ライバル

「あ、正人ちょうどよかった。今、暇?」
キッチンから届いた伸の声に釣られるように正人が顔を出すと、伸が大鍋で何やら煮物をぐつぐつと煮込んでいる姿が目に入った。
「何作ってんだ? 夕食?」
「そう。今日は征士の好物中心なんだ」
見てみると、大鍋にはカボチャの煮付けがほくほくと湯気を立てていた。
鮮やかに色づいたカボチャの周りに散らばる鰹節が湯気と一緒にダンスを躍っているようにゆらゆらと揺れている。
ほんのりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「そっか。カボチャ好っきーなんだ。征は」
「そうだね。好き嫌いは特にないけど、どちらかと言うと、まあ和食主義だし、カボチャは好んで食べてるね」
「ふーん」
頷きながら鍋を覗き込む正人の表情が思いの外冴えないのに気付き、伸が小首を傾げた。
「あれ? 正人ってカボチャ嫌いだったっけ?」
基本好き嫌いはなかったはずだが、そう言えば子供の頃、正人がカボチャを食べている場面はあまり見た覚えがない気がする。
伸の問いかけに慌てて首を振りながら、正人はポリポリと頭を掻いた。
「いや、別に嫌いってわけじゃねえけど、あれって皮堅いじゃねえか。それだけがちょっと苦手なんだ。味は好きなんだけど」
正人の台詞を聞き、伸はチッチッチと軽く指を揺らした。
「わかってないなあ、正人」
「え?」
「カボチャは皮に栄養があるんだよ。もったいない。それに皮だってそんなに堅くないよ」
「いや堅いだろ」
「じゃあ、ちょっと食べてみる?」
そう言って伸は煮込み途中のカボチャを一切れつまみ上げると小皿へと移して正人の方へ差しだした。
「本当はもう少し煮込んだほうが味が染みていいんだけど、柔らかさだけならこの段階でも充分だから」
そう言われて正人は恐る恐るカボチャを口に放り込んだ。
「…………あれ?」
「ね?」
にっこりと笑って伸が窺うように小首を傾げた。
「……なんで?」
「何が?」
「全然堅くない。しかも美味い」
「だろう?」
「いつも食べるやつはもっと堅いし実だってパサパサしてるのに。どう煮込んだらこんなに柔らかくってしかも煮くずれもしないんだ?」
「コツがあるんだよ。っていうか、この間テレビでカボチャの皮を柔らかくする方法っていうの紹介してて、ちょっと試してみたんだ」
「どうやるんだ?」
「ラップにくるんでレンジで一回温めるんだって」
「それだけ?」
「そう。僕も半信半疑だったんだけど本当に柔らかくなったし、しかも糖度も上がって美味しいんだ」
「…………やっぱお前ってすげえ。いい嫁さんになりそう」
「……おい」
当たり前のように言う正人の言葉に伸が突っ込みを入れる。
「嫁ってなんだ。嫁って」
「いいじゃん、別に」
「よくない」
「だってさ。こんな料理上手な旦那なんて世の中の女子をバカにしてるだろ。それだけでお前は旦那じゃなく嫁候補」
「正人っ!」
「可愛くて料理の上手い嫁さん。理想的だねぇ。ちょっと意地っ張りなのが玉に瑕だけど」
「いい加減にしろ。嫁って、誰がもらってくれるんだよ」
「んなのオレがもらってやるよ」
「…………!?」
「……あ」
思わず口をついて出た正人の言葉に、一瞬伸が戸惑ったように目を見開いた。
正人も慌てて口を閉じ、そのまま両手で唇の前に×印を作る。
「今のなし。冗談。忘れて。消去消去」
「…………」
「……なっ?」
誤魔化すようにテーブルを見回し、正人は手近にあったヘラとボールを取りあげた。
「と、ところでオレは何をすればいいのかな?」
「あ……カボチャの裏ごしお願いしようか……と」
煮込みカボチャの隣にあったもう一つの鍋を持ち上げ、伸はドンッとテーブルの中央に置いた。
「煮付けだけじゃ余っちゃうんで、パンプキンパイも作っちゃおうかと思ってさ」
「なるほど。カボチャづくしってわけだ」
「まあね。正人、裏ごし得意だろ?」
「そりゃ裏ごしは力さえあれば誰でも出来るからなあ……ってかお前いっつもオレに頼むのな。こういう仕事」
「いいだろ、別に。昔から君は裏ごし要員なんだから」
「ひでぇ役職だ。それ」
「役職ってなんだよ、それ」
目を合わせて笑いあう。
「仕方ないなあ。じゃあ……オレの華麗な裏ごし捌き、とくとご覧あれ」
「腕、鈍ってない?」
「ないない。大丈夫……」
そう言って裏ごし器に手を伸ばしかけたところで正人の動きがふと止まった。
「……正人?」
そしてそのまま視線がキッチンの入り口へと移動する。
つられて一緒に目を向けた伸が驚いたように目を見開いた。
「あれ? 当麻? いつから……」
「…………」
見ると当麻が所在なげな表情で足を止めてキッチンを覗いていた。
「……当麻?」
「あ……えと……なんか手伝うことないかと思って顔出しただけだから。間に合ってるようなら……」
苦笑いをして去ろうとする当麻に伸が声をかける。
「じゃあ、洗濯物取り込むの頼んでいい?」
「へ?」
「洗濯物。そろそろいい時間だろ」
「お、おう、分かった」
小さく頷き、当麻は急ぐようにキッチンに背を向けた。
「ちょっと待て、オレも行く」
すると、持っていたボールをテーブルに置き、正人が当麻の背中に声を掛けた。
当麻が驚いて振り返る。
「正人?」
「ごめん、伸、こいつと一緒に洗濯物取り込んでくるよ。んで、その後ふたりで手伝うから、ちょっと待っててくれ。いいだろ?」
「別に……いいけど」
「おし。じゃ行くぞ。くそガキ」
「だ……誰がくそガキだ!」
横をすり抜け、先に立って歩きだす正人を追う形で当麻も慌てて二階へと駆け上がる。
2人の足音を聞きながら、伸が小さく肩をすくめた。

 

――――――「……なんでついてきたんだよ」
「お前こそ、なんで声かけてこなかったんだよ」
「いいじゃんか。別に」
「よくないだろ。ガキ」
二階のベランダで洗濯物を取り込みながら、正人は大きくため息をついた。
「ほんっと、ガキだよな。お前」
「うっさい。お前に言われたかねえよ。お前だって……」
「……オレだって? 何?」
「…………」
正人の追求に当麻は小さく舌打ちをした。
「おい、当麻。オレだって何なんだよ」
「……お前がオレの立場だったら、絶対」
「………絶対…何?」
「入っていけるわけない」
「……!」
当麻の台詞に、一瞬、正人は返す言葉が見つからず声を詰まらせる。
「あんな空気の中、入っていけるわけがない」
吐き捨てるようにそう言って、当麻は正人から視線をそらせた。
キッチンは伸が一番自然体でいられる、いわば聖域だ。
その中に、当たり前のように自然にとけ込む正人。
まるで、ずっと。ずーっとそうしてきたかのように。
そんな空気感があったのだ。
これは2人だけの空気。誰も邪魔してはいけない2人の空気。
のんびりと穏やかで。何処にも気負いがない。
一番自然で、一番安らかで。
そして、伸の笑顔。
他の誰にも真似できない、正人に対してだけ見せる無防備な顔。
それこそ、物心ついた頃から共に過ごしてきた相手にだけ見せる自然な笑顔。
斎でもなく、水凪でもない、毛利伸が幼い頃から共に過ごしてきた相手だからこそ見せる笑顔。
あんなものを見せられて、その中に無神経に入っていける程、自分は鈍感ではない。
記憶の量だけではどうしたって対抗出来ない。
毛利伸として物心ついた頃から、正人はそばにいたのだ。
それこそ。ずっと。ずーっと。
それは当麻の知らない時間。
決して知ることの出来ない時間。
当麻は自然に唇を噛みしめている自分に気付き、思わず小さく舌打ちした。
「やっぱ後悔してんだろ。前言撤回するか?」
正人が真っ直ぐに当麻を見つめて言った。
まるで睨み付けるようなその視線を当麻は真正面から受け止める。
「しねえよ。ばーか。言ったろう。後悔なんざ、とうにしてるって」
「…………」
「それでも」
「……それでも?」
「どうせ後悔するなら、言わなかったことで後悔するより、言ったことで後悔したい」
「なるほどね」
小さく肩をすくめ、正人は呆れたように息を吐いた。
これだから油断できない。
思いの外真っ直ぐな男なのだ。この羽柴当麻という男は。
そして、伸がこの男のこういう所に惹かれているのだろうということも自分は知っている。
ただでさえ、今の自分は当麻に一歩遅れを取っているのだろう。
幼馴染みであるという優位条件を含めても、すぐには追いつけない程。
「……って、オレ、もしかしてマジになってる?」
正人はほんの少しだけ困ったような視線を当麻へ向けた。
本当に本気なのだろうか。
自問自答してみる。
自分は本気で伸を手に入れたいと思っているのだろうか。
本気で。
「……だよな。やっぱ」
「……さっきから何なんだよ」
正人の独り言に当麻が眉をしかめた。
「正人……いい加減に…」
「あいつのこと。頼んだぞ」
「……?」
当麻の言葉を遮るように正人が言った。
「オレがいない間。あいつのこと頼んだぞ」
「…………」
「今度オレが戻って来た時、あいつが今よりほんの少しでも不幸になってたら……」
「なってたら……?」
「とりあえずお前をぶん殴るんでよろしく」
「……なっ!?」
にやりと笑ってそう言い放った正人に当麻が絶句する。
欲しいのか。欲しくないのか。
そう問われれば、きっと、欲しいのだ。
心も身体も、すべてを手に入れたい。そう思っている。
でも、それ以上に。
倖せに。
遥か昔からずっと願っていたことは。
ただ、倖せに。
誰よりも、誰よりも、倖せに。
それだけを願って。
「……絶対」
ぼそりと当麻が言った。
「……え?」
「絶対殴られてなんかやらねえから」
「…………」
「だから安心してとっととイギリスへ行っちまえ」
そう言って当麻は正人を睨み付けた。
「……それってやっぱ宣戦布告?」
「そうだ。悪いか」
「悪くない」
にやりと笑う正人の横で、石鹸の匂いのするシーツがふわりと翻った。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
291000HITキリ番リクエスト。今回のお題は「正人vs当麻」でした。(えっ? 別にvsなんて頼んでない? そんなこと言わないでw)
読めば分かると思いますが、これは「眠りの森」の後日談。のちょっと前。
征士が目を覚ました日の昼過ぎから夕方にかけて。明日は正人がイギリスへ帰るという頃です。
後半は、当麻の心情、正人の心情、そして2人共通の心情を語ってもらい、お互いのライバル心に火を付けさせていただきました。
あ、ちなみにカボチャの皮が柔らかくなる云々のレシピは、本当に某朝の報道番組で紹介していたものです。
なんか伸に語らせてみたくなって使ってみました。でも私自身はまだ実際に試してません(笑)。

で、ですね。これからこの2人がどう対決していくかは神のみぞ知るです。
はい。私自身、この先どうなるか考えていません。(←おい)
だって〜予想外に自分、正人のこと好きらしい。当伸なのに。
というわけなので、当麻を応援してくださる方、正人を応援してくださる方、それぞれの意見にきっと今後の展開は左右されます。
流されやすい性格なもので……(笑)。
ってか下馬評ではどっちが優勢なんだろう?(←おいおい)
このような展開でよろしかったでしょうか。竹村さん。
とにもかくにも、これからもどうか、宜しくお願いします。
当麻と正人の対決を、どうか生暖かい目で(笑)見守っていただけますと幸いです。

2012.07.01 記   

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