光の欠片 (6)

「コウ……あんたには解るのか? 征士が……征士の目がどうなるのか」
「…………」
「コウ……」
「今のままでは征士は永遠に光を失うだろう」
「…………!!」
当麻の目が恐怖に見開かれた。
予想しなかったわけではない。自分だって遼にあまり期待をかけるなと釘を差したことも事実だ。だが、こうまではっきり断言されると、さすがの当麻でも自分の耳を疑いたくなるのは当たり前だった。
当麻は探るようにじっと夜光を見あげた。
「何を……すればいい?」
重い口調で当麻が訊いた。
「何か出来ることがあるんだろう。だからオレの目の前へ現れたんだろう。コウ」
「…………」
「言ってくれ。オレは何をすればいい」
「……征士を救う手助けをして欲しい」
じっと当麻を見下ろして、夜光が言った。
「…………」
「今のままでは、征士の目は治らない。一生、征士の目に光は届かないだろう」
「…………」
「だから……私の光を征士に与えようと思う。その手助けをして欲しい」
唐突な夜光の言い分に、当麻はしばし言葉を失った。
「よく……意味が解らない……あんたが征士の目を治せるというのか……?」
当麻のもっともな問いかけに多少困ったように視線を泳がせ、夜光は自分に言い聞かせるような口調で言った。
「もちろん私1人の力ではどうしようもない」
「じゃあ……」
「だが、可能性がないわけではない」
「どういう事だ?」
「そう。水滸の協力があれば、何とかなるかもしれない。そう思わないか?」
「……!?」
当麻が目を見開いて夜光を見あげた。
「水滸……伸の? 伸の協力って……」
「覚えているだろう、当麻。斎の巫女の癒しの手を」
「…………!?」
考えてもみなかった事に、当麻は再び絶句した。
「……斎の……癒しの手……?」
斎の巫女。
懐かしい妹。
確かに彼女は癒しの手を持っていた。
心も身体も、彼女が触れてくれるだけで楽になれた。
戦いの日々も、疲れきった心も、彼女が居て、そっと微笑んでくれるだけで倖せになれた。
遥か遠い日の懐かしい思い出。
「ちょっと……ちょっと待てよ。コウ。そりゃ、斎は癒しの手を持っていた。でも、今の伸にそんな力はよみがえってきていない。あいつは、普通の人間として生きてる。巫女でも何でもないんだぞ」
「だから手を貸して欲しいと言っているのだ。私1人の力でも、彼1人の力でも、どうしようもないが、二つの力が合わされば奇跡が起こる可能性はあるだろう」
「…………」
「彼には、私が征士に私のすべての力と光を与えるための道案内をして欲しいのだ」
「伸の導きであんたの力が発揮できるというのか?そんな事が本当に?」
「ほんの僅かでも可能性があればそれに賭けてみたい。そうではないか、当麻」
「…………」
夜光の力。
とんでもないことを言っていると思う。
この現実において、そんな不可思議な力が通用するなどということは思い及ばなくて当たり前だ。
だが、当麻は、不思議を知っている。
繰り返す転生の世と、心だけの存在である烈火や夜光。
ありとあらゆる不思議を知っている。
そう。
そんな不可思議な力でも、本当に存在している事を、当麻は知っているのだ。
だけど。
この嫌な予感は何だろう。
どんな手段でも構わない。出来る事があるのなら全ての可能性を試してみたい。そう思っていたはずなのに。
何故だろう。
妙な胸騒ぎがする。
何かが警告を発している。
当麻はくしゃりと前髪を掻き上げて、夜光の涼やかな目を見つめた。
「伸はあんたのこと知らないんだぞ。どうやって話すんだ」
「どう説明するかはお前に任せる」
「話したって信じてくれるか解ったもんじゃない。それにあいつだって、今、癒しの手の事を言っても自分にそんな力が残ってるなんて信じないだろう」
「それを信じさせるのが、お前の役目ではないか」
「上手くいくかどうか全然解らないんだぞ」
「ああ」
「じゃあ、最悪、あんたの力を使うとしてだ。征士に光を与えたら、あんたはどうなるんだ」
「……!」
ピクリとほんの一瞬、夜光が怯んだ。
「……?」
自分の言った言葉が、夜光の中の何かに触れた事に気付き、当麻はふと口を閉じた。
夜光は、少し誤魔化すように当麻から視線を逸らす。
そんな夜光の微妙な変化が当麻の心の奥に突き刺さった。
「…………」
しばらくの間、じっと穴の空くほど夜光の紫水晶の瞳を見つめ、当麻がもう一度同じ質問を繰り返した。
「征士に光を与えたら、あんたはどうなるんだ」
「…………」
「もう一回訊くぞ。あんたはどうなるんだ」
夜光は何も答えなかった。
そして、その沈黙が何よりの答えだった。

 

――――――伸と秀が病室に戻ると、先程目覚めていたはずの征士は遼に片手を預けたまま、再び微かな寝息をたてていた。
「征士、また眠っちゃったの?」
伸が訊くと、遼はそっと唇に指をあてて、小さく頷いた。
「きっと今日は色々あって疲れたんだよ。それに明日は手術もあるし。今のうちに休んでおかなきゃなって」
「…………」
「きっとすごい不安だろうに。全然そんな素振り見せないで。ホント、強いよ。征士は」
「うん」
「そうだ、秀」
伸に遅れて病室に入ってきた秀を振り返って、遼がくしゃりと顔をゆがめて笑いかけた。
「征士がさ、秀に伝えてくれって。私は倖せだからって」
「……!」
秀がはっとして顔をあげた。
「心配しなくても、私はちゃんと倖せだから、安心してくれって」
「…………」
「駄目だよな、オレ達。征士にこんな気を遣わせてたら、どっちが怪我人だか解りゃしない」
「…………」
「オレ達、もっと強くならなきゃな」
「ああ」
「もっと、もっと強くならなきゃ」
「そうだな。遼」
遼の隣に立ち、秀はじっと眠っている征士を見下ろした。
大切な、大切な人。
この大切な仲間を倖せにする為に、自分達はどんな努力も惜しまないだろう。
それこそどんな犠牲も厭わないだろう。

 

――――――「あんたは、今、征士に自分の光を与えると言った。じゃあ、あんたは? 征士に光を与えた後、あんたの光はどうなる。光だけじゃない。あんたの存在自体はどうなるんだ」
「…………」
「答えろよ。コウ!あんた自身はどうなるんだ」
ふっと寂しげに夜光が微笑んだ。
「征士を助けて欲しい」
「征士の事を言ってるんじゃない。あんたのことを訊いてるんだ。あんたは……」
「…………」
「あんたは……」
うつむいて当麻はギリッと唇を噛みしめた。
先程の嫌な胸騒ぎ。
どうしようもない悪い予感。
それは、当麻の心に否応なしに確信という影を落としていた。
「……答えろよ。コウ」
「…………」
「消えるのか? あんた」
「…………」
「この世界から消滅するのか?」
「…………」
「烈火のように、消えてしまうのか?」
「…………」
「征士を助けるために、消えようと思ってるのか?」
「…………」
「答えろよ!! コウ!!」
「当麻。今、何をするべきなのか、お前はよく解っているはずだ」
「解らない!そんなもの解らない!!」
「…………」
「オレは嫌だぞ。絶対に嫌だぞ」
全身から絞り出すような声で当麻は言った。
「オレが頼むのか? 伸に。あんたが消えるのを承知で協力してくれって。オレが伸に頼むのか?」
「…………」
「嫌だ……」
「…………」
「絶対嫌だ!」
そう言って当麻は激しく首を振った。
「オレはごめんだ。そんな事。他のことなら何でもする。だけどそれだけは嫌だ。……嫌だ……」
ついに膝をつき、当麻は崩れるように地面に座りこんだ。
「あんたが……あんたがいなくなったら……オレはどうすればいいんだ……」
「…………」
「そんな……こと……」
「……当麻……」
「あんたがいなくなるなんて……オレは……」
「当麻・・・・私はすでに過去の人間なのだ。征士の未来の為に、私がやらなければならないことをお前は一番解ってくれると思っていたがな」
「…………」
「私は征士を護りたい。その為だけに存在してきたのだ」
「…………」
「当麻……征士を頼む。私の大切な弟だ」
「…………」
当麻がそっと顔をあげると、夜光は懐かしいいつもの涼やかな瞳で、静かに当麻を見下ろしていた。
「征士を助けてほしい。当麻」
「…………」
「助けて……くれるな」
「…………」
当麻は無言できつく唇を噛みしめた。

 

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