……あ……」
声とも呻きともとれる微妙な音が少年の口からもれる。
「……あ…う…す…すざ……」
「朱雀だ。ちゃんと呼んでやれ!」
「す…すざ…すざ…く……」
「……………」
「す…朱雀…朱雀…朱雀…!!」
あらん限りの声を張り上げ、少年は朱雀の名を呼び続けた。

 

――――――「…………う…」
亜門と少年が見守る中、ようやく朱雀が意識を取り戻した。
「朱雀…?」
すっかり声も枯れ果て、それでも少年ははっきりと朱雀の名を呼んだ。
「朱雀…!」
「あれ…お前…名無し……?」
ぼんやりと朱雀が自分を覗き込む赤毛の少年を見上げた。
「お前……声……」
「……………」
「声…出るんだ……」
微かに朱雀が笑った。
「朱雀、大丈夫か?」
「………亜門……?」
少年の隣にいる亜門に目を向け、朱雀が急に不機嫌そうな表情に変わった。
「やっぱりお前か。うるせえんだよ。さっきから耳元でギャーギャーと。鼓膜が破れるかと思ったろ。いい加減にしろよ」
「なにい?」
「何がすました顔して大丈夫か、だ。大丈夫なわけねえだろ。腕は痛いわ、頭はガンガンするわ、耳は痛いわで最悪だよ」
「お前、せっかく人が助けてやったって言うのに、その言いぐさは何だ」
「何度も言ってるがオレは助けてくれなんてお前に頼んだ覚えはないぞ」
「あーそうかい、じゃあ、今度からは何があっても見捨ててやるからな…!」
「そうしてもらえると有り難いね。おせっかい野郎」
「お前なあ…!」
「何だよ」
「……朱雀…貴様!」
「可笑しい、2人とも」
2人の間に挟まれてついに少年が声をたてて笑いだした。
「………!?」
少年の明るい笑い声に、思わず2人が顔を見合わせる。
「それだけ元気なら大丈夫だね。良かった」
目に涙を滲ませながら、少年が嬉しそうに再び笑い声をあげる。
「本当…良かった」
「バーカ。オレは早々簡単にくたばったりしねえよ」
僅かに照れた調子で朱雀がそう言うと、少年はまだ涙を目に浮かべたまますっと立ち上がった。
「オレ、蒼龍兄者に毒に効く薬草煎じてもらってくるよ」
「えっ…おい、名無し!」
「じゃあ」
くるりと踵を返し、軽い足取りで少年は蒼龍のいる洞窟目指して走り出した。
「……………」
走り去る少年の背中を呆然と見送りながら、亜門がくすりと笑う。
「さっきまで真っ青な顔してたくせに、げんきんな奴だ」
「お前もな」
すかざず朱雀がちゃちゃを入れると亜門は呆れたようにそんな朱雀をふり返った。
「お前こそ、さっきまで死にそうだったなんて信じられねえな」
「そうか?」
「ああ」
「オレが死ぬわけないよ。それに、あんだけ耳元でうるさくされちゃ、三途の川も渡れねえ」
「あのな、うるさかったのはあの名無しのガキでオレじゃねえぞ」
「いや、お前だよ」
「だから…」
「お前の声が聞こえたんだよ。あん時みたいに」
「………!?」
朱雀がふっと笑みを浮かべて亜門の顔を覗き込んだ。
「間違いないよ。お前の声だった。オレが死にそうになった時、いつも聞こえる声だ」
「……………」
「地下鉄の構内や路地裏で聞いた声だ。あの声でオレはいつも目を覚ます。お前の声で目を覚ますと、やっぱりお前が同じ顔してオレを覗き込んでるんだ」
「……朱雀……」
「前言撤回。やっぱ言葉はいらないものじゃないな」
「………?」
朱雀のエメラルドグリーンの瞳が太陽に反射してキラリと光った。
「にしても亜門、なんだよその口、ドラキュラ伯爵にでもなったつもりか?」
「……へっ?」
「まるで、人を食ったみたいだぞ、その血の跡」
そう言いながら、朱雀はふいに手を伸ばし、亜門の首の後ろを抱え込むと、舌の先でぺろりと亜門の血に染まった唇を舐めあげた。
「なっ…!!」
とたんにばっと身を引き、亜門が乱暴に唇を拭う。
「…おまっ…何するんだ!!」
「何、真っ赤になってんだよ。バーカ」
慌てる亜門を尻目に、朱雀がくすくすと笑った。
そんな朱雀を見る亜門の目が眩しそうに細められる。
すると亜門の腕の中に、ふわりと朱雀が身体をもたせかけた。
「す…朱雀?」
「駄目だ。お前に血吸われちまったから、貧血気味だ。責任とれよ」
「……………」
心なしか朱雀の顔色が悪い。
きつく縛ったはずの腕の傷口からも再び血が滲みだしているのが見える。
亜門はゆっくりと朱雀の背中に腕を回し抱き上げると、蒼龍達の待つ洞窟へと歩き出した。
朱雀は安心したように亜門の胸にもたれて目を閉じた。

 

――――――ごくごくと一気に薬を飲み干し、朱雀がゲェと心底不味そうな顔をした。
「兄者、やっぱ不味すぎるよ、この薬」
「良薬口に苦し。おとなしく呑みなさい」
「ちぇ…」
毒蛇に噛まれてから2日間。朱雀は日に3回、吐き気を催すほど不味い薬を飲み続けた。
だが、そのおかげですっかり体力も取り戻し、藁を敷いた特性の寝床の上で大きくのびをして起きあがると朱雀はずっと付き添ってくれている蒼龍を見あげた。
蒼龍は穏やかに笑いながら、残りの薬草をまとめて袋に詰めている。
「それにしても毒蛇がこの近くまで徘徊しているとはな。気をつけないと」
「けっ、今回は遅れをとっちまったけど、次見つけたら、即座に殺してやるよ。蛇ごときにバカにされてたまるかってんだ」
「ははっ、お前にかかると、どんなものでも恐るるに足らずって気になるな」
2人の笑い声がこだましたその時、少年が腕いっぱいに果物を抱えて洞窟に駆け込んできた。
「朱雀、兄者、果物食うか?」
「おお、名無し。気が利くじゃねえか。ちょうど口直しが欲しかった所なんだ」
さっと伸ばされた朱雀の手をパシンと叩き落として、少年がプーッとふくれっ面をした。
「何度言ったら解るんだよ。オレはもう名無しじゃねえぞ。疾風っていう立派な名前がついたんだよ」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。それは兄者が可哀想だからって仕方なしにつけた名前だろ。お前なんか名無しで充分だ」
「てめえ、んな事言ってると、これやらねえぞ」
「大口叩いてる暇があったら、亜門と弟龍も呼んでこい。3人でこれ全部食っちまったら、オレ達、奴らに袋だたきにあうぞ」
「…………」
むすっとしたまま、それでも疾風は、言われたとおり亜門と珠龍を呼びに洞窟を出ていった。
「……元気になったな。あいつも」
「ああ、嬉しいだろう」
からかうように蒼龍が朱雀の髪をくしゃりとかき回した。
「兄者、何勘違いしてるのか知らねえけど、オレは別に…」
「朱雀は優しいからな」
「…………」
何を言っても敵わないと悟り、朱雀はおとなしく口を閉じた。
自分の事を優しいと思ったことなど一度もない。
でも、蒼龍にそう言われる事は、嫌ではなかった。何だかくすぐったくて気分は良かった。
「疾風はまるで韋駄天だな」
可笑しそうに蒼龍が言った。
「………?」
「ほら、もう2人を呼んできたようだぞ」
耳をすますと、亜門達らしき足音が聞こえる。
疾風にかかると島の中など小さな庭程度なのだろうか、あっという間に探し出す目の良さと脚の速さは一種の才能かもしれない。
「韋駄天ね。だから疾風か」
それは、風のように走る少年に似合いの名前かもしれない。
朱雀は、息を切らせて駆け込んできた新しい仲間に、ポンと手に持っていた果物を投げてよこした。
「ほらよ、ご苦労様」
「ありがと」
朱雀の投げた山葡萄の実を見事に受け止め、疾風が嬉しそうに笑った。

FIN.      

2001.11 脱稿 … 2002.4.13 改訂    

 

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