Recollection 〜思い出〜

年末。1年間散らかしまくった部屋部屋の大掃除をするべく宣言したのは、やはり伸だった。
「いちおうそれぞれのテリトリーは責任をもって掃除すること。キッチンは僕が担当するんで、書斎は当麻。暗室は遼ね。居間は征士と秀でやること。あと、風呂トイレ、ベランダ、廊下なんか、細かい所はじゃんけんで担当決め。各部屋は2人でやってもいいし、どちらかが代表して片づけても可。ということで行動開始!」
もちろん不満、反論など出来る隙など皆無。
自分は先にキッチンの掃除をすませてしまうので、部屋の片づけをやっておいて欲しいと言われ、秀は渋々と自分達の部屋へと向かった。
「秀は細かいガラクタ多すぎだから、この際思い切って捨ててよね」
階段下から伸が追い打ちをかけるようにそう言い放つ。一緒に二階へ向かっていた征士がおかしそうに隣を歩く秀を見てくすりと笑いを洩らした。
「征士〜、笑い事じゃねえぞ」
「何を言う。お前が色々なものを持ち込みすぎるから悪いのではないか? 私と当麻の部屋など不要な物がない分、かなりすっきりしているぞ」
「お前等はシンプル過ぎんの! っつーか、お前等の部屋だって本が山積みになってるじゃねえか」
「書籍はほとんど当麻のものだ。それに先日、あれは書斎へ移動させたから、部屋には残ってない」
「あー、さいですか」
ぷくっとむくれて秀は部屋に入っていった。
確かに5人の中で一番物をもっている、というか捨てられないのは秀かもしれない。
もともと征士や当麻は物に執着しない性格というか、必要最低限のものしかもたず、常に身軽でいたいタイプだし、伸はどれだけ物があっても整理整頓が行き届いているので雑多な感じはしない。
あえて言うなら、遼は秀に近いかもしれないが、何と言っても遼は一人部屋なので、自分の部屋に何を抱え込んでいようが、伸と同室の秀ほどにはお小言はないだろう。
「何かオレだけ貧乏くじ引いてる気がする」
珍しくブツブツと文句を言いながら、秀はベッド脇に乱雑に置かれている様々な小物達にゆっくりと手を伸ばしていった。

 

――――――「秀、ゴミがあったらまとめるので出して欲しいそうだが……」
征士が自分達の部屋の片づけを終えて秀の部屋に顔を出すと、秀はベッド中央にあぐらをかいて何やら真剣に悩んでいた。
部屋の中には、いったい何処から出てきたのかと思えるほど色々な雑貨たち、主に古い雑誌やゲーム、ジュースなどのおまけについていたフィギュアやおもちゃ、カード類が所狭しと広げられていた。
「……これは……まだゴミを出せる段階ではない……ということか?」
「だって、どれもこれも捨てられねえんだよっっ!」
秀の叫びに征士がやれやれと肩を落とす。
「だったらもう少し整理整頓ということを考えろ」
言いながら、足下に転がっていた手のひらサイズのロボットのフィギュアを拾い上げ、しみじみと眺めてみる。征士にとっては、これの何処が捨てられないものなのか皆目理解できないのだろう。
「そっちの箱はなんだ?」
ベッドの下に置いてあった大きめの箱の中には何やらぬいぐるみらしきものが詰まっている。
「UFOキャッチャーの景品」
「…………秀」
「いくつかはクラスの奴らにあげたりしてるんだけど、それでもこういうのって貯まっちまうもんじゃねえか」
「貯まって困るなら、ゲームなどやらなければいいだろう」
「ああいうのは取るという行為に意味があんの!」
やはり秀の趣味は征士の理解の範疇を越えている。諦めたようにため息をつき、征士はベッド脇に腰を降ろすと、ふと目に付いた封筒を手に取った。
「秀、これは? 手紙か?」
「どれ?」
それは、秀にも覚えの薄いものだったらしく秀も何だろうと首を傾げながら征士が差し出した手紙を受け取り封を開けた。
「……麗黄くんへ……?」
白い便せんの冒頭に書かれていた文字を目で追い、征士が不思議そうに呟いた。
そういえば征士は、今まで秀のことを麗黄と呼んだ人物には会ったことがない。秀も自己紹介をする時は、秀と呼んでくれ的なことを言っていたように記憶している。今まで別にそのことを不思議とも何とも思ってはいなかったのだが、よく考えれば秀の名前は麗黄なのだから、下の名前で呼ぶ人物がいてもおかしくはないはずだったのだ。それとも中国系の名前は呼び方に対して何らかの規則があっただろうか。
征士の考えを読んだかのように秀がトンと肩で征士を小突いた。征士が秀を振り返る。
「オレさ……華僑だろ。ガキの頃はそれでよくからかわれたりしたんだ」
秀が手の中で手紙をもてあそぶように揺らしながら、そっと呟いた。
「……からかう?」
うんそう。と頷きながら、秀が微かに笑う。
「別にオレ自身はそんな細かいこと気にする質じゃなかったから、別にいいやって思ってたんだけどさ。やっぱ日本人じゃないっていうのは周りから見たら違和感あったのかな? 体の良いいじめってやつ? もちろん言われて黙ってるオレじゃなかったから喧嘩して相手をのしてやったし、いじめ現象っつーほどいじめられてもなかったけどさ」
「…………」
いつも明るくて元気な秀からは想像もつかなかった言葉だった。
「ガキってさ。自分達と違うっていうことが何で許せないんだろうなって、あの頃は思ってた。たかが名前じゃんって。何処で生まれようと誰の血を引いていようと、んなの全然関係ないじゃねえか」
「……秀……」
「だから、オレは平気だった。全然平気だった。でも、平気じゃない子もいたんだ」
秀はそっと慈しむように手紙に書かれた麗黄という字を指でなぞった。
「オレも最初は知らなかったんだけどさ。いじめられるのが嫌だったからなのか、両親が気を利かせたのか、本当は中国名持ってんのに、日本名の偽名を付けてきてる女の子がいたんだ。オレのクラスに」
「…………」
先の展開を予測して征士は思わず息を詰めた。
「何がきっかけだったのかはもう忘れちまったけど、いつだったかその事がバレてクラス内が大騒ぎ。何だ、お前日本人じゃなかったのかよーって。クラスの奴らが寄ってたかってそいつをいじめ倒した」
征士がゴクリと唾を飲み込んだ。
「後でそいつらに聞いたら、隠してたってことが何か裏切られたみたいな気になって余計腹が立ったんだって言ってたんだけどさ。何せ、その女の子、バレるまではクラスのアイドル的存在っつーか、めっちゃ可愛い子だったからさ」
愛らしくて皆に好かれていた美少女。その少女に憧れていた男子も多かったのだろう。だからこそ許せない。
自分を周りに偽るという行為は、それがどんな事であれ、人に対する裏切り行為にあたるのだと。幼心にその頃の秀のクラスの子供達は無意識に感じていたのだろうか。
「……だからといって」
「そうさ。だからってそれが女の子をいじめていい理由になんかならねえ。オレ、めちゃくちゃ腹立っちまって、クラス中敵に回して大喧嘩。王女を護る騎士ってな状態だった」
へへっと笑いながら秀は征士に向かってガッツポーズをした。
「……で?」
「もちろん圧勝。まあ、先生にはすげえ怒られたけど。でも、その大喧嘩の所為で、そのあとそいつをいじめる奴はいなくなった」
「……そうか」
秀の中の正義。もしかしたら、それはこういった子供の頃の不当な扱いのされかたにも理由があったのかも知れない。
すぐに皆とうち解ける明るさや朗らかさ。相手への気遣いの巧さは、もしかしたら秀自身気付いてはいない自衛手段だったのだろうか。
日本人ではない。
今まで気にもしていなかったが、確かにそれを気にする人々はまだこの日本には大勢いるのだろう。
「大変だったのだな……」
「でもないぜ。何だかんだ言ってもガキの喧嘩だし。ほら、喧嘩した後って今まで以上に仲良くなれるじゃねえか。昔は今みたいに陰湿なのもなかったから喧嘩もしやすかったっつーか」
そういって秀はもう一度へへっと笑った。
「でさ……オレ、別に深い理由はなかったんだけど、その子にだけ麗黄って呼んでもらってた。他の奴らは全員秀としか呼ばせなかったんだけど、その子だけ」
「……それは、自分も同じだと、だから大丈夫なのだと彼女に伝えてやりたかったからなのではないか?」
「……どうだろう……そこまで考えてなかった」
でも、もしかしたらそうなのかも知れないと、秀は小さく頷きながら笑みをこぼした。
「その子は今、どうしているのだ?」
「知らねえ。結局両親の都合で中国へ帰っちまったから」
「……そうなのか」
「この手紙、その子が中国へ帰る前にくれたんだ。今まで有り難うって。麗黄くんのおかげで、とても楽しかったって。日本が好きになれたって。有り難うって。何度も何度も言ってくれてさ……」
幼い字で書かれた手紙。
つたない御礼の言葉は、どんな美辞麗句より温かくて。この上なく温かくて。
「お前は、その子のことを好きだったのだな」
ポツリと征士が言うと、秀は真っ赤になって目を見開いた。
「え? あ……いや……それは……確かにめっちゃ可愛かったけど……」
ちらりと征士は横目で秀の顔を伺う。
「あ……はは……」
乾いた笑い声をたてる秀の顔は耳まで赤くなっていた。
「……参った。降参」
まだ真っ赤な顔のまま、秀は本当に降参したと言ったふうに両手をあげた。
「まったくもってその通り。それがオレの初恋ってやつだ」
「そうか」
ふわりと征士が笑った。
「私もその子の顔を見てみたかったな。お前が可愛いと言うのだから余程の美人だったのだろう」
「いや、あの頃はまだお前と会ってなかったからな。お前に比べたら……」
「男と女では比較対象が違うだろう。秀」
「ははっ……そっか」
苦笑しながら秀は開いていた手紙を大事そうに折り直し、封筒に入れる。征士はそんな秀の手元をそっと優しげに見つめていた。

 

――――――「秀、ゴミ出しするからそろそろ……」
ガチャリと部屋の扉を開けたところで、伸があまりの惨状に絶句した。
「秀……それに征士まで……何やってんの?」
「……何って、片づけ」
「それの何処が!?」
部屋中に散らばった、伸の目にはゴミにしか映らないたくさんの物。いっそのこと全部かき集めて捨ててやろうかと思い、伸のこめかみがピクピクと痙攣した。
「だ、大丈夫、ちゃんとやるから!!」
伸の視線に脅威を感じ、慌てて秀が立ち上がった。つられて征士も立ち上がる。
「そ、そうだ。伸。ちゃんと私が監視して、不要なものは捨てさせるから」
「本当に? まったく、征士がついていながら何やってんだか……」
無理矢理背中を押されて追い出される形になって、伸は不満そうに口の中で愚痴をこぼし、とりあえずあと30分でゴミを出してくれと言い残し、階下へと降りていった。
気が付くと、掃除を開始してから、すでに2時間は経過している。これでは伸が怒るのも無理はない。
バタンと部屋の扉を閉じ、ほうっと息を付いた秀と征士は、お互い顔を見合わせてくすりと笑いあった。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
190000HITキリ番リクエスト。今回のお題は「女性と恋愛する(結果はお任せします)小説」でした。
う〜ん。悩んで悩んで悩みまくった結果。こんなん出ました(笑)。
私も結果的には秀は可愛いお嫁さんをもらって中華飯店を切り盛りするっていうのが将来の理想なのですが、今現在、隣に征士がいる状態でどう恋愛せいっちゅーんじゃと(笑)。
まがりなりにも秀征を謳っている者としましてはってな感じでしょうか。
でもこれじゃあ、恋愛とは言いませんねぇぇぇ……ええ、分かってるんです。分かってるんですよ、私も。
すいません。
もしかしたら(もしかしなくても)ご希望いただいたものと、かなり違っているかもしれません。マイママさん。
ほんっとすいません。こんな奴で。でもどうか見捨てないでやってください。
これからもどうか、宜しくお願いします。

2007.12.29 記   

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