光の欠片 (8)

「征士はもともと双子だったんだ」
重い口調で当麻はそう言った。
「奴の本当の名前は征二。数字の二と書くのが正しい書き方になるはずだった。そうならなかったのは、双子の兄が死んだ所為だ」
「亡くなったの? お兄さん」
「亡くなったっていうか、死産だったんだよ。そして、その兄こそが本来の夜光の転生した姿となるはずだった」
「…………」
「征士の兄は生まれてくることが出来なかった。そして、夜光は自分が転生できないことを悟った瞬間、その精神だけを征士の中へ滑り込ませた。光輪の戦士は必要な存在だったからな」
「必要な……」
「オレ達は5人まとまって初めて本来の力を発揮できる。しかも夜光は前世では烈火の片腕となっていたほどの重要な存在だった。転生出来なかったではすまされないんだ」
「そんな……だからって」
「そう。だからって何の関係もなかったはずの征士の身体に入り込んだ夜光の苦悩は想像を絶するものがあったはずだ。本当なら何も知らないまま倖せな普通の生活を送れるはずだった征士の運命を、完全に変えてしまう事になるのだから」
運命を、完全に。
赤ん坊だった征士は、それをどんな形で受け入れたのだろうか。
「もちろん表面上は征士は普通の子供だった。そんなガキの頃から夜光の意識に支配されてたんじゃ、完全な異端者になっちまう。そんなのはオレだけで充分だ」
「…………」
「赤ん坊ってのはさ、外界の空気を吸うまでは、そこんじょそこらの大人なんかより世の中を理解してるもんなんだよ。もちろん自分の前世の事も何もかも覚えてるんだ。ただ、どうしてなのか初めて外界の空気を吸った瞬間に忘れてしまうんだよ。大切なことをたくさん。まあ、たまにオレみたいに忘れない奴もいるんだけどな」
「…………」
忘れないんじゃなく。忘れてはいけなかったのだ。
当麻にとってはそれが逃れられない大切な使命だったのだから。
伸は今更ながらに、当麻の心の中の深淵を覗き込んでしまったような気がして、おもわず視線を落とした。
「…………」
「そして、夜光は少しずつ征士の心へ語りかけたそうだ。根気強く。じっくりと」
「頭の中へ……?」
「なんて言うのかな?心の声が形となって聞こえてくるようなものだと奴は言ってた。空耳のような不思議な感覚だとも。鎧珠を手にして、奴はようやくその声の主が誰だったのか、理解したんだそうだ」
「…………」
「いつも聞こえていた優しい声の主は、征士の倖せを願っていた。自分の所為で征士が負ってしまうことになった哀しい運命に負けないよう、倖せに生きられるよう。ただそれだけを願っていた」
「…………」
「征士の中には夜光がいるんだ。だからもちろん礼の鎧珠も光輪剣も征士の手にある。征士は光輪の戦士として戦う事が可能となった。夜光はそんな征士をずっと見守り続けてきたんだ。征士が傷つくことのないように。倖せになるように。必死で征士を護ってきたんだ。それが、夜光にとっての唯一の罪滅ぼしであり、生きる意義となっている」
「過去の……夜光の記憶は?」
「もちろんあるさ。征士は夜光の意識と同調できるんだ。だから、烈火のことだって覚えている。むしろお前達よりはっきりと覚えている」
「夜光の前身のことも?」
「ああ」
「…………」
だから、征士は当麻の話す過去話を一番理解できたんだ。
覚えていたわけではなく、その記憶が夜光に教えて貰ったのものだとしたら、それも納得がいく。
「…………」
「……伸?」
「ごめん。ちょっと頭が混乱して。ちょっと……ごめん」
征士の中のもう1人の光輪の戦士。
夜光。
覚えているのは、烈火の隣で穏やかに微笑んでいた優しい姿。
澄んだ紫水晶の瞳。
この世に生を受けることが出来なかった彼は、ずっとそうやって征士の中で征士を護るために存在していたのだろうか。
永い永い時間の中。ずっと。そうやって。
「ひとつ、質問していい?」
ようやく伸が顔をあげた。
「どうして君はそのことを知ったの? 征士が話したの?」
「いや。征士が話したっていうより、オレが気付いたっていうのが正しい」
「…………」
「征士の中に征士以外の意識が見える。そうオレが言ったら、夜光はオレの前に姿を現したんだ」
「姿をって……?」
「ああ、夜光は時々、征士が眠った後、征士の身体を借りてオレの前に現れていたんだ」
「夜光が?」
「オレは記憶バンクだ。烈火の事も夜光の事も全部覚えている。夜光にとっては唯一あの頃の事を話せる相手だったんだろう、オレは」
「それは、征士も知ってること?」
「ああ」
「夜光が話をしてる時、征士の意識は?」
「さあ、オレも詳しくは解らない。奴が眠ってる時は意識はないだろうし、それ以外の時は、聞こえてはいるんじゃないか?」
「…………」
「二重人格のようなものだと奴は言ってる。もっとも本当の二重人格なら、他の人格が出てきた時は元の人格の意識は完全にないのが普通だっていうから多少は違うみたいだが」
「…………」
自分達の知らない夜光と当麻の時間。不思議な空間。
それはきっと誰にも入り込めない不思議な空間だったのだろう。
ふと、伸はそう思った。
「それで。僕に何が出来るの?」
「お前には、お前の中に眠る癒しの力を解放して欲しい」
「……!?」
今度こそ、伸は目を丸くした。
「癒しの力?」
「ああ。夜光は自分のすべての力と光を征士に与えると言った。お前の中の癒しの力を解放して、道案内をして欲しいと言うんだ」
「え……あの……それって……」
「…………」
「ちょっと……ちょっと待ってよ」
慌てて伸は当麻の言葉を遮った。
「確かに僕は斎の時代、癒しの手を持っていたかもしれない。でもあれはあの頃だけの力だったんじゃないの?」
「いいや。」
「…………」
「お前は水凪だった頃も一度だけその力を発揮したことがある。あの時、お前は鋼玉の命を救ってくれた。覚えてないか?」
「…………」
記憶にない。
というか、伸にとって過去の記憶はまだ断片的なものでしかないのだ。覚えていなくて当たり前だ。
「オレは覚えてるよ。お前の力がどれだけ皆を救ってくれたか。中でも夜光は一番感謝してた。お前のその力に。だからこそ、今回、あの人はお前に協力を求めたんだ」
「…………」
「覚えてるよ。オレは全部。お前が受け継いできた力も。お前がその力でオレ達を癒してくれたことも。何もかも覚えてるよ」
「当麻……」
「コウは征士を助けたいと言った」
「…………」
「征士を助けて欲しい。その為にコウに協力してやって欲しい」
当麻はそう言って伸に征士の礼の珠を握らせた。
ぼんやりとした光を放つ礼の珠。
伸は自分の懐から信の珠を取り出し、掌に並べて乗せた。
二つの鎧珠が共鳴して光を強める。
「……征士の目は治るの?」
「…………」
「本当に……?」
「そう、信じたい」
「…………」
ふと伸が顔をあげた。
当麻はほんの少し眉を寄せ、うつむいて伸から視線をそらしている。
「……当麻……?」
伸が呼びかけても、当麻は何故か伸を見ようとしなかった。
「…………」
「当麻……僕は僕の力の全てを賭けて征士を助けるよ。だから……」
「…………」
だから。
がんばるから。
だから、どうか。
そんな哀しい顔をしないで欲しい。
そんな今にも泣きそうな顔をしないで欲しい。
伸は力づけるように当麻に笑いかけた。

 

――――――その日の真夜中、伸は皆が寝静まった頃を見計らって征士の病室へ顔を出した。
当麻は例によって何処かへ姿をくらませたままだし、遼と秀は病院側に頼み込んで付き添い用の簡易ベッドを隣室に設えてもらい、ようやく寝息をたてている。
一日がとても長かった。
征士の術後の状態は安定していたが、包帯がとれるまで心は安まらないままだろう。
伸は窓の外に見える見事な満月を見上げ、小さくため息をついた。
掌の中の鎧珠が熱を帯びているのが解る。
力を解放するとどうなるのか。それがどういう影響をもたらすのか。不安はあるがとにかく何かしなければならない。
夜光に協力をするのだ。
そう心で念じて、再び満月を見上げる。
心を研ぎ澄まして気配を感じる。
何処かに夜光がいるのだ。夜光が自分を呼んでいるのだ。
「……伸……?」
気配を感じて、征士が目を覚ました。
「伸……か? そこにいるのは……?」
「ごめんね。起こしちゃった?」
くるりと振り返り、伸は征士のベッド脇に立った。
征士は不思議そうな表情でベッドの上に身を起こす。
「……伸……?」
「…………」
「いったいどうしたのだ? 今は真夜中だろう。こんな時間に……」
「征士……君の瞳を治したい……君を助けたいって、君のお兄さんが言ってる」
「……!?」
征士がびくりと反応した。
「だから、僕は試してみたいと思う。自分の力を。僕の全身全霊をかけて」
「…………」
征士が包帯の奥からじっと伸を見上げた。
「……あ……兄……者が……?」
「うん」
伸は安心させようと微かに征士に微笑みかける。
カーテンの隙間から、月の光がさあっと差し込んできた。
柔らかくて物悲しい輝きだった。

 

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