悪しき者達 (3)

「喧嘩だ!喧嘩だ!!」
「ありゃあ、集団リンチだぞ」
男達が数人、口々に叫びながら、朱雀の横を走り去って行った。
「……………」
振り返ると、通りの向こうの建物の陰に人だかりが出来ている。
「可哀相に。一人によってたかって」
「あれじゃあ、もう助からねえな」
「昨日、片目を潰された仕返しだってさ」
「片目?おとなしそうな顔して、そんな事したのかよ、あの餓鬼」
興味本位に交わされる野次馬達の言葉に、ピクリと朱雀の足が止まった。
「………片目……?」
昨日、亜門に送り込んで貰った鞭で応戦した時、確か、一人の奴が片目を押さえてうめき声をあげていた。
手応えはあった。あの時、間違いなく。
だとしたら?
もしかして。
「…亜門……?」
自分の代わりに亜門をリンチにかけたのだろうか。昨日の奴らが。
朱雀はダッと走り出し、人混みをかき分け、野次馬集団の中に入り込んだ。
「……………」
小柄な朱雀では、背伸びをしても倒れているであろう少年の姿は見えない。
「……くそっ…」
舌打ちをしながら、前の男の背中を押しのけようとした時、ふいに人混みの中から一本の腕が伸びてきて朱雀の手を引っ張った。
「!?」
あまりにも強い力で引っ張られ、朱雀はよろめきながら、無理矢理人混みを抜ける。
「……おい…!!」
そのまま、近くの路地裏の壁に押しつけられ、朱雀は鋭い目つきで此処まで引っ張ってきた腕の主を見上げた。
「何す…」
「バカかお前は!?」
怒鳴ろうとした朱雀の口を慌てて手でふさぎ、亜門が静かにしろと唇の前に指をたてた。
「……あ……亜門………?」
「あんな所にのこのこ出ていったら、殺して下さいって言ってるようなものだぞ」
「!?」
呆れたようにひとつため息をついて、亜門はようやく朱雀の口をふさいでいた手をはずした。
「お前を捜してんだよ。奴ら、夕べから血なまこでな」
「……………」
「一人が完全に片目潰しちまったみたいで、よほど頭に来たらしい。替え玉たてて、あちこちで騒ぎ起こしてお前が出てくんの待ってるんだよ」
朱雀はゴクリと唾を飲み込んで、亜門の肩越しにまだガヤガヤと騒がしい人混みの集団を窺った。
「じゃ…あそこでヤラれてんのは…」
「お前をおびき出すためのおとりだよ」
「……………」
「どうした?」
「オレ…お前がヤラれたんだと思った……」
「………えっ……?」
無意識につぶやいた朱雀の言葉に、亜門の心がざわりと鳴った。
ふと、今朝方の毛布の暖かさが蘇る。
「もしかして……心配してくれたのか……?」
おもわずそう訊いた亜門を見て、ぱっと朱雀の頬が赤くなった。
「バっ……だ、誰がてめえの事なんか心配するかよ……!」
朱雀の言葉が終わらないうちに、いきなり亜門ががばっと朱雀に覆い被さった。
「なっ…何す…」
「しっ…静かにしろ…!」
朱雀の頭を抱え込むようにして亜門は朱雀の身体を壁ぎわに押しつけた。
とたんに2人の後ろを、数人の男達がバタバタと駆け去って行く。
「……あいつら…」
「言ったろう。お前を捜してんだ」
「…………」
見覚えのある顔。それは、昨日の奴らの仲間だった。
苛ついた目つきで、チッと舌打ちをして、朱雀はトンと壁にもたれかかった。
「……で?」
「……?」
「いつまで握ってんだ?人の手」
「……あっ!」
知らないうちにずっと握ったままの形になっていた朱雀の手を慌てて離し、亜門は一瞬困ったような顔をした。
「悪りい」
何故だろう。顔が火照ってる。
朱雀は、亜門の戸惑いには気付かない様子で、すっと視線をそらしうつむいた。
さらりと髪が流れ、僅かにうなじが見える。
亜門の心臓がドキリと鳴った。
「すざ…」
その時、先程2人の後ろを駆け去って行った奴らが再び戻ってきた。
「……!!」
「いたぞ!!」
「朱雀がいたぞ!!」
「やばい!!」
大声で仲間を呼ぶ男達から逃れ、2人はダッと駆けだした。
「待ちやがれ!このクソ餓鬼!!」
路地の至る所から男達の足音が聞こえてくる。
2人はかどを曲がり、通りを突っ切って走り続けた。
バラバラと集まってくる男達の足音は、次第にその数が多くなっていく。
「くそっ。仲間全部に召集かけたのかよ。奴ら」
額に汗を浮かべて、吐き捨てるように朱雀が言った。
やがて、迷路のような路地裏を数え切れない程走った2人は、とうとう行き止まりに突き当たった。
「しまった…!」
小さく舌打ちをして振り返ると、ようやく追いついた男達が下卑た笑いを浮かべて2人に近づいてくる。
「……朱雀」
亜門が小さな声で囁いた。
「後ろの塀、飛び越えられるか?」
ゆうに3mはあるだろう高い塀。ちらりとその塀を見上げ、朱雀が小馬鹿にしたように笑った。
「オレを誰だと思ってんだよ」
「…………」
「10秒だけ足止めしておけ!亜門!!」
そう言い捨てながら朱雀が壁に向かってダッシュする。
「了解」
つぶやいた亜門の身体からすーっと陽炎が立ち上った。
集まってきた男達が不審気に眉をよせる。
「………!?」
その時、突然、路地の脇に置いてあった何十キロもあるだろうドラム缶が手品のようにすーっと宙に浮いた。
「なっ……!?」
2人を追いつめたものと安心していた男達が、信じられない光景に目を丸くする。
亜門の後ろで朱雀の鞭がヒュンとうなりをあげてビルの雨樋に引っかかった。
慣れた手つきで、朱雀が器用に塀を登り出す。
「よし!」
素早い動きで朱雀が塀の上に登り切ったのを確認して、亜門は持ち上げたドラム缶を男達の頭上から落下させた。
「うわあ…!!」
あまりのことに怯んで逃げ出した男達を尻目に、亜門はすぐさま踵を返すと朱雀が塀の上から垂らしておいた鞭を掴んだ。
とたんに亜門の身体が塀の上へ勢い良く引き上げられる。
朱雀の鞭を伝って器用に塀を飛び越えると、亜門は朱雀と共に駆けだした。
「覚えてろ!!この化け物共!!!」
「今度見付けたら、きさまら2人とも地獄へ送ってやる!!!」
塀の向こうからは男共の汚い罵りの声がずっと聞こえていたが、2人は構わずに走り去っていった。

 

――――――路地を抜け、海岸へ出ると、ふいに亜門が笑い出した。
「傑作だったな。さっきの連中の顔」
そのままどさりと砂浜へ寝転がり、亜門は空を見上げて再び笑い声をあげる。
「久しぶりだよ。力使ってこんなすっきりした気分になったのって」
「言ってるわりには、青い顔してるぞ、お前」
すとんと亜門の隣に腰を降ろしながら朱雀が言った。
「そりゃ疲れてるからだよ。言ったろ。力使うとめちゃくちゃ疲れるって。あんな重いの持ち上げたの初めてだったし」
ゼイゼイと少し苦しげな呼吸のまま、亜門は朱雀を見上げてにやりと笑った。
「結構キツかったけど、気分はいいんだ。今」
「……………」
「お前もだろ、朱雀」
ふわりと朱雀の髪が風に舞った。
柔らかそうな髪。細い首。
すっと眩しそうに目を細めて朱雀を見ると、亜門はよっと勢いをつけて砂浜の上に身を起こした。
「なあ、朱雀」
「…………」
「お前、これからどうすんだ?」
「…………」
「どっか別の街へ行くのか?」
小さく朱雀が頷いた。
「ケチがついたからな、この街は」
「そっか…」
遠くで波の砕ける音がする。
2人の頭上を数羽の海鳥が奇妙な鳴き声をあげて飛んでいった。
「別の街へ行ってどうするんだ?」
「……………」
「別の街で、また同じ事繰り返すのか?公衆便所」
「……!!」
ばっと振り向き、朱雀が亜門を睨み付けた。
「女の代わりに股開いてさ……男相手に……お前、ずっとそうやって生きていくのか?」
「てめえには関係ないだろ。それにオレは女の代わりじゃない」
「お前は……それで平気なのか…?」
亜門の目がじっと朱雀を見つめた。
「……世の中のブタ共はな、白い肌のお子様が好みの奴が大勢居る」
ぽつりと朱雀が言った。
「……………」
「白人が一番値段が高いんだ。金髪に青か緑の目。あとは、オレみたいな何処の混血か解らない異色の組み合わせも重宝される」
「混血…なのか?」
そう訊いた亜門を見つめ返す朱雀の瞳が青緑色に光った。
確かに何処の国の人間なんだろうと一瞬考え込むような不思議な目の色と、淡い色の髪の毛。きめ細かな肌は白人か、もしかしたら東洋の血も混じってるのかも知れない。
「オレ、物心ついた時から独りだったから、親がどんな奴なのか知らない。どうやって赤ん坊の頃生きてたのかも記憶がない。気がついたら、こんな薄汚い街で食い物かっぱらって生活してた。はじめて客とったのは、いくつだったろう…それも覚えてねえよ」
「……………」
「何されてんのか解んねえくらい頭ん中真っ白になって、身体中切り裂かれるような痛みばっかで、良いことなんか何ひとつない」
「……………」
「あんなもの気持ちいいなんて信じてる奴は馬鹿だ。こっちは早く終わってくれって、そればっかり考えてやってるんだ………よがり声だすのも気持ちいいからじゃない。そうしてやると、相手が興奮していつもより早くイッてくれるんだ」
「……………」
「加減を知らねえ馬鹿者共が無理矢理突っ込んでくるんで、あそこはいつも裂けて血が流れてる。その傷が癒えないうちに次の奴がくるんだ……」
「……………」
「……何がお前も気持ちいいだろうだ。いいわけないだろう!?……どんだけ苦しいか解ってんのか!?突き上げられる度、腹ん中ひっくり返って、反吐がでそうになる。青臭い臭いが部屋中に充満すると、それだけで息が出来なくなる!!毎日毎日、死ぬ思いで脂ぎったブタ共の相手をしてんだ。……平気なわけないだろう。てめえに解るかよ?オレの気持ちが!!いつもいつも…オレが…どんな…!!!」
「朱雀……!」
「あいつらみんな最低だ。クソ野郎共だ……あんな奴ら……」
「もういい!やめろ」
吐き捨てるようにそう言いながら、亜門は乱暴に朱雀の肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「聞いてるこっちまで反吐がでる」
「あんな……奴ら……みんな死ねばいい……」
「…………」
「死ねばいいんだ……」
亜門の腕の中で朱雀が悔しそうに唇を噛んだ。
「……ろしてやる…」
「…………」
「いつか……あいつら全員殺してやるんだ……」
亜門は無言でぐいっと朱雀の身体を抱き寄せた。

腐ったゴミ溜のようなこの街。
毎日、どこかしらで喧嘩が起こり、誰かが道端で倒れていても誰も助けようとしない。
血と汗と精液にまみれた最低の街。
信じられる者など何処にもいない。
誰にも頼らず、独りで。
愛も慈しみも正義も自由も、何もかもが意味をなさない。
吐き気がする。

こんな街で生きていると、自分自身の生命さえどうでもいいもののような気がしてくる。
期待することも、何かを欲することも。
すべてがバカらしくて。

ふいに亜門は肩を震わせて笑い出した。
「………?」
朱雀が不審気な目を向ける。
「何が可笑しいんだよ」
「いや、ちょっとな」
「…………?」
「オレ、なんでお前に出逢っちまったんだろうと思ってさ」
「……は?」
「オレ…さ。自慢じゃないけど、他人の為に力使った事ってなかったんだ」
「……………」
「誰も頼らないかわりに、誰のことも助けようなんて思わなかった。力使ったが最後、絶対その街を出なきゃならなかったし」
「………え?」
「さっきの奴らが言ってただろう。化け物って。明日になれば街中の奴らがオレを殺そうと押し掛けてくるよ」
「……亜門……お前……」
まるで、一昔前の魔女狩りのように。
亜門の力を知った人間は、必ず亜門を排除しようと襲いかかってくる。
いつもいつも。
亜門は、何度も追われるように街を逃げ出した。

「オレさ、今まで何か欲しいとか思ったことないんだよな」
亜門が言った。
「ガキの頃から期待しなきゃ期待はずれに泣くこともないってずっと思っててさ。オレは、何かを欲するって事、すっかり忘れてた」
「……………」
「オレ、お前に逢って、欲を思い出した」
「………?」
「最初は単純な事だ。お前の名前を呼びたい」
「………くだらねえ欲だな……」
「まあな。でも、オレはそんな欲さえ忘れてたんだよ」
「……………」
「強く…なりたいな」
にやりと亜門が笑った。
「……強く……?」
「気にいらねえ奴ら、全員簡単にブチ殺せるくらいさ」
「………!!」
「お前を犯った奴らを殺るときは、オレも協力するぜ」
「……なっ……」
亜門がほんの一瞬だけ朱雀の頬に触れた。
「いつか」
「…………」
「オレは強さを手に入れる」
言いながら、亜門が自分の拳をギュッと握りしめた。
「強さ…か」
亜門の身体から身を離し、朱雀がじっと亜門を見つめる。
「……強くなろうぜ…朱雀」
フッと笑い、朱雀がおもむろに立ち上がった。
「無茶して、くたばっても、オレはてめえの面倒は見ねえからな」
「んな事、期待してねえよ」
すかざず亜門が答える。
水平線の彼方を見つめ、2人は小さな声で笑った。

FIN.      

2001.4 脱稿 … 2001.8.18 改訂    

 

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