海に降る星

海に降る星。
あれをみたのは、正月前。眠っている当麻の様子を見に書斎へ行った時。
海に降る星。
当麻が眠っている横にあったパソコン画面。
画面いっぱいに映し出されたその光景は、何故か、私の心を捉えて離さなかった。
海に降る星。
これはメッセージなのだ。
宇宙から海へ。つまり、当麻から伸へ送られた、メッセージなのだ。
暗闇で迷うことのないように。独りにならないように。
ありったけの光を届けて。
海に降り注ぐ、数限りない星々。当麻の想い。
海に降る星。
あれを見た瞬間、私は…………

 

「あっ! そうか!!」
突然、伸が素っ頓狂な声をあげて持っていた新聞をばさりと居間のテーブルの上に置き、立ち上がったのは、ちょうど時計が夕方の5時を打った時刻の事だった。
「どうかしたのか? 伸」
私が驚いて声をかけると、伸は慌てて私の方に振り向き、少し思案顔で目を中空へと向けると、次いで早口でまくし立てた。
「あのさ、征士。今日、これから僕と当麻、出かけるかも知れないんだけど、そうなったら夕飯とか適当にやってもらっていい?」
「適当に? ああ、それは構わないが……つまりお前達は今日の夕飯はいらないということか?」
「うん、まあ、そういうこと。じゃあ、お願いね」
「……って、おい、伸!?」
私が止めるのも聞かず、伸はそのまま当麻がいるであろう書斎へと駆け込んで行った。
伸にしては珍しい光景だ。いったい、どうしたというのだろう。あれほどまでに慌てて。
「…………」
とにかく、伸はこれから当麻と一緒に出かける気なのだ。
私は、今さっきまで伸が読んでいた新聞に目をやった。新聞は、たった今伸が手にしていたそのままの状態で、テーブルの上に投げ出されている。なんとなく、その形を壊さないようにとそっと持ち上げて、私は伸が見ていたと思われる紙面の記事を探した。
きっと、この中に答えがある。
キーワードは3つ。時間は夜。場所は戸外。人は当麻。
もしかして、今日、当麻の好きな映画のレイトショーでもやるのだろうかと、私はまず新聞の映画情報の欄を目で追った。だが、そこには私の望む答えは見つからない。どうやら違うようだ。あいつが好きそうな映画はやっていなかった。
では何だ。さっき、伸はこの新聞の何処を見ていたのだ。
「………………」
伸が開いていた面をゆっくりと手でなぞりながら、私はふととある記事に目を止めた。
「……そうか。そういうことなのか? 伸」
これがそうなら。これが理由なら、3つのキーワードがぴたりとはまる。
夜でなければならない意味。戸外でなければならない意味。そして、当麻でなければ……
「よう、征士。なんか面白い記事でも載ってるか?」
ちょうど帰ってきて居間を覗き込んできた秀が、私に気付いて声をかけてきた。
なんとなく隠すように新聞を背中にまわし、私は苦笑いをする。
「いや、別に。それより、秀、今日の夕飯、中華でいいので頼んでもいいか。私も手伝うから。量は三人分だ」
私の頼みに秀はきょとんとした顔のまま大きく頷いた。
「ああ別にいいぜ……って、三人分って、誰が抜けるんだよ。っつーか伸は?」
「その伸が今日は不在なので頼みたいんだ」
「伸が不在? 伸の奴、どっか出かけてるのか?」
「いや、出かけるのはこれかららしい」
「へえ、誰と?」
「当麻だ」
「……当麻……?」
妙な顔をして、秀は眉間をコイル巻きにする。
「何? あいつら二人だけでどっか行くのか?」
「ああ、ちょっと……」
「何処へ?」
「さあ……」
「さあって、お前、行き先聞いてないのか?」
「ああ、その……恐らく……海へ……だと思うんだが……」
「海? これから?」
「ああ、多分……」
言葉にすると、ようやく確信が持てた。
そうなのだ。恐らく、いやきっと、伸は当麻を連れて海へ行く気なのだ。今日。
「海? 何しに?」
「いや……私もきちんと聞いているわけではない。と言うか、ちょうど今、伸が当麻に交渉している最中のようだから、まだ行くと正式に決まったわけでもないし……それに本当に行き先が海なのかも分からないし……」
「……お前、珍しく言ってること支離滅裂だぞ。大丈夫か?」
意味が分からず、秀は大きな目を更に大きくまん丸に見開いた。私はそれ以上説明することも出来ず、肩をすくめる。やはり、憶測だけで説明するのは非常に難しいことなのだと、改めて自覚する。
「……何? どうかしたのか? 伸と当麻」
秀の声に気付いてか、遼が二階から降りてきて居間に顔を覗かせた。秀はくるりと遼の方へ向き直り、ここぞとばかりに不満気に口をとがらせ、遼に同意を求めだした。
「そうなんだよ。ずるいと思わねえか? 二人だけで海へ行くんだってさ、あいつら」
「え? 海? これから?」
遼は、何のことだろうと不思議そうに首をかしげて、私と秀を交互に見比べた。
「……なんで突然? しかも二人でって」
「それがさー、征士は知ってるみたいなんだけど、こいつ言わねえでやんの。ケチだから」
「おい、秀、聞き捨てならないぞ。私のどこがケチなんだ」
「じゃあ、言えよ。理由を」
「別に私は何も聞いていない。ただ、先ほど伸が二人分の夕飯はいらないと言っただけで……」
「って、何? 夜もずっと帰ってこないってことか?」
遼はそう言って、ふと私が手に持っている新聞に目を向けた。
「それ、何? 新聞?」
遼がすっと私に向かって手を伸ばした。私は言われるままに遼の手に新聞を載せる。
遼は、なんだか、この新聞に答えが載っているのに気付いたかのようだった。そして、その通り遼はすぐに目的の記事に気付き、大きく瞬きをして、再び私の手に新聞を返してきた。
「そっか……わかった。征士。そういうことなんだな」
「あ……いや……」
「うん。伸らしいかも。きっと本物が見たくなったんだ。そうだろ?」
「あ、ああ、多分。私の推測が正しければだが」
「きっと正しいよ。オレもそう思うから」
そう言って、遼はふと目を細めて私の手に戻してきた新聞の記事に目を向けた。新聞がカサリと私の手の中で微かな音をたてる。無意識のうちに手に力を込めてしまったのだろうか。
「おい、お前等、二人で何納得してんだ。自分達だけで分かるなよ。感じ悪いぜ」
とうとう秀が私と遼の間に入って、ぷーっと頬をふくらませた。
「ああ、ごめんごめん、秀」
遼は慌てて秀に謝罪するように目の前で両手を合わせる。
ひととおり秀をなだめ終わると、遼はにこりと笑って私を見上げた。
「じゃあ、征士、オレ、ちょっと部屋の片づけがあるからしばらく上にいるよ。伸に行ってらっしゃいって言っといてくれるか?」
「遼……?」
なんだか、遼が今にも泣き出すのではないかと心に不安がよぎったが、遼はまるでなんでもないかのように、更ににこりと笑みを浮かべ、そのまま私達に背を向けた。
「………………」
ふと、思い出す。
伸と二人で萩に行って帰ってきた時の遼の様子。あの時の遼の言葉。
『伸との旅行は、すごく楽しくて、楽しくて…………楽しすぎて……ほんの少し哀しかった』
そう言った遼。そしてそれに続く言葉。
『征士は見たことあるか?』
見たことあるか? 伸が一番好きな海を。
一番好きな海を。
海に降る星を。
「り……」
声をかけることも出来ず、それでも、私は思わず遼の後を追った。
遼はゆっくりと廊下を歩き、書斎の前で一瞬足を止めたが、それでも再び顔を上げ歩き出した。
私はもう、それ以上遼の後を追うことを止めた。
遼の二階へ向かうリズミカルな足音が上へ消えて完全に聞こえなくなった時、ちょうど書斎の扉が開き、伸が廊下へと姿を現した。
「伸?」
「あ、征士……」
当麻との交渉はうまくいったのだろうか。私は探るような口調で伸に話しかけた。
「行くのか? 海へ」
「え……何で?」
驚いたように目を見開いてじっと私を見ていた伸は、やがて、そうなのか、と言いたげにほんの少し伺うように視線を泳がせた。
「あ……もしかして……」
「……ん?」
「あの、もしかして、征士もあれを見たことあるの?」
「ああ」
短く頷くと、伸はそうだったのかと、小さく息を吐いた。
「そっか……」
「あ、だが、私が見たのは偶然だ。お前のように当麻に見せてもらったわけではない。安心しろ」
「え?」
「あ、いや……だから……」
私は何を言い訳しているのだろう。伸はきょとんとした表情で私を見上げている。
「つまり……何が言いたいかというとだな」
「うん」
「あれは当麻にとってとても大事なものだから、きっとお前にしか見せたくはないのだと思う。お前が見てこそ価値のあるものだと思う。だから……」
「だから?」
「だから……私まであれを見たことを奴が知ったら良い気はしないのではないだろうかと」
「つまり、当麻は君があれを見たってこと、知らないわけだ」
「あ、ああ……」
「で、これからも知られたくない、と?」
「そういうことだ」
「妙なところで律儀なんだね、征士って。面白い」
くすりと伸が笑った。
「別に見たって減るもんじゃないだろうに。隠す必要はないと思うよ。僕は」
「…………」
それでも。
それでも、あれは。
あの画面は、きっと当麻にとっての聖域なのだ。誰も土足で踏み込んで汚してはならない聖域なのだ。
あの時、私はそう思ったのだ。心から。
一面の海に降る星を見ながら。心からそう思ったのだ。
「今日ね。一番星が多く流れるんだって、新聞に書いてあったんだ」
伸がぽつりとそう言った。
「1時間に何十個も星が流れる。綺麗な線を描いて、星が降ってくるんだ」
「ああ。確か獅子座流星群だな」
「そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。この目で見たいって思って。本物を」
「ああ」
本物を。パソコン画面ではなく、本物の海に降る星を。
ありったけの想いを海に注ぐ光の雨を。
「あの時……」
伸はまるで独り言のように言葉を綴った。
「当麻が作ったパソコン画面の海に降る星を見た時、すごくね……嬉しかったんだ」
「…………」
「本当に、あとからよく考えたら、なんでそんなふうに思ったのか不思議なんだけど、でも……すごく、すごく嬉しくて嬉しくて、胸が痛かった」
「伸……」
「もしかしたら、あの時は自分自身の心が弱っていたから、その所為でそんなふうに思っただけなのかも知れないんだけど、それでも、心が熱くなって、痛くなって、苦しくなって。心臓が口から飛び出すんじゃないかと思った」
「…………」
「あの時まで、僕は心の何処かで拒否しようとしていた。当麻の気持ちも、当麻の心も。でも、あれをみたら、もうそんな気持ちでいること自体馬鹿馬鹿しく思えてきて……」
「それだけ、奴のことを好きだったわけだ」
「そ……そんなストレートに言われたら、やっぱり否定したくなっちゃうけどね」
頬をわずかに染めて、それでも精一杯の抵抗を見せながら伸が笑った。
「でも……だから見たいんだ。本当の宇宙と海を。当麻の隣で。もう一度」
「ああ」
私が頷くと、伸は嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「本物の海に降る星を見てくるよ。当麻と一緒に」
伸の笑顔は、本当に優しい海の香りがするようだった。
今日は獅子座流星群の日。
宇宙一面の流星郡が地上に降り注ぐ日。
海に降る星。
宇宙からありったけの想いを海に降らせる日。

 

海に降る星。
海に降る星。
海に降り注ぐ、数限りない星々。
子供の頃、水平線を指さし、私は祖父に問うたことがあった。
あそこには何があるのかと。
宇宙と海の狭間には何があるのかと。
もしかしたら、この二人はその答えをとっくの昔に知っていたのかも知れない。
そんなことを思いながら、私は夜の海へと出かけていく二人の背中を見送った。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
これは、羽柴当麻誕生日企画「sadalachbia」にて投稿させていただきました当伸小説でございます。
え? 当麻が出てきてないのに当伸小説とは呼ばない?
いえいえいえ。これは当伸小説です。誰が何と言っても当伸小説なんですっ!
ちょっと征士を語り部にしたらどうなるかなあと考えてしまったところ、何かが狂い始めた模様です。
とりあえず、これから海へ向かった二人は、ラブラブモードに突入するのでしょうから、これ以上の詮索はしないでやってください。はい。
だって、遼が可哀相なんだもん(←おい)
獅子座流星群は冬なので、ちょっと寒いかなあと思いますが、二人とも風邪ひかないように戻ってきてね(笑)。
これからも、当麻と伸と(もちろん遼も)を応援してやってください。

2006.10.10 記   

 
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