特別なひと
「……真田信次、一ノ瀬明。以上が新しく武藏FCへの所属となったメンバーだ。各自挨拶」
「宜しくお願いします!」
厳しい入団テストになんとか合格してオレ達が武藏FCに入ったのは、小学校5年生になったばかりの春だった。
オレ達はかなり緊張した顔で一列に並び、コーチの話を聞いていた。
隣に並んでいるのは、本間実。こいつは4年生の時、同じクラスになった奴で、お互いサッカーを好きなことから、すぐに意気投合し、来年になったら絶対武藏FCに入ろうと誓い合った相手だった。
無事2人とも合格できて、心底オレはほっとしていた。
そして、その隣にいるのは、真田信次。入団テストで一番足が速かった奴だ。クラスは違うので話したことはなかったが、背が高くて、とても目立つ奴だったってことは覚えている。
その隣は確か木戸とか言ったっけ。学校が違うのでよく知らないが、その向こうに並んでいる佐野と仲が良さそうなので、多分同じ学校出身だろう。
そんなことを考えながら、オレ、一ノ瀬明はぐるっと新しい武藏FCの仲間になったチームメイトの顔を見回していた。
これからこのメンバー達とオレはサッカーをすることになる。上手くいけば来年はこいつ等と一緒に全国大会を戦うことになるかもしれないのだ。
うまくコンビネーションが組めるだろうか。チームワークはどうだろう。
期待と不安がオレの心の中を行き来する。
隣の本間も同じ思いだったのか、コンッと肘でオレの脇腹を突きながら、小さな声で頑張ろうなと言った。
「ああ、頑張るさ」
同じように小さな声でオレがささやき返した時、一番背の高い真田がグランドの向こう側を指差して小さく声を上げた。
「誰か来る」
「……?」
見ると、オレ達と同い年くらいの少年が早足でこちらに近づいてくるのが見えた。
「何だ? 初日から遅刻か?」
ザワザワとみんなのささやき声が聞こえてくる。
少年はそれでも駆け足にはなろうとぜす、早足のまま真っ直ぐに監督のもとに近づいてきた。
「すいません。遅れてしまって」
深々と頭を下げた少年は、透き通るような高い声でそう謝った。
日に透けた栗色の髪。そんなに筋肉もついていなさそうなほっそりした手足。
サッカーをするより、少年合唱団にでも入った方がいいのではないだろうか。そんな印象を受ける少年だった。
「ああ、三杉君か。大丈夫だよ。今おおまかな説明をしていたところだ。君も列に並びなさい」
「はい」
監督は遅刻してきたその三杉という少年に注意も何も与えず、列に並べと指示をだした。
監督の指示に素直に頷いたその少年は、すぐオレ達に向き直って、足を止め、再度深々とお辞儀をした。
「三杉淳です。宜しくお願いします」
どうどいうこともないはずなのに、何故か胸がドキリと緊張した。
――――――「やっぱそうだ、あいつ」
練習後、水飲み場で顔を洗っていたオレの隣で突然本間が大声をあげた。
「間違いない。やっぱあいつ、あれだ」
「はぁ?」
頭から水を被っていた真田が蛇口を締めながら、素っ頓狂な声をあげ本間を振り返る。
「何があれだよ。誰のことだ?」
「誰も何も、あいつだよ。ほら、三杉淳」
「……!?」
ピクリとオレの頬が緊張するのがわかった。
「……三杉が、どうかしたのか?」
真田が怪訝そうに眉をひそめる。
「何もったいぶってんだよ、本間。三杉が何?」
「オレ、どっかで見たことあると思ってたんだよ。あいつ。あれだよ。ミスギコーポレーションとこの御曹司だ」
「ミスギコーポレーション!?」
オレ達は目を丸くしてお互い顔を見合わせた。
ミスギコーポレーション。それは小学生のオレ達でさえ知らない者はないというこの街一番の巨大企業の名前だった。
どんな企業なのか詳しくは知らないが、それでも街の中央に位置する大きなビルと、少し離れた高台にある洋館風の社長宅はこの街の名物と言って過言ではないだろう。
オレの学校にも、父親がミスギコーポレーションの社員であるという奴が大勢いるはずだった。
「何で、そんなとこの御曹司がサッカーなんかやってんだよ」
「知るかよ。お坊っちゃまの道楽じゃねえの?」
「ああ、だからだったんだ」
一際大きな声で、真田が吐き捨てるように言った。
「遅刻してこようが、練習さぼろうが、監督何も言わないもんな」
「お、おい、真田」
慌てて木戸がシーッと口に指を当てた。
「んなこと言って、睨まれたらやばいぞ」
「聞かれたってかまうもんか。事実じゃねえか。だいたいあいつ、5km走らなきゃならないランニングを2kmでリタイヤしたんだぜ。パス練だって途中で投げ出すし。監督も相手が金持ちだからって甘やかしすぎなんだよ。一ノ瀬だって迷惑被ったじゃねえか。パス練、ちょっとしか出来ないで」
「あ……まあ、そうなんだけど……」
木戸が気の毒そうにちらりとオレを見た。
確かに今日のパス練、オレは三杉と組まされたおかげで他の奴の半分の時間しか練習出来なかった。
三杉は一応謝ってきたけど、謝ったからと言って許されることじゃない。
でも。
「監督はどうかしてるよ。そんなにミスギコーポレーションが怖いのかねえ。オレ達だって、いい加減に練習する奴の相手なんかしてられないっていうのに……」
「真田……!」
本間がグイッと真田の腕を引っ張った。
「やばいよ。あれ……」
「……!?」
真田の顔が一瞬引きつった。
もしかして。
そう思って、オレは慌てて真田の視線の先を振り返る。すると、案の定、三杉本人が真っ青な顔をして、じっとオレ達を見つめていた。
「…………」
やばい。
単純にそう思った。
いつからあそこに居たんだろう。どこからオレ達の会話を聞いていたんだろう。
後悔してももう遅い。
三杉は真っ青な顔色のまま、くるりと踵を返した。
「ま……待てよ!」
とっさにオレは三杉を追いかけた。
何故なのか、理由なんてわからなかった。
「待てよ。黙って行くな!」
「…………」
三杉は無表情のまま振り返ってオレを見ると、ぽつりと言った。
「何?」
「……な…何じゃない。反論しないのか?」
「反論?」
意外そうに三杉は首をかしげた。
「どうして僕が反論するの?」
「ど……どうしてって……そんなの……」
オレは言葉に詰まって三杉を見つめ返した。
「君達が言ってることは間違いじゃないだろう。確かに僕はランニングを2kmでリタイヤした。パス練も他の人の半分の時間しかやってない。反論する余地はない」
「…………」
「君には迷惑をかけて悪かったと思っている。今度からパス練のような2人ひと組でやらなければならない練習からは僕をはずしてもらうよう、監督にかけあっておくよ」
「…………!?」
「じゃあ」
「お……おい!」
言うだけ言うと、三杉はさっさとその場を去ってしまった。
オレはもう追いかけることも出来ず、そのままその場に立ち尽くしていた。
なんだろう。胸の中がもやもやした。
あんな事を言わせる気で追いかけたんじゃないのに。
あんな顔をさせるために呼び止めたんじゃないのに。
あんな。
次の日から三杉は練習に顔をださなくなった。
――――――三杉が練習に来なくなって一週間が過ぎた。
みんな口にはださなかったが、なんだかとても気まずそうにお互いを見合っていた。
そして、あれだけ盛大に悪口を言っていた真田が、きっと一番三杉のことを気にしているのだろうということは容易に想像できた。
オレも、本間にパス練の相手をしてもらいながらも、まるで練習に身が入らなくって仕方なかった。
三杉が休んでいることと、オレ達全員がみな上の空で練習をしていることを監督が結びつけて考えるわけはなかったが、それでもオレ達の様子がおかしいことにだけは気付いたようで、その日、監督は早々に練習を切り上げてくれた。
「どうも最近みんなたるんでいるぞ。来週からはもっと厳しくやるからな」
練習後のミーティングできつく釘をさされ、オレ達は解散をした。
「…………」
気分が乗らない。
何故だろう。楽しくなかった。
あれ程憧れた武藏FCに入ったというのに、どうして、こんな事になってしまったんだろう。
オレは重い足取りで病院へと向かった。
今日は妹の明日香の薬を取りにいく日だったのだ。
通い慣れた病院の受付窓口で、いつものように薬を受け取ったオレは、そこで意外な人物に会った。
「……み…すぎ……?」
「……!?」
オレの姿に気付いた三杉は、ひどく慌てた様子で、そそくさと逃げるように病院から出ていった。
「ちょっと待てよ!」
オレは再び三杉を追いかける。
今度こそ。逃がしちゃいけない。
一週間前の二の舞はごめんだ。
オレはあっという間に三杉に追いつくと、ガシッとその細い腕を掴んだ。
「……!?」
掴んでみると改めて細い腕だと気付く。
本当に、よくこれでサッカーをしようなどと思ったものだ。
「待てよ。逃げるなんて卑怯だ」
「…………?」
「そうやっていつも何も言わないで黙っていなくなるなんて、卑怯だよ」
「……一ノ瀬?」
「なんで…練習に出てこないんだよ」
「…それは……」
言いながらうつむいた三杉の顔色がひどく悪いことに気付き、オレは思わず掴んでいた手を離した。
「もしかして体調悪いとか?」
「え?」
「風邪か何か? 顔色も悪いし……」
「あ……う…うん。そう。ちょっと風邪ひいちゃって」
「だから病院に来てたのか? そうなのか?」
「え……あ…そう……なんだ」
「…………」
何だか気が抜けたようにオレはその場に座り込んだ。
「い…一ノ瀬?」
三杉が驚いてしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。まったく……心配して損した」
「……心配?」
「オレ達があんなこと言ったから辞めちまったのかと思った」
「…………」
「もう、来ないのかと思った……」
言いながら、オレは何だか泣きそうになってた。
三杉はそんなオレの顔をしばらくじっと見つめていたが、やがて、そっとオレの手を掴み、言った。
「辞めないよ。僕は。サッカーが好きだから」
「…………」
「僕はずっと武藏FCに入りたかった。みんなと一緒にサッカーがしたかった。やっとその夢が叶ったんだから、そんな簡単に辞めたりしない。絶対。……明日から練習に参加するよ」
「……本当に?」
「本当に」
そう言って三杉はふわりと笑った。
オレはというと、きっとかなり間抜けな顔をして、三杉を見つめていたんだろう。
三杉はオレの顔を見て、ほんの少し可笑しそうに言った。
「にしても、君はもう僕とパス練したくないんじゃなかったの?」
「そ……そんなことあるわけないだろう!」
思わずオレは叫んでいた。
そうなのだ。
オレは、三杉とパス練をして、とても楽しかったのだ。
何故なら、あんなに気持ちよくパスが通ったのは初めてだったから。
オレが蹴ったボールを見事にトラップして、オレが欲しいと思った場所に寸分の狂いもなく返してくる。
時間的には短かったが、それでも得たものは今までで一番大きかった。
「あんた、めちゃくちゃ上手いんだもん。嫌なわけない。あんなふうに練習できるなら、時間が短くても構わないってマジ思ったんだから、オレは……」
「そう……」
やけに嬉しそうに三杉は笑った。
「じゃあ、明日、また僕と組んでくれるのかな?」
「……もちろん!」
オレが思いっきり頷くと、三杉は更に嬉しそうに笑った。
そんな三杉の笑顔を見ていると、オレまで嬉しくなって仕方なかった。
きっと明日、三杉が練習に顔をだしたら、真田や本間、他の連中も同じように嬉しく思うだろう。
オレは間違いなくそう確信した。FIN.
![]()
後記
お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
88888HITリクエスト。今回のお題は、「出会った頃の武藏FC」でした。
今でこそ、とても固いチームワークが売り物の彼等ですが、出逢った当初はこんな感じだったんじゃないかなあ、と思います。三杉さんに対しても、最初から慕いまくっていたわけじゃなく、少しばかり反感を持ってたりして。
それがいつの間にか逆転してたりとか。ほら、好きと嫌いは同義語とか言いますし(笑)。
反感を持つってことはそれだけ気になるっていうことだと思います。
そして、相手が三杉さんなら、それは充分好意へと逆転しておかしくない感情になるだろうし。
何たって今、親衛隊のようにそばにいるのって、一番悪口言ってた真田君だし♪(←個人的想像)
まあ、いつものように一ノ瀬君中心の話となりましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?愛嘉さん。
今回は、三杉さんに対して敬語を使わないという、ちょっと新鮮な一ノ瀬君をお贈りいたしました。
今後とも宜しくお願いします。2004.02.7 記