眠りの森 [後日談]

 

■後日談その1(翌朝、学校)■

 

「…………伊達?」
「ご心配をおかけして本当にすみませんでした」
そう言って、伊達は俺の目の前で深々と頭を下げた。
相変わらず律儀な奴だと思い、同時にホッと安心する。
秀麗黄にはああ言ったものの、もし伊達が目覚めて何かが違っていたらどうしようかと、自分はほんの少し脅えていたのかも知れない。
こいつの過去を知ったからと言って、自分のこいつを見る目に変化があるとは思ってなかったが、それでも、知らなかった以前には戻れない。
確かにもう、戻れはしないのだと、それだけは俺の中で事実として残っていたのだ。
「もうすっかりいいのか?」
「あ、はい。ずっと眠っていたので、少々感覚が鈍っていますが、問題ありません。今朝も来る前に素振りはしてきました」
「あまり無茶するなよ、病み上がり」
そう言って俺は一歩伊達に近づいた。
手を伸ばせば届く距離。
すぐ近くにある紫水晶の瞳。
ほんの少し、伊達が小首を傾げて俺を見あげた。
俺はもう一歩近づいてみる。もちろん伊達は逃げたりしない。
俺が距離を縮めた分だけ、伊達の瞳が俺に近づいた。
変わらない瞳。
「…………」
ゆっくりと手を伸ばす。指先が伊達の頬に触れた。
伊達はほんの僅かだけピクリと反応したが、やっぱり俺から逃げたりはしなかった。
ほんの少しだけ自惚れてもいいだろうか。
今だけは、俺もほんの少し自惚れてもいいだろうか。
俺はお前に触れてもいい位置に立ってはいるのだと。
「先…輩……?」
伊達の言葉を遮るように、俺はそっと伊達の身体を抱きしめて、耳元にささやいた。
「おかえり」
大丈夫。
伊達は俺の腕に身体を預けてくれている。
だから大丈夫。
「よく無事に戻ってきたな」
「……はい」
伊達は俺の肩に額を押しつけるようにして小さく頷いた。
鼻先をかすめるように黄金色の髪が風に揺れる。
俺は、もう一度だけきつく伊達を抱きしめてから、そっと身体を離した。
ふと、残り香が薫る。
少しだけ名残惜しい気がした。

FIN.     

 

■後日談その2(翌日、正人の出発)■

 

「もう出る時間なのか?」
スポーツバッグを肩に担いで階段を降りていた正人の背中へ遼の声がかかった。
「ああ、もうそろそろ……な」
立ち止まって振り返ると正人はニッと笑った。
「色々ありがとな。世話んなった」
「それはこっちの台詞だ。戻ってきてくれてありがとな」
「おうっ」
「伸は?」
「今はキッチンじゃねえか?」
「ふうん……」
正人と同じ段まで降りてきて、遼がやけに探るような視線を向けてきた。
「なあ、ちゃんと……言ったのか?」
「言ったって? 伸にはこれから挨拶しに行くけど……なんで?」
「挨拶じゃなくて、ちゃんと言ったのか?」
「……何を?」
正人が首を傾げると、遼はこれ見よがしなほど大きくため息をついた。
「やっぱ言ってないんだろ」
「……って、だから何を?」
「来年、こっちに戻ってくるってこと」
「…………!」
ギクリと正人の表情が強ばった。
「すぐに言えって言ったのに、なんで何も言わないんだよ」
「いや……それは……まだ本決まりじゃなかったし……」
「本決まりも何も、お前が帰ってくるって決めたのは事実だろ。それを言えって」
「…………」
正人が反論しないのを了解と受け止めたのか、遼はいきなりガシッと正人の腕を掴むと、そのまま引きずるようにキッチンの前まで連れて来て、中にいる伸に声をかけた。
「伸! 正人がそろそろ出るって。それから大事な話があるって言ってるから聞いてやってくれ」
「お、おいっ、遼」
「じゃあ、ちゃんと言えよ」
正人を無理矢理キッチンの中へ押し入れ、遼はにっこりと笑うと、正人からスポーツバッグを取り上げた。
「これはオレが運んどくから、話終わったら来いよ。バス停で待ってる」
「…………」
タタッと廊下を駆け去っていく遼の足音を背中に聞きながら、正人は伸に向かって苦笑いをした。
「何? 話って」
伸はきょとんとした顔をして正人を見ている。
「あ、いや、もう出るって挨拶を……」
「うん。挨拶と?」
「…………」
「それから?」
「…………」
「挨拶が大事な話じゃないだろ? 何?」
真っ直ぐに自分を見る伸の視線に、思わず正人は目を逸らせてしまった。
やはり、自分は怖がっているのだろうか。
離れようと、離れなくてはいけないと、ずっと自分に言い聞かせてきたその名残が、まだ自分の中で燻っているのだろうか。
「正人?」
正人の態度の変化に伸の表情が僅かに曇った。
「何か悪い話なの?」
全然話し出そうとしない正人に、さすがの伸も眉間に皺を寄せている。
「何?」
「あ、いや、オレ……じゃなく、お前さ」
「うん」
「進路とか決めた?」
「……え?」
意外な正人の切り返しに伸がきょとんとした顔をした。
「進路? 何、いきなり」
「い……いや、進学すんのかなぁと思って」
「あ……ああ、それは……っていうか、それが大事な話じゃないだろ。何? 君の話は僕の進路と関係あるの?」
「あるっちゃあある……かな」
「…………?」
ますます伸の眉間に皺が寄った。
「正人?」
「いや……オレ……さ」
「うん」
「来年」
「……来年?」
「こっちへ……戻って来ようかなって思ってて」
伸の目が大きく見開かれた。
「進学するなら、やっぱ大学は日本の方がいいかなって……」
「…………」
「だから、お前とも相談しようか……な、とか」
「戻って……来る? こっちに?」
「あ、ああ」
「ホントに? ホントにホント?」
「ああ、だから……」
正人の次の言葉を待たず、伸は突然正人に飛びついた。
慌てて伸の身体を抱き返し、正人は戸惑った声をあげる。
「……伸?」
「本当に戻ってくる? もう何処へも行かない?」
「…………」
「また、前みたいに一緒にいられるんだよね?」
「…………」
「……よかった……」
絡めていた腕を離し、伸が床に座り込んだ。
「お、おい、伸」
「ごめん。なんか嬉しくてホッとしたら、力抜けちゃった」
座り込んだ姿勢のまま、伸が正人を見あげた。
首を反らせて真っ直ぐに自分を見つめる伸の瞳は、懐かしい水凪と同じ瞳に見えた。
ああ、そういえば水凪は、こんなふうに下から真っ直ぐに自分を見あげていたのだ。いつもいつも。
正人は片膝を立てて、座っている伸に視線を合わせた。
「そうだ、正人。覚えてる?」
「……何を?」
「昔ね、烈火が僕に言ったことがあるんだ」
「……烈火が……?」
正人の表情が引き締まる。
「烈火が……何?」
「夢を見たって」
「……?」
「いつか……争いのない平和な地でお前と2人、暮らす夢……」
「…………」
「そんな夢を見たって」
夢を見た。
いつか、争いのない平和な地でお前と2人、暮らす夢。
倖せな、倖せな笑顔のお前をずっと見ていられる。そんな夢。この上もなく穏やかな、優しい夢。
いつまでも、ずっとずっと、永遠に見続けていたい。
遙かな想い。遠い夢。
そういえば、そんなことを言った。
いつだったか、遥か、遥か昔に。
「その時、約束したんだ。いつかその夢を本当にしようって」
「いつか……?」
「そう……いつか」
いつか。
何年。何十年。何百年先になるか分からないけど。いつか。
いつか、その夢が夢でなくなるように。
「……オレ達が、その烈火の夢を受け継ぐ……のか?」
「……そうだよ。他に誰がいるの。僕等が烈火の夢を叶えるんだ…」
いつか。
争いのない平和な地で。
お前と2人。
烈火の夢。遠い遠い、遥かな願い。
「ああ、そうだな。オレ達で叶えよう」
小さく呟き、正人は今度は自分から伸の身体を抱きしめた。
温かい海の香りがした。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
いきなり思い立ってこんなものを書いてしまいました。
失恋組(とは絶対に言いたくありませんがっっ!!!)の2人サイドの話です。
なので、とりあえず皆様、秀及び当麻の存在は忘れてください(笑)。この話の中でだけは。

っていうか、今後もこの2人をよろしくお願いします。
そしてあわよくば大逆転ホームランをかっ飛ばせるよう祈っててください。(←お前は誰の味方だ?)

目次へ

 

是非是非アンケートにお答え下さいませませ(*^_^*)
タイトル
今回の内容は? 
今回の印象は?
(複数選択可)
感動した 切なくなった 面白かった 哀しかった
期待通りだった 予想と違った 納得いかなかった
次回作が気になった 幻滅した 心に響いた
何かひとこと♪
お名前 ※もちろん無記名でもOK