天の河越えて(10)

「あー、食った食った」
「ほんと、マジ美味かったなあ」
正人と秀が全く同じ姿勢で、全く同じようにお腹をさすりながら満足そうにそう言った。
「……なんか、秀が2人に増えたみたいだ」
ぽつりとつぶやいた遼に伸がおかしそうに相槌を打つ。
「確かに系統は同じだよね。2人とも。言ったろう。似てるって」
「ああ、言った言った。単純で馬鹿だっていうところが似てるって」
当麻のチャチャに正人と秀が過敏に反応する。
「おい、羽柴、今なんて言った」
「誰が単純馬鹿だ。誰が」
「お前等だよ、お・ま・え・ら」
「なんだとー!!」
「いい加減にしろ。貴様等」
征士の制止も聞かず、3人はじゃれあいのような取っ組み合いを始める。
やれやれと言った視線を征士が伸に向けると、伸も仕方ないなあといった風に笑った。
正人の来訪のおかげで、今日の夕食はなんだかとても賑やかだった。
いつもより以上に饒舌だった秀。
普段のそれより、表情が柔らかかった征士。
留学の事とか、向こうでの生活だとか、興味津々に正人にいろんな質問を浴びせ続けていた遼。
そして、文句を言いながらも、なんだかんだと一番正人とよくしゃべっていた当麻。まあ、そのほとんどが喧嘩腰だったので、それの仲裁に入り続けている征士にはいい迷惑だったのだろうが。
だが、その喧嘩も、なんだかお互い納得ずくで楽しんでいるということがとても良く分かるものだった。
やはりそうなのだ。
皆、逢いたかったのだ。この男に。
忘れたことなど一度もなかった。いつも逢いたいと願っていた、この男に。
そして、それを証明するかのように不思議なほど正人はこの空間に溶け込んでいるように見えた。
まるで、ずっとずっと此処にいたかのように。
何年も何年も前から、ずっと自分達と一緒にいたかのように。
だから、きっと『おかえり』と言ったのだ。皆。
おかえり、と。
「帰って来たんだな……オレ」
「ああ」
ぽつりと独り言のようにつぶやいた正人の言葉に、そっと当麻が頷いてみせる。
「お前は正人であって、烈火だ。つまりオレ達のもうひとりのリーダーだってことだ。その事実だけは未来永劫変わらない」
「…………」
「ずっと、永遠に変わらないんだ。だから、此処はお前の居るべき場所になる」
当麻の言葉に正人が少しだけ皮肉な笑みを浮かべた。
「オレは仁の珠を放棄した男だぞ。お前はそれに対して随分腹をたてていただろう? いつの間にほとぼりが冷めたんだ?」
「ほとぼりなんて永遠に冷めねえよ。オレはあんたがあいつを泣かせたことを許すつもりは毛頭無い」
「…………」
真っ直ぐな目をして正人は当麻を見つめ返した。
「でも、それでもお前は正人であり、烈火だ。つまり、あいつにとって大事な人間であることに変わりはない」
当麻の口調は少しだけ悔しげだ。
言ったものかどうか迷うように当麻はくしゃりと前髪を掻き揚げて、唇を歪めた。
「オレさ、白状すると、お前が此処に来るって聞いて、実はむちゃくちゃ怖かった」
「…………」
「お前があいつにメール寄越した時も、此処に来るって電話掛けてきた時も。いや、お前の気配を感じた瞬間から、ずっとずっと怖かった」
「…………ああ」
それは自分も同じ。お互い様だ。正人も当麻の言葉に頷いた。
「だけど、やっぱり、居なくなられたら困る」
「…………」
「だから……」
「…………」
「だから……」
此処に居て欲しい。
言いかけた言葉を、当麻はそっと口の中に飲み込んだ。

 

――――――「なあ、みんな。これから、お月見ならぬお星見しないか!」
夕食後のくつろぎのひとときの最中。突然立ち上がってそう言った遼に、残りの5人がキョトンとした目を向けた。
「お星見ってなんだそれは。わけわからねえぞ」
ゲラゲラ笑いながら秀が言ったので、遼は不満そうに唇を尖らせる。
「いいじゃないか。今日は折角の七夕なんだし、外は良い天気で雲ひとつ無い満天の星空なんだぜ。星を観に行こうよ」
窓の外を指さして遼が力説する。
「まあ、確かに七夕の夜に見るのは、月というより星なのだろうな」
「そうだね、じゃあ、軽くつまみだけ持って庭に行く?」
征士が遼に賛成の意を示して立ち上がったので、それにつられるように伸も立ち上がった。
「じゃあ、秀と遼は庭に丸テーブル用意して。当麻は全員分の飲み物確保。征士はこっち来てつまみ運ぶの手伝ってくれる?」
「おっしゃあ、行こうぜ、遼」
征士と伸が賛成したら、他の人間に逆らえるはずはない。秀は遼をつれて、早速庭へと飛び出した。
「すげえ……すっかり仕切屋だなあ」
正人が感心して小さく口笛を吹くと、当麻が正人の手にジュースの入ったペットボトルを渡して、にやりと笑った。
「昔とちっとも変わらないってか?」
「いや、パワーアップしてる。あいつの姉さん見てるみたいだ」
「ああ、あのお姉さんね」
伸によく似た美人の姉を思いだし、当麻が笑った。
「綺麗な姉さんだったよなあ」
「旦那持ちだぞ。妙な気起こすなよ」
「誰が起こすか。オレは弟の方が好みなの。お前だってそうだろうが」
「なっ……!」
思わず声をあげかけた正人を無視して、当麻はさっさと庭へと出ていった。
「羽柴! 貴様、今何言って……」
慌てて正人も庭へと駆け出す。
外では遼と秀が小さなテラス用の白いテーブルを庭の真ん中にセッティングし終えていて、出てきた正人に気づくと嬉しそうに手を振ってきた。
「おー、正人、こっちこっち」
「悪いな。飲み物持ってきてくれたんだ」
「え……あ…………」
テーブルの脇に立って、当麻がニッと正人に笑顔をみせた。
「ほら、正人。上見て見ろよ」
「上?」
もうすっかり暗くなった庭先は、涼しい風が駆け抜ける、居心地の良い空間だった。
ザワザワと風に木の葉が揺れる音がする。
正人が空を見上げると、降るような星空が広がっていた。
此処近年曇り続きだった七夕の夜だったが、今年は見事に晴天だったらしい。
「う…わぁー」
正人が感嘆の声を上げた。
「すげえ、近年まれに見る見事なミルキーウェイだ」
「ホントだ。すげえな」
正人の隣に立って秀も空を見上げた。1等星2等星はもちろん、4等星までも充分綺麗に見える。
「えーっと、どれが織姫だっけ?」
「あれだよ」
秀の問いに当麻がすっと近づいてきて東の方向を指差した。
「あそこに4つ菱形みたいに並んでる星があって、その先に1段階明るい星がそばにあるだろう。あれが琴座のベガ。一般に言う織姫星だ」
「へえ〜、じゃあ、彦星は?」
正人も同じように当麻の指差す方向に手をかざし、空の星を探す。
「彦星。牽牛星は鷲座のアルタイル。ベガから少し南下した所にちょっといびつな十字型の星座があるだろう。その中心、心臓部分がそれだ」
「すげえな、羽柴。お前理科の先生になれるぞ」
「多少の天文知識があればこれくらい常識だ。知らないお前等の方がおかしい」
「おいっ、その言い方は何だ!?」
声をそろえて秀と正人が当麻に抗議しているそばで、遼が声をたてて笑った。
「ようやく……」
伸と一緒に庭に姿を現した征士が、ほうっと息を吐き、隣に立つ伸に向かって静かにつぶやいた。
「……?」
伸が小首を傾げて征士を見る。征士は伸に向かって、少し微笑んでみせた。
「これで、ようやく全員がそろったという気がしないか?」
「…………」
僅かに伸が目を見開く。
「欠けていたピースがようやく埋まった。恐らく、これが私達の完成された形なのだろう」
征士の視線の先には、楽しそうにじゃれている仲間の姿があった。
当麻と秀と正人と、そして遼。征士と自分。
誰が欠けても完成しない。これが完成系。
「そうだね……うん、そうだ。そうなんだね」
ふわりと伸が笑った。
倖せな、倖せな笑顔だった。

 

前へ  次へ