タリオの地![]()
久しぶりに訪れたその場所は、相変わらずの灼熱地獄だった。
聖闘士の聖衣を得、この地を離れた時にはまだ少しは残っていた緑はもう完全に見えなくなっており、そこここに見えるのは、何処までも続く砂漠と岩肌の露出した荒れ地。
瞬は予想していた景色とはいえ、やはり落胆を隠すことが出来ず、小さくため息をついた。
「……おまえ、瞬か?」
背中越しに遠慮がちな声がかけられ、瞬はゆっくりと振り返る。
「スピカ。久しぶり」
微かに微笑みかけると、スピカは罰が悪そうに視線を避け、こつんと足下の石を蹴飛ばした。
「どうしたんだよ、こんな所に来て」
「うん。ちょっとね……」
曖昧な笑みを見せ、瞬はぐるりと辺りを見回した。
「スピカ。レダは何処?」
「……レダ?」
瞬の目的が意外だったのか、スピカは少し驚いたように瞬きをした。
「あ、あいつならこの間ふらっとどっかに行っちまって、それ以来、此処には戻って来てないぞ」
「ふらっと? 何処へ行くとか言ってた?」
「いいや。でも島の中からは出てないと思うぜ。何? レダに用があって戻って来たのか? こんな所に」
こんな所。
アンドロメダ島。
6年もの間、修行をしてきた島。
楽しい思い出より、辛い思い出の方が多いこの島を、やはりそれでも懐かしいと思ってしまうのは何故だろう。
くすりと微笑み、瞬はスピカに背を向けた。
「おい、瞬! 何処へ行くんだ」
「レダの所だよ」
「レダの所って……お前、あいつの居場所知ってるのか?」
「うん」
きっと彼はあそこにいる。
瞬は驚くほどの確信を持って、砂漠の方向へ目を向けた。
「じゃあね。スピカ」
呆然としているスピカを置いて、瞬は迷うことなく目的の場所へと足を進めた。
――――――砂漠の中なのに、そこだけ空気が調節されたようなひんやりとした風が吹く。
以前、瞬がこの洞窟に来たのは、アンドロメダの聖衣を手に入れた前日の夜のことだった。
あの時話した言葉のひとつひとつを、瞬は今でも鮮明に思い出せる。
「……レダ……」
レダももしかしたらそうなのかも知れないと思い、瞬は懐かしいその背中にそっと声をかけた。
「……瞬……?」
レダが振り向く。
「やっぱり……此処だったんだね。レダ」
「…………」
笑いかけようとした瞬の表情が一瞬強ばった。
振り向いたレダの左目に大きく残った傷跡が目に飛び込んで来たからだ。
「レダ……その傷……もしかして」
「…………」
十二宮へ向かう瞬を止めようとやってきたレダとスピカ。2人の制止を振り切る為に戦った瞬は、その時、レダの左目を傷つけた。
とっさの事で、あの時は力を制御出来なかった。後ろも見ずに駆け去った為、どの程度の傷なのか確認もしなかった。
「レダ……」
「お前の所為じゃねえよ。オレが弱かっただけだ」
裂けて引きつれた肌。ちょうど眼球の真上に傷が走っているということは、もうレダの左目は役に立たなくなっているということなのだろう。
瞬は力が抜けたように、ペタンと地面に座り込んだ。
「で、何しに来たんだよ。こんな所に」
皮肉な口調でそう言ったレダは、片目ではあるが、昔と変わらない表情で瞬を見つめた。
「……何って……君に逢いに」
「……え?」
「君に逢いたくて……戻って来たんだ」
大きな瞬の目が少し潤んで見えた。レダは口の端に笑みを浮かべ、身体ごと瞬に向き直る。
「……終わったのか?」
ポツリとそれだけ聞くと、瞬はコクリと頷いた。
「長い、長い闘いだったよ……でも終わった。もう……全部終わったんだ……」
「……そうか……」
「そう……終わったんだ……だから……」
「……だから?」
「終わらせても……いいかな?」
ほんの僅か、首をかしげて瞬は伺うようにレダを見上げた。悲惨な闘いを通過してきた者だとは信じられないような、不思議とあどけない瞬のその表情に、レダの心がザワリと揺れる。
「レダ。お願いがあるんだけど。聞いてくれるかな?」
「…………」
レダの答えを待たずに瞬はそのまま言葉を続けた。
「僕を殺してくれない?」
「…………」
やはりレダは何も答えなかった。
瞬はレダの反応を予想していたかのように、ふっと曖昧な微笑を浮かべる。
相変わらず、天使のような顔だった。
「お前、兄貴に会ったんだろう。だったらオレが手を下さなくても、本来の相手に頼めばいいじゃねえか」
ふてくされたような態度でそう言って、レダは瞬を睨み付けた。
「駄目だよ。あの人は僕を殺せない。会ってみてそれがよく解った」
「殺せない……?」
噂で聞いた瞬の兄、フェニックスの一輝は青銅聖闘士の中でダントツの力を持った奴だったはずだ。それが何故こんな細身の小さな少年一人殺せないというのだろう。
レダの疑問を感じたのか、瞬は再び静かに笑った。
「あの人はね、僕を殺せない。兄さんは、僕が思っていたよりずっと脆い人だったんだよ」
「……だからって、オレだったら出来るとでも言いたいのか? お前は」
「違う?」
「…………」
「僕、案外人を見る目はあると思ってるんだけどな」
自分を殺して欲しいなどと、とんでもないことを言いながら、瞬はそれがまるで何でもないことのように笑う。
昔と同じ、天使のような顔をして。
楽しいことも哀しいことも、苦しいことも可笑しいことも、何もないような顔をして笑う。
天使の顔で。
レダはそんな瞬の顔を睨み付け、突然手を伸ばすと瞬の肩を掴み、そのまま地面に引きずり倒した。
「…………!?」
ゴツンと岩肌に直接背中を打ち付けた痛みに瞬の表情が歪む。
レダはそのまま瞬の肩を押さえつけ、上から覆い被さるようにして瞬の首を締め付けた。
「うっ……!」
瞬の表情が苦痛に歪む。レダは更に指に力を込めた。
「……レ……ダ……」
声と一緒にヒューヒューと掠れた息が瞬の唇からはき出されてくる。余程苦しいのか、瞬の頬が僅かに紅潮しだした。レダはそんな瞬を見下ろし、くしゃりと表情を歪ませると、そのまますっと瞬の唇に顔を寄せた。
「んっ……」
重なった唇から、瞬の吐息が洩れる。
そっと唇を離すと、真っ直ぐに瞬と目があった。
「言ってるだろう。オレはお前が大嫌いなんだよ」
「…………」
瞬の目がゆっくりと瞬きを繰り返す。
「何でオレがお前の言うことなんか聞いてやらなきゃいけないんだよ。オレはお前の望むとおりの事なんかしてやる義理はない」
「……レダ……」
「だから……」
「……だから……?」
肩を掴むレダの手に力がこもった。
「……だから」
だから、死ぬな。
そんなレダの声が瞬の耳に聞こえたような気がした。
「…………」
死ぬなよ。
瞬は仰向けの体制のまま、ゆっくりと手を伸ばし、レダの左目にそっと触れた。
瞬が傷つけた左目。もう二度と開かないその目の傷跡に触れ、瞬は泣きそうな目で笑った。
「ごめんね……レダ」
「…………」
「ごめんね」
何も答えず、レダは傷跡に触れた瞬の腕を捉え、その細い指にそっと唇を寄せた。FIN.
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後記
お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
今回のキリ番のお題は「ハーデス戦後のレダと瞬で、アニメで傷つけられたレダの目について触れる描写有り」でございました。
なんというか、こんなうちのサイトだけでしかお目にかかれないマイナーカップリング(←おい)で、再びリクエストをいただけるなんて自分でもビックリでございます。
ということで、またもや、もう描かないと思っていたレダの登場です。
こうやって縁が続いていくのは、個人的には嬉しいものですね♪
そして、タイトルの「タリオ」とは例の「目には目を」の元となった法のことでございます。
別に宗教系に走るつもりは毛頭ないのですが、なんか瞬ってこういった言葉やものが似合う気がします。
勝手な偏見ですが(笑)。
さてさて、大変長らくお待たせしてしまいましたが、こんな感じでよろしいでしょうか。
2人の関係はこれ以上にもこれ以下にもなりませんが、ずーっとこんな感じで続いていってくれればなあ……と。
って、うちの瞬って結構気が多いっつーか、来るもの拒まずっつーか、何でもありっつーか。(←おい)
すいません。こんな子で。
これからも宜しくお願いします。2007.09.30 記