繋がり
その時、何気なく目に入ったネットニュースに、オレはしばらくの間釘付けになった。
画面にでかでかと大きく映し出されているのは、黒い服を着た男の死体。そして、その下の文字。
『幻影旅団殺られる!』
「……!?」
一瞬また何かのブラフかと思ったが、どうもそうではないらしい。
何故なら、そのニュースを報じていたのは一局や二局ではなかったからだ。
オレは慌てて一般ニュースや情報交流掲示板、ハンター証で入り込める裏サイトまでくまなく閲覧してまわった。
幻影旅団のリーダー。蜘蛛の頭が死んだ。
しかも、殺られたのはリーダーだけじゃなく、他の団員達もだ。
全員ではないらしいが、何人かの団員が次々と襲われ、死体が晒されていた。
おかげでネットは炎上状態。何処のサイトもこの話で持ちきりだ。
まあ、あれだけの懸賞首が死んだのだ。皆が騒ぐのも当然といえば当然なんだろうが。
でも、オレの興味はそこではなかった。
蜘蛛が死んだことより、誰に殺られたのかということが重要だった。
そして、それをやった奴は、今、どうしているのだろうかということが、何よりも気になった。
一応ネットの裏情報では、蜘蛛を殺ったのは、十老党が雇ったプロの殺し屋集団ということになっているが、詳しい人員構成等は一切明かされていない。
「…………」
ページをめくる自分の手が知らず止まっていた。
いたのだろうか。
その集団の中に、あいつはいたのだろうか。
殺った奴らの中に、あいつは関わっていたのだろうか。
今まで見た画面の中に、金糸の髪の姿はいなかった。
殺し屋集団の中に、クルタ族の生き残りがいたという話もない。
それでも。
直接手を下していなくても、こいつらが殺られたすぐ近くに奴が、クラピカが居たであろう事は間違いない。
あいつは今、ヨークシンシティにいる。
殺された蜘蛛達のすぐそばにいたんだ。
「やめておけ。復讐なんて」
何度も言った。
繰り返し何度も。
何度も何度も言ったのに。
あいつは耳を貸さなかった。
ついには、自分から復讐という言葉を取ったら、他には何も残らないとまで言い切りやがった。
何をしているのだろう。
奴は今、ヨークシンシティで何を考えているのだろう。
他人の手(いや、もしかしたら自分の手)で、復讐をやり遂げて、満足しているのだろうか。
「…………」
オレはもう一度じっくりと画面の中の男の顔を見つめた。
青白い顔に黒い髪。
惨殺という言葉が似合うほど、酷い状態の死体だったが、生きている間はかなり整った顔立ちだったのではないかと思われる片鱗が残っている。
まだ若い。
青年と言っていい年だ。
これが。
この男が、クルタ族を、クラピカの同胞を全滅させたのか。
何だか信じられなくて。
でも、頭の何処かで妙に納得している部分もあり。
それが、本当にこの男が蜘蛛の頭なのだという証拠のように思えた。
「…………?」
でも、何か。
何かが引っかかる。
オレはもう一度画像の中の男を見た。
幻影旅団とは、正体不明の犯罪者集団だったはずだ。
いくら頭が死んだからといって、こんなふうに死体を人目にさらすなど考えられない。
旅団の正確な人数は不明だったが、それでも10名以上はいたはずだ。
今、死体が見つかっているのは6体。
ということは、少なくとも生き残りが4名以上いるということだ。
なのに。
何故死体を隠さない。
片付けない。
死体を晒すと言うことは、恥をさらすことと同義ではないのか。
これではまるで。
そうだ。
これではまるで自分達の死を宣伝しているみたいじゃないか。
「……もしかして……こいつら」
だとしたら。
自分達は死んだと見せかけて、何かをしようとしている。
つまり、この死体は、偽物。
フェイクか。
その可能性は五分。いや、六割強といったところか。
であれば、あいつはそれに気付いているのだろうか。
「…………」
オレは無意識のうちに、通信用の携帯に手を伸ばしていた。
指が奴の連絡先のダイヤルを押しかける。
「いや……駄目だ」
いきなり電話などしても、奴は何も答えないだろう。
それどころが、迷惑そうな冷たい声で、それがどうした、とでも言うだろう。
このオレでも気付いたんだ。奴はきっと気付く。
いや、もしかしたら、奴が気付かなくても周りの誰か。
今頃は、誰かが奴に進言しているかも知れない。
「だったらオレが言う必要はないな」
そうだ。
それに、そのことを伝えてどうしようというのだ。
お前の復讐はまだ終わってないみたいだぞ。とでも言うのか。
言えるわけない。
何故なら、オレは。
出来ることなら、このまま奴の中で、蜘蛛の死を本当のことにして、終わらせてやりたい。
あれは、フェイクなんかじゃない。
お前の望みは果たされたんだ。って。そう言ってやりたいとさえ思ってる。
「……って、それこそ無理じゃねえか」
終わらない復讐。
追いつめられて。
自分の鎖でがんじがらめに縛られて。
あいつは今、何を思っているのだろうか。
「…………」
知りたくなった。
あいつが今、何を思っているのか。
どうしようもなく知りたくなった。
オレはもう一度携帯を取り上げ、今度は電話ではなくメール機能を立ち上げた。
これなら見てはくれるはずだ。
読んだとたん削除される可能性もあるが、それでも1度は目を通してくれるはずだ。
「…………」
そこでオレの指が止まった。
いざ、メールを打とうと思ったとたん、何を打てばいいか分からなくなったのだ。
元気か?
今、どうしてる?
ニュース見たぞ。
蜘蛛を殺ったのはお前か?
お前の復讐は終わったのか?始まったのか?
言葉だけは洪水のように溢れ出てくるのに、そのどれ一つとしてオレは奴に伝えられない。
言いたいことはそれじゃない。
言いたいことは。
オレが伝えたいことは。
まったく。
どうしたと言うんだ。
言いたいことはたくさんあるのに、何も言えないなんて。
これじゃまるで、初めてラブレターをだす青春小僧のようじゃないか。
バカバカしい。
オレは意を決して、ひとつの言葉をメールに打ち込み、そのまま送信ボタンを押した。
『生きてるか』
オレの言葉が奴に伝わりますように。
ピロピロリロ〜♪
オレがメールを送信してから、10分も経たないうちに携帯が着信メロディを奏でた。
まさか。
確かにある意味律儀な奴だったから、返信が来る可能性もあるとは思っていたが。
でも。
オレは恐る恐る受信ボックスを開いてみた。
新着メールが1通。
差出人はクラピカ。
「嘘だろ」
呟きながらメールを開くと、中に書かれてあった文字はひとこと。
『生きている』
「…………」
いや、まあ、その通りだろうけど。
”生きてるか”って聞いて、”生きてる”って答えるのは当然なんだろうけど。
それにしても。
「ったく、あの野郎。本当に相変わらずだ」
毒づいた時、やけにメールの表示画面の横のスクロールバーが短いのにオレは気付いた。
「おや?」
試しにスクロールバーを下げてみる。
見えてくるのは何も書かれていない真っ白な画面だけだ。
「あいつ、なんか妙な設定していじくったのか? 機械音痴だとは知らなかったが」
まあ、クルタ族の住む地域は、辺境と言えば辺境だったはずだから、奴が機械に疎くてもおかしくはないと思うが。
などと考えながら、それでもオレはなんとなく最後までスクロールバーを移動させてみることにした。
そして。
最後の最後。
最終行の所に、クラピカからのメッセージがあったのだ。
『有難う。師匠。』
「…………」
あの野郎。
下の下まで延々と続く真っ白な画面は、そのまま奴の迷う心そのもののようで。
本当に。
奴は、どれだけ迷ってこの最後の文を打ったのだろうか。
もしかしたら、さっきのオレのように、何を言えばいいのか迷いに迷って。
どうしようもなく迷って。
でも、何かを伝えたくて。
そして、ようやく浮かんだのが感謝の言葉。
気にかけてくれて有難う。
心配してくれて有難う。
私は大丈夫。
生きているから。
ちゃんと生きているから。
大地に足をつけて、生きているから。
だから、有難う。
有難う。師匠。
「……ったく……あのバカ弟子が」
じんわりとオレの口元に笑みが広がった。
思いだす金糸の姿。
無表情で、ぶっきらぼうで。
でも、ふとした仕草は少女のようで。
オレはまた、天使の笑顔が見たくなった。FIN.
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後記
お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
再アニメ化記念、というわけではないですが、突然思い立って、2時間ほどで書き上げてしまいました。
で、時期も時期なので、勢いに任せてUP。
って言うか、勢いだけでUP(笑)。
にしても、アニメはまだまだ先が長いはず。
師匠を出してる時点で、記念でも何でもないっていうのに。何やってんでしょう。
本当に、登場人物が師匠しかいないという、超異色話ですみません。
これだけ読んだ人は全然意味が分からないでしょう。
その場合は、「笑わない天使」を読んでみてください。ってここまできて宣伝でぃすか?自分。こんな奴ですが、クラピカへの想いは人一倍。
これからもどうか、クラピカの心の安らぎを師匠と一緒に祈ってください。2011.10.09 記