式の前

「ドレッシング類は手前の方から使うこと。煮物が入ってるお鍋はちゃんと食べる前に火にかけること。それから牛乳の賞味期限が近いから明日中には飲んじゃってね。あと……」
「もうわかったからいいよ。ってか、そろそろ時間じゃねえのか?」
止めても止めても延々話し続ける伸に、とうとう当麻が音をあげた。伸はちらりと壁の時計に目をやり、再び当麻へと視線を向ける。
「大丈夫。まだあと一時間くらいはあるよ」
「なに言ってんだ。あと一時間しかない貴重な時間を、お前はお小言だけで終わらせる気か? ただでさえこれから約三日、お前の顔見られないのに」
「それこそたった三日だろう。それよりその三日でこの家の食糧事情がどうなるかのほうが僕は心配だね」
ああ言えばこう言う、とばかりに反論してくる伸と、それに対して何も言えずお手上げ状態の当麻の様子を見て、とうとう遼が笑い声をあげた。
「なんか夫婦漫才見てるみたいだ」
「遼!」
おもわず二人そろって声をあげ、同時にテーブルに肘をついてにっこりと笑みを浮かべている遼を振り返った。そしてまた同時にそろって口を開く。ある意味、息ぴったりだ。
「遼もなんとか言ってよ」
「いい加減にしろって」
「……あれ?」
異口同音かと思ったら、まったく正反対のことを言いだす二人に、再び遼が笑い声をあげる。
「息ぴったりかと思ったら、全然内容違うし。同時にバラバラのこと言うなよ」
「そう言われても……」
「ま、そうは言っても、今回に関しては、オレも当麻のほうに加勢するぞ。やっぱ伸がいないのって寂しいから、あと一時間はお小言以外の話がしたい」
「別にお小言のつもりじゃないんだけどな……」
伸が困ったように眉を寄せた。そんな伸に対し、遼はにっこりと笑いかける。
「心配してくれてるのはわかるけど、オレ達は大丈夫だから、あんまり気にしなくていいよ。そんなことより、お前はもっといい顔して帰らなきゃダメだろ。なんたってめでたい用事なんだし」
「まあ、それはそうだけど」
遼の言葉にようやく伸は諦めたように口を閉じ、開いていた冷蔵庫をパタンと閉じた。そしてそのまま遼に促されてキッチンの椅子に腰をおろす。
「で、今から帰ってあっちに着くのは夕方?」
「そうだよ」
「指定席取ったんだっけ?」
「ううん。お盆や正月ならともかく今の時期なら自由席で充分座れるし」
「そうだったな」
「新幹線の中で読む本、貸してやろうか?」
遼と伸の会話に割り込むように当麻も口を開く。
「大丈夫。この間図書室で借りた本持ってくから」
伸はそれを軽くいなしながら、再び立ち上がると棚から珈琲豆を取りだし、三人分の珈琲を入れ始めた。
「珈琲一杯飲む時間くらいはまだあるよね」
「あるある」
「サンキュー」
二人の返事を待たず、コーヒーメーカーにはすでに三人分の豆が放り込まれている。伸はシンクに腰を掛けた体勢で、珈琲が出来上がるのを待った。
この珈琲を飲み終わったら、伸は実家のある山口へ帰省するのだ。三日間の連休をまるまる使っての里帰り。
理由は伸の姉である小夜子の結婚式のためだった。
「お式って、明日何時からだっけ?」
並々と珈琲を入れたマグカップを受け取りながら、遼が興味津々といったふうに伸の顔を見上げた。
「花嫁の式場入りは8時だけど、式の開始は11時だったはず」
もう一つのカップを当麻に手渡し、自分の分もテーブルに置きながら、伸も再び椅子に腰を下ろす。
「身支度に3時間もかかるのか。すげえな」
伸の答えに遼と当麻が同時に感心したように声をあげる。二人の態度に苦笑しながら、伸も自分の分の珈琲に口をつけた。
「着付けには時間がかかるんだよ。それに挨拶とか諸々、ほかにもすることあるし。なんたって一生に一度の晴れ舞台だからね」
「白無垢? ドレス?」
「式は白無垢。披露宴はドレス。定番だね」
「白無垢かあ、似合いそう。伸のお姉さん美人だもんな」
「だな」
ふたりが顔を合わせてにこりと笑い合った。その様子に伸がポンッと手を打つ。
「そっか、二人とも会ったことあったんだ。うちの姉貴に」
時期は違えど、二人ともそれぞれ一度、伸の実家に行ったことがある。しかも遼に至っては手料理もごちそうになっていたはずだ。
「よく似た姉弟だったよな」
伸の姉小夜子は、世話好きの伸によく似た笑顔の明るい美人だった。
でも伸としては、その評価には思うところがあるみたいで、少々納得いかないといったふうに小首をかしげている。
「そうかなあ。あんまり自分ではよくわかんないんだよね。年も離れてるし、同じ男ならともかく、男女の姉弟で似てるって言われても……」
「いや似てるだろ。っつーかそっくり」
「だから、男女でそっくりって言われても素直に喜べないって」
「じゃあ、顔じゃなく性格がってのでは?」
「同じ、というか更に悪いよ」
「でも、料理上手ってとこは似てるじゃないか」
畳み掛けるように次々と出てくる二人の言葉に、若干引き気味に伸は苦笑を浮かべた。
「そうでもないよ。最近はともかく子供の頃は酷かったから。うちの姉の料理」
「え? そうなのか?」
伸と一緒に萩に行った時ごちそうになった小夜子の作った料理はどれも美味しかったはず、と遼が不思議そうな顔で頬杖をついた。
「僕が風邪ひいて寝込んた時、姉さんがめずらしくお粥を作ってくれたんだけど、それが激マズだった」
言いながらその時のことを思い出したのか、伸はくすくすと笑いだした。
「風邪の時って、ただでさえ鼻も利かないから、味もよくわからないじゃない。それなのにとてつもなく不味いってことだけはわかって」
「へえ……」
「どんな出来だったんだ?」
「定番といえば定番だけど、どうも塩と砂糖を間違えたらしくって、すっごく甘かったんだよ。しかもほとんど粒が形として残ってないくらいに炊いちゃってて、なんだか糊みたいだったし。それなのに周りだけ焦げてるんだ。しかも中に入ってた大根の葉っぱもあく抜きとかしてなくて……」
「…………」
前半はともかく後半部分は、間違いなく自分達もやらかすだろう失敗談に遼と当麻は顔を見合わせて同時に苦笑してしまった。
料理も上手く、舌も肥えている相手に何か作ってあげるというのは、かなり難しいことなのだ。
「でも、そんだけ覚えてるってことは、不味くてもちゃんと完食したんだよな」
「……え?」
「……だろ?」
にこりと笑みを浮かべて当麻が伸の顔を覗き込んだ。伸は少し戸惑いながらもちいさくうなづく。
「うん」
「やっぱり」
「あの頃、姉とはとくに仲が良かったわけでも悪かったわけでもなかったから、それまでは別にお互い風邪ひいたからって何かするってことはなかったんだけどね」
「じゃあ、なんでその時に限って?」
「それは……」
遼のほうへ顔を向け、伸は少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「……父さんが亡くなった直後だったから」
「…………!」
話を聞いている二人の表情が同時に強張った。
「父さんがいた頃、僕たちの世界は父さんを中心に回ってた。楽しい時もつらい時も父さんがいつも僕たち家族の真ん中にいたんだ。それがなくなって、中心にぽっかり穴が開いて、僕達はもう限界だった。結局、一番幼くて体力のなかった僕が最初に倒れたんだけどね……」
そういうことだったのか。
自分も大変なのに、体調を崩してしまった幼い弟の為に必死になって慣れない料理をしたという姉。
とても食べられたものじゃなかった出来のお粥を、それでも我慢して全部たいらげた弟。
それは、お互いがお互いを想っていればこその行為だったのだろう。
「やっぱ似てるよ。伸とお姉さん」
「そうだな。オレもそう思う」
遼のつぶやきに当麻も同意を示す。
今度は伸も反論はせず、そのまま小さくうなづいた。
「寂しいか?」
遼がささやくように聞いた。
「お姉さんが、お嫁にいっちまうの」
「そう…だね」
実際、嫁に行くと言っても伸の家の場合は、婿養子を取る形になるので、小夜子は家を出るわけではない。
でも。
それでも、やはりどこか寂しいと思う気持ちはあるのだろう。
「小さいころは喧嘩もしたし、中学までは背丈も追い越せなくて、ちびちびって馬鹿にされたし、料理不味いって言ったら、すぐ拗ねるし。でも」
「…………」
「それでも、ずっとそばにいた大切な家族だからね。ほかの誰かに取られるのは、良い気分じゃない」
つぶやくように伸がそう言った時、キッチンのドアが開いて、征士が顔を覗かせた。
「伸、そろそろ出ないと、時間だぞ」
「わかった。今行く」
飲み終わった珈琲のマグカップをシンクに置き、伸は改めて当麻と遼を振り返った。
「じゃ、行ってくるね。あとのことはよろしく」
「OK。気を付けて行って来い」
「お姉さんによろしくな」
皆に見送られ、伸は姉の待つ実家へと向かうため、柳生邸をあとにした。
明後日、戻ってくるときには、結婚式で撮った写真をお土産に持ってくることを約束して。
よく晴れた、結婚式にはもってこいの暖かい日だった。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
334000HITキリ番リクエスト。今回のお題は「毛利姉弟の思い出話」。
最初は別のお題だったのですが、物理的に想像の域を超えた(笑)ものだったこともあって、こちらに落ち着きました。
今までもちょこちょこ登場していた小夜子姉さんですが、ガッツリ性格とか、思い出とか考えたのははじめてだったので、なんだかとても楽しかったです。
ってかいつもみんなのお兄さんの伸だけど、弟なんですよね。
そう考えたら、もうちょっと弟っぽいところも描いてみて良かったのかなーって今更思ってみたりして。

今回はこちらも色々わがまま言ってしまいましたが、ご満足頂けましたでしょうか。みかさん。
楽しんでいただけると幸いなのですが。リクエスト有り難うございました。
これからも宜しくお願いします。

2017.02.11 記   

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