サクリファイス (1)
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「僕は君に殺されるわけにはいかないんだ。僕を殺していいのは兄さんだけだから」
まるで、当たり前のように。
そう、指を切ったら赤い血が流れるという事と同じくらい当たり前の事のように、瞬は言った。
オレはきっとあの時、瞬の事を本気で殺してやりたいと思ったのだ。
――――――とにかく最初から気に入らない奴だった。
何が気に入らないのか自分でも理由が解らないくらい、気に入らない奴だった。
少女のような白い肌も、柔らかそうな癖毛も、大きな丸い瞳も、何もかもこの島には似つかわしくなくて、異端で。
まるで羽根をもがれてしまった為、天へ帰れなくなった天使のような面も、見ているだけで吐き気がした。
あいつは、瞬は何のために此処にいるのだろう。
本当に聖闘士になりたいのだろうか。
オレが瞬に抱いた最初の疑問はまさしくそれだった。
やる気がない、というのとはちょっと違うのかも知れないが、少なくともあいつには他の奴らのようなギラギラしたところが一切無かった。
訓練はやる。さぼったり文句を言ったりはしない。
しかも、特に際立って力があるとは思えなかったが、それなりに器用に何もかもをこなしているように見えた。
だが、あいつは全てのことに対して無関心だった。
自分の能力の向上も、他の奴らの成長ぶりも、また、先生の評価も、何もかもに関心がないようだった。
ただ黙々と、その日のノルマをこなして生きる。
そして、暇があれば、海を見る。何時間も何時間もじっと海を見ている。
オレより先にこの島に来ていたスピカ達の噂によると、あいつは海の先にいる兄を見ているのだそうだ。
兄。
それも、きっとオレが瞬を気に入らない理由の一つだったのかもしれない。
いつまでも、兄に甘えている坊や。ばかばかしい。
何様だと思っているんだ。
そんな甘えた根性で、どうやって聖闘士になろうというんだ。
そんなふうに思っていた。
それに。
瞬は天使に見えた。
あどけない少女のような顔も、細い身体も、なんだか同じ男には思えなくて、でも決して女ではなくて。
ああいうのを中性的な美と言うのだとスピカあたりは半分馬鹿にしたように言っていた。
そう。ここには、そんなものは必要ない。
必要なのは強さ。
自分自身の心も身体も含めた、総合的な強さ。
最高の聖闘士になる為の、真っ直ぐな強さ。
瞬にはそれが一切見られなかった。
「お前、なんか幽霊みたいに見える。」
本当は天使のように見える。そう言いたかったのに、オレの口から出る言葉はそんな言葉ばかりで。
「生きてんのか死んでんのか解らねえんだよ。お前は」
「…………」
「見てるとイライラしてくるんだよ」
オレがそう言うと、瞬は困ったような顔で頷いた。
「うん」
怒りもしない。反論もしない。
それがまたオレの勘に障る。
「言い返す気はないのか?」
「……ないよ。」
「…………・」
「さすがだね、レダ」
「何が……?」
「よくわかってる。僕の事」
「…………」
解ってる? 何が?
オレはお前のことなど、何一つ解らない。解りたくもない。
解ってたら、こんなイライラすることはあり得ない。
「何、馬鹿なこと言ってんだよ。オレはお前のことなんか知らねえよ。お前なんか大嫌いだからな」
「…………」
「大っ嫌いなんだからな」
「うん。解ってる」
瞬はただ、そう言って頷いた。
やはり、天使のように見えた。
――――――アンドロメダの聖衣。それを継承する為にオレ達は修行を続けている。
辛い訓練も、過酷な試練も何もかも、正当な聖衣の継承者となり、聖闘士となる為だ。
皆、お互いがライバルであり、少しでも他の奴らより早く強くなるために必死だった。
なのに、瞬は相変わらず、誰に対しても競争意識を持とうとせず、それは、まるで強くなどなりたくないかのように見えた。
「お前さ、やる気がないんなら、帰ればいいのに、何で此処にいるんだよ」
よせばいいのに、オレはまた瞬にそう声をかける。
オレは、瞬が何を考えているのか解らない。何を望んでいるのか解らない。
じっと海を眺めるその目に何が映っているのか解らない。
瞬はいったい何をどうしたくて生きているのだろう。
どうして、瞬はこんなにも透明なのだろう。
「オレ達はアンドロメダの聖衣を継承する為に此処にいる。強くなる為に此処にいる。お前は何の為に此処にいるんだ」
「……僕は…………」
「僕は……何だよ」
「……どういったらいいのかな」
少し首をかしげて、瞬は考え込むように言葉を綴った。
「こんなふうに言ったら、みんな怒るだろうけど、僕は皆と争って聖衣をとるつもりはないんだ」
「……?」
「聖衣の継承者っていうのは、きっともう決まっていると思うんだ」
「それって、アルビオレ先生がもう決定を下してるってことか?」
「そうじゃない。先生がどうだとか、聖域がどうだとかじゃなくて……つまり……」
「つまり?」
「聖衣は、もう何百年もずっと昔から、自分を纏う人を待ってるんだ。そのただ1人の人の為に聖衣は存在するんだ。だから、誰が決めるのでもなく、聖衣自身には、もう、そのただ1人の人は解ってるんじゃないかなって」
「………………」
「だから、すべては最初から決められている運命なんだよ。聖衣の意志の元に」
「…………!!」
なんだか無性に腹が立った。
もしそうなのだとしたら、最初から決まってるのだとしたら、この自分達の努力はどうなるのだろう。
今までやってきたことはすべて無駄で、これからやることもすべて無駄で。
何もかもが無駄で。
「そうかよ。だからお前は、いつもそうやって何の欲もないような面してやがるのか」
「別に……そうじゃ……」
「ないとでも言うのかよ。お前、自分で何言ったかわかってんのか?お前は、オレ達の努力は全て無駄だって言ったんだぞ」
「そんな」
「そうだよ、お前はいつもいつも、何も望んでないような顔して、自分だけは他の奴らのように必死になることもないって感じで、高見から見物してるんだよな」
「違う」
「何が違うんだよ」
「僕は……」
「…………!!」
あまりの苛立ちに、オレはドンっと瞬の肩を突き飛ばした。
妙に手応えのないまま、瞬はどさりと砂浜の上に倒れ落ちる。
オレはそのまま瞬の上に馬乗りになった形で奴の首を締め上げた。
腹が立って仕方ない。
何も望まず、何も期待していない、欲望の欠片もなさそうな瞬の態度が本気で疎ましいと思った。
こいつは何で此処にいるんだ。
欲しい物はないのか。やりたいことはないのか。
やりたいことがなくても、せめて生きていたいとは思ってないのか。
「どうしたよ、瞬。全てが聖衣の意志の元の運命なら、此処でお前が死ぬことになってもそれは聖衣の意志なんだよな」
「…………」
「嫌なら抵抗してみろよ」
「…………」
「死にたくないだろ。抵抗しろよ」
「……レ…ダ…………!」
誰だって死にたくはないはずだ。
どんな冷静な奴でも、死を目前にしたら、本性がでるはずなんだ。
死にたくないって思うはずなんだ。
「………………」
突然、瞬がふっと身体中の力を抜いた。
「……!?」
何故。
何故、こいつは抵抗すらしようとしない。
「…………」
オレの戸惑いはきっと瞬にも伝わったはずだ。少しでも抵抗する気があるのなら。いや、少しでも死にたくないと思っているなら、この一瞬のオレの戸惑いを利用しない手はない。
ほんの一瞬とはいえ、確実にこいつはオレの手を振りほどくなり、逆に逆手を取ってオレを押さえ込むなり出来たはずだ。
なのに、瞬は何もしなかった。
オレは更に瞬の首を絞める手に力を込めた。
瞬の顔が紅潮してくる。息が出来ていない証拠だ。
きっとこのまま力をこめれば、やがて瞬の顔はどす黒く変色し、そして、いつか。
「…………」
「何やってるの! あんた達!!」
突然、甲高い声がオレ達の間に割って入った。
カメレオン座のジュネだった。
ジュネはオレ達より一足先に青銅聖衣を手にした女聖闘士である。
顔は見たことなかったが、外形から判断するに、まあまあの美人だろう。
ジュネは慌てて岩場から飛び降り、瞬の首を締め上げているオレの手を振りほどかせた。
「大丈夫かい、瞬」
瞬はすまなさそうに視線だけでジュネを見て、小さく頷いた。
「けっ、女に助けてもらって、恥ずかしくないのか。とんでもない甘ちゃんだな。相変わらず」
「レダ、いい加減におし」
ジュネが鋭い声でオレを叱責した。
オレは小さく舌打ちをしてその場を立ち去った。
背中越しにジュネが何か叫んでいるのが聞こえたが、オレはひたすら無視を決め込んだ。
オレは何がしたかったのだろうか。
オレは瞬を殺したいとでも思っていたのだろうか。
本気で殺したいとでも思っているのだろうか。
手に残っている瞬の首の感触が、やけに生々しかった。