泡沫の夢

舞い落ちる雪の中、ずっと待っていた。
手足が凍えるのも何もかも、どうでもいいと考えながら、ただひたすら待っていた。
そうして。
そのうち、本当に手足の感覚がなくなってくる。
自分の手が自分の手じゃないように思えてくる。
自分の足が自分の足じゃないように思えてくる。
そうして。
そのうち、本当に自分が何をしているのかわからなくなってくる。
自分は誰を待っているのだろう。
自分は何を待っているのだろう。
そうして。
そのうち、自分が自分じゃないように思えてくる。
僕は、誰だ。

 

「おい、伸」
優しく呼ぶ声に伸はそっと目を開けた。
「…………」
「伸、よかった。呼んでも目を覚まさないから、よっぽど具合悪いのかと思った」
「当麻……?」
「ああ、当麻だよ」
なんだか、いつもの十倍くらい優しい目をして当麻は伸を見つめていた。
いや、そうじゃない。
いつもと同じ目だ。これは、きっと。
久し振りに真っ直ぐ当麻の目を見たからそう思っただけで、目の前の当麻はいつもと変わらない目をしているんだ。
「当麻……」
くすりと微笑んで、伸はもう一度確かめるように当麻の名を呼んだ。
当麻は、さも愛しげに目を細めて、伸を見下ろしている。
その手がそっと伸の額にのばされ、軽く触れると、伸はくすぐったそうにくすくすと笑い声をもらした。
「当麻の手、冷たいよ」
「冷たくって当たり前だ。お前、自分がどんだけ熱出してるかわかってるのか? 全然下がってないじゃないか」
呆れたように当麻が言った。
「熱……そんなに高かったっけ?」
「ああ。さっき秀が体温計見て目を丸くしてたぞ。よくあれだけ熱が高くて立ってられたなって」
「立って?……あ、そうか、さっきまで僕、外にいたんだ」
ぼんやりする頭で伸はふと窓の外に目を向けた。
外は降りしきる雪で真っ白な世界が広がっている。
当麻はサイドテーブルに置いた氷入りの水にタオルを浸し、固く絞ると伸の額に乗せてやった。
「とりあえず、今、秀がスープ作ってるから、それが出来たら食べて、風邪薬飲めよ」
「うん」
くすくすと伸が笑った。
「何が可笑しいんだよ」
「別に。ただ、君にこんなふうに世話焼いてもらってるのって変な感じだなあと思って」
「仕方ないだろ。遼と征士は今買い出しに街まで行ってるんだから、オレしかいないの。それとも何か? 目が覚めた時、そばにいるのは遼のほうが良かったか?」
拗ねた口調でそう言って口をとがらす当麻を見て、伸が吹き出した。
「何言ってんだよ。バカ」
ひとしきり笑い終えて伸は真っ直ぐに当麻を見上げた。
「ちゃんと嬉しかったよ。君の姿が見えた時」
「…………」
熱の所為で少し上気した頬と潤んだ瞳。
笑顔もいつもと少し違っていて、当麻は一瞬ドキリとなって慌てて椅子から立ち上がった。
「あ……あの……さ…寒くないか? ここ。毛布か何かもう一枚かけるか?」
「ううん、大丈夫」
安心させるように微笑む伸の笑顔に再び心臓がドキリとなる。
本当に、今更ながらに愛おしくなる。
これ以上ないくらい愛しいと思えてくる。
「…………」
再び椅子に腰掛け、当麻はそっと伸の顔を覗き込んだ。
伸は相変わらず熱に潤んだ瞳をして、じっと当麻を見つめ返している。
「……なあ」
遠慮がちに当麻が聞いた。
「お前、なんであんな雪の中、ずっと立ってたんだ?」
「…………」
伸が、すっと申し訳なさそうに当麻から目をそらした。
「ごめんね」
「伸、オレは謝って欲しいわけじゃない。なんであんな所にいたのか聞きたいだけだ」
当麻の声は少しだけ苦しそうだ。
伸は再び当麻の顔へと視線を戻した。
「ごめんね。どうかしてたんだ、僕」
「伸、オレは……」
「ごめんね」
「伸」
「僕は……待ってたんだ。来るはずのない人を」
「…………」
当麻が小さく息を呑んだ。
「小さい頃。いつだったか同じように僕は雪の中、じっと父さんを待ってた事があった」
「…………」
「あれは、父さんが亡くなって2ヶ月くらいした時だったかな? 僕は父さんがもういないんだって事を頭で理解できても心で理解できてなくって。ずっとずっと、いつか父さんは帰ってくるんだって、そう信じていたくて、雪の中、父さんの帰りを待ってた。雪が激しくなって、視界も効かなくなって、手足が凍えて感覚がなくなって、でも、そうやってずっと待ってたら、そのうち父さんが帰って来るんじゃないかって……」
「…………」
「わかってたんだけどね。そんな日は永遠に来ないって事くらい」
「……伸……」
「でも、その時だけは何故だろう、いつも口うるさい姉さんも僕のムチャを怒らなかった。その日は、父さんの誕生日だったから」
「…………」
「父さんの誕生日はもう永遠に来ない。待ち人は永遠に現れない。わかってたんだけどね」
寂しそうに伸はそう言って微かに笑った。

舞い落ちる雪の中、ずっと誰かを待っていた伸の姿。
それは、烈火がいなくなって初めての雪の日の水凪の姿とダブって見えた。
来るはずのない人。
待ち続けても。どれ程待ち続けても、永遠に来ない人。
繰り返し、繰り返し。
どうして、何度もこんな思いをしなければならないのだろう。
同じ苦しみと、同じ寂しさと、同じ哀しみを。
どうして、何度も味わわなければいけないのだろう。
それが、この愛しい人の運命なのだとしたら、それはあまりにも哀しい。
「……伸……」
無意識につぶやいて、当麻は再び伸の頬に触れた。
伸は、のばされた当麻の手にそっと自分の手を重ねて目を閉じる。
「ごめんね、心配かけて」
ささやくようにそう言って、伸は重ねた手に力を込めた。
「でも……ありがと」
「……伸?」
「君が現れた時、ようやく待ってた人が帰って来たような気がしたんだ」
「…………」
「もう、僕は待たなくてもいいんだって思えたんだ」
「伸……でも……」
戸惑ったように当麻は伸ばした手を引っ込めた。
「お前が待ってたのは、オレじゃないだろう」
「…………」
水凪が待っていたのは烈火。
伸が待っていたのは父親。
どちらにしても自分ではあり得ない。
「ううん。君だよ」
そう言って伸は微笑んだ。
「僕が待ってたのは、来るはずのない人だけど。でも、そんな僕の所に帰ってきてくれた人は君だよ」
「…………」
「君が帰って来てくれて、僕は本当に嬉しかったんだ」
「…………」
「これで、もう泡沫のように消えてしまう夢を見なくてすむ」
「…………」
愛しい人。
この人が呼ぶのなら、自分はどんな所からでも駆けつけよう。
たとえ、地の果てからだって。
この人が待っていてくれるなら、どんな所からでも帰ってこよう。
「必ず帰ってくるよ。お前の所へ」
ようやくそれだけ言った当麻を見つめて、伸はふわりと微笑んだ。
窓の外では、まだ静かに雪が降り続いていた。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
56000HIT記念。キリ番リクエスト。お題は「当麻と伸のショートストーリー(病気or怪我ネタ)」です。
はい、ただのラブラブですね。なんのひねりもない。
まあ、たまにはこんなのも良いのではなかろうかと(笑)。
風邪ひいてる時くらいは、伸も素直になってくれるだろうしなあ、なんて。
というか、本編でこんな甘々してたら話が先に進まなくって困るので、これはSSでしか成立しえない話だと思ってください。
なので、この手の話を読みたかったら、キリ番とって○×○の甘々話とリクエストしてください。(←おいおい)
って言っても出てくるのはこの程度のものですが……。
ということで、こんなものでよろしかったでしょうか?ネコ美さん。(ドキドキ)
これからも宜しくお願いします。

2003.02.01 記   

 
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