NOTICE

「じゃあ、行ってくる」
「うん。お昼前にみんなでおしかける事になるけど、大丈夫?」
「大丈夫。待ってるよ」
「わかった。気を付けて行ってらっしゃい」
なんとか笑顔で遼を送りだすことには成功したけど、本当に大丈夫だろうか。
一抹の不安を抱えながら、伸はパタンと玄関の扉を閉じた。
今日は、以前遼が話してくれた例のパン屋さんの店内で、遼達の写真が展示される日なのである。
聖香の兄の計らいで、数点だけ一緒に出展してもらえることになったのだと、遼が満面の笑みで告げに来たのは先々週のこと。
必ず見に行くからと、皆で予定を立てたのがその翌日。
そして、今日はその当日。気候の良い、風の爽やかな日曜日。
言ってみれば絶好のお出かけ日よりである。
なのに、よりによって。
「なんでこんな日に熱がでるんだよ」
誰に向けるでもない愚痴をこぼしながら、伸はふらつく身体を支えるように廊下の壁に身をもたせかけた。
今日は何がなんでも出かけたい。
頑張ってる遼に笑顔で応援の気持ちを届けたい。
誰にも具合が悪いなどと気づかせたくない。
遼の為に、今日を最高の良い日にしたいのに。
「伸、洗い物終了したが、他に用事なければ書斎にこもりたいと思ってるんだが…」
そう言いながらキッチンから顔をだした当麻が、一瞬眉を寄せて伸を見た。
当麻の視線に伸は慌てて寄りかかっていた壁から身体を引き剥がし、笑顔を向ける。
「うん。出発は11時頃で構わないんで、それまでは適当に過ごしてくれてて大丈夫だよ。出かける前に声かけるから」
「…………」
伸の言葉に当麻はほんの僅か不審そうな目を向ける。
「なあ」
ぼそりと当麻が訊いた。
「何?」
「本当に今日行くのか?」
「へ?」
きょとんとして伸は目を見開いた。
突然、何を言い出すのだこの男は。
「何、言ってるの? 行きたくないの?」
「いや、オレのことじゃなく、お前のことだよ」
「は?」
再び伸は小首をかしげる。
「僕は行くよ。前から楽しみにしてたんだから。君だって行くことに反対なんかしてなかったじゃないか」
「そりゃ、オレは行くけど」
「?」
「いや、いい、なんでもない。お前が行くって言うならいいんだ」
よく意味がわからない。
当麻の言ってる言葉の真意が分からず、伸はあからさまに不審気な目を向けた。
しかし、当麻はそれ以上なにも言う気はないのか、小さく肩をすくめてそのまま書斎へ入っていってしまった。
「変な奴」
ぽつりとつぶやいて、伸も居間へと向かう。
とりあえずどこかに座りたい。居間のソファにでもおとなしく座っていれば少しは楽だろうか。
本でも読んでるふりをして。
どさりとソファに腰をおろし、伸は大きく息を吐いた。
かなりやばい状態かもしれない。
息が熱い。買い置きしてあった風邪薬もちょうど切れていて、薬さえ飲めていない。まったくこんな日に限って。
「あーもう……」
思わず愚痴をこぼしかけた時、先程書斎へ向かったはずの当麻がひょっこりと居間へ顔を出した。
「伸、ちょっといいか?」
「……?」
こっちへ来いと当麻が手招きしている。
やれやれと思いながら、伸は持っていた本をテーブルに置いて何の用事かと当麻に顔を向けた。
「何?」
「暇ならちょっと手伝って欲しいんだ。いいか?」
「……別にいいけど……何?」
実はあまり身体を動かしたくない。というか、具合が悪いのがバレて外出を止められるかもしれない。そんなことをしたらせっかくの日曜日が台無しになり、遼も心配するだろう。
「今、作ってる資料がもうすぐ完成するんでファイリングを手伝って欲しいんだ。大丈夫か?」
「ああ、そういうことなら」
少なくとも肉体労働ではない。
紙とにらめっこするというのは頭痛がするかもしれないが、なんとか誤魔化せる範囲だろう。
伸は快く了承し、当麻の後について書斎へと向かった。
ところが、書斎についたとたん、当麻が大袈裟に肩をすくめて、しまったという顔をした。
「悪い、伸」
「何?」
「もうすぐ終了予定だったはずが、目測を誤ったようだ。ちょっと待たせるかもしれないがいいか?」
「……あ…うん。別に構わないけど……」
「じゃあ、そこ座って待っててくれ」
先日書斎に運び込んだ新しい家具である大型のソファを指差し当麻が言った。
「必要になったら声かけるから、それまで本読んでても、寝ててもいいし」
そう言いながら、当麻はポンと伸に大型のクッションを手渡した。
「え、でも」
「いいから。ほらほら」
有無を言わせぬ強引さで、当麻は伸をソファに座らせる。
「せっかく此処にもソファがあるんだ。わざわざ離れた居間で本読まなくても、此処に居ろよ。遼の所へ出かけるまでまだ2時間は余裕があるんだ。それまでに仕上げられたら手伝ってもらいたいし、そん時になって呼びに行くの面倒だしさ」
「…………」
何だかうまく丸め込まれてしまったような気もするが、伸もあまり動き回りたくないのは事実。しかも、この新しいソファは当麻が何かあった時、仮眠をとる為に購入したというだけあって、かなりクッションも効いていて座り心地がいい。身体も楽だ。
「わかったよ。じゃあ……」
大人しく座り直し、伸はほうっと息をついた。
当麻はちらりとだけそんな伸を見たあと、すぐにパソコンへ向かい直し、カチャカチャとキーボードを打ちだした。
こうなると、当麻は周りの様子が一切耳に入らなくなる。
伸に背を向けて一心にパソコンに向かっている当麻を眺めながら、伸は楽な位置へと身体をずらし、そっと目を閉じた。
とたんに眠気が襲ってくる。
やはり熱があがってきたみたいだ。抵抗する間もなく、伸は意識を手放した。

 

――――――結局そのまま眠ってしまった伸は、出発時間に当麻に起こされて、慌てて飛び起きた。
普段、こんな失敗をするなど伸にとっては珍しいことだろうに、当麻は何故か深く追求せず、何事もなかったかのように伸を促して、玄関口で待っていた征士達と合流すると出発した。
バスで市街地まで下りて、電車に乗る。片道1時間ほどの距離。
街の中心地から少しはずれたそのパン屋の店先には黄色く色づいたイチョウの木が1本立っている。
カランと硝子扉を押して店内に入った4人を遼は満面の笑みで迎えてくれた。
「結構人はいってるね」
「まあな。ほとんどが大学の後輩の方々だって如月さんが言ってたけど」
「そっかー」
伸の言うとおり、展示会はなかなかの賑わいだった。
しかも、伸たち4人が店に到着した時間帯は一番混み合う時間帯だったようだ。
遼と聖香の写真は、いわゆるおまけのようなものなので、それ目当てでくる客はもちろんほとんどいないのだが、それでも他の写真を見るついでに足を止めて遼の写真を興味深そうに眺めてくれる人もいる。
遼が撮影者だと名乗ると、まだ若いのに良いのを撮るねと言ってくれた人もいたのだそうだ。
「すごいすごい。大盛況じゃない」
嬉しそうな遼と、大勢のお客様を見て、伸も心底嬉しそうに微笑みかけた。
「天気も良いし、ぶらりと立ち寄ってくれる人も多いみたいだな」
「そうだな」
秀の言葉に、楽しそうに遼が笑う。
良かった。ちゃんと来れて。
そう思ったとたん、くらりと目眩がした。
やばい。
一瞬ぐらつきかけた身体を精神力で支え、伸は誤魔化すように並べられた写真を丹念に眺めだした。
先日の休みの日出かけていって撮ったという山の写真。
そこで出逢った小鳥の写真。花の写真。
相変わらず遼の写真は優しくて暖かい。
多少無理をしてでも出かけてきて本当に良かったと、伸は遼の写真と、楽しそうに征士達と話をしている遼を見て思った。
「こんだけ天気がいいと外でのんびりしたくなるな。帰りは、どっか寄ってぶらぶらしようぜ」
ひととおり写真を眺め、遼のおごりでパンと珈琲を御馳走になった後、秀が言った。
「ぶらぶら?」
「そ、散歩がてらどっか行こうぜ」
「あ……それは……」
秀の提案に当麻が渋い顔をした。
「何だよ。何かあるのか?」
「ちょっと作業途中のものがあってな。悪いけどオレと伸は早めに帰るよ」
「…………?」
秀だけじゃなく伸までが、えっという顔をした。
「僕も……?」
「伸、お前、手伝うとか言ってて、結局何もしなかったろう。オレ1人でファイリングさせる気か?」
「あ……」
先程の記憶が蘇る。確かに、待ってる間だけと言ったのに眠りこけてしまったのは自分が悪いだろう。
「ごめん。そうだった」
「わかればよろしい」
何だかいつもと立場が逆じゃないだろうか。
そんなことを思いながらも、ほんの少し伸はほっとしていた。
まだ大丈夫。もう少しなら平気な顔をしていられるはずだと、自分を誤魔化すのも段々限界に近づいてきているのかもしれない。
しかも、乗り物に乗るより歩く方を好む秀や征士につき合えば、きっと厖大な量を歩く羽目になることは目に見えている。
表面上は仕方ないなあといった感じで、伸は帰りは道草せずに真っ直ぐ帰ることを当麻に約束した。

 

――――――「じゃあな。オレ、今日は後片付けで遅くなるから夕飯はいらない」
「了解」
「今日はホントありがとな」
元気に手を振る遼に見送られて店を後にした4人は、駅前で更に二手に分かれた。
近くの散策路を通って回り道をするという秀と征士に改札口で別れを告げ、当麻と伸は電車に乗り込んだ。
電車は人もかなりまばらで、見ると4人がけのボックス席がまるまるひとつ空いていた。
「ラッキー。ここに座ろうぜ」
いそいそと通路側に腰掛けた当麻の向かいに伸が腰を降ろすと、とたんに当麻が不機嫌そうに口を尖らせた。
「お前なー。せっかく気を利かせて通路側に座ってやったんだからこっちに来いよ」
「……へ?」
「窓際のほうが気分悪くならないだろ。それにそっちは進行方向に背を向けてるから具合悪くなるぞ」
一瞬伸がギクリとする。
「別に僕は乗り物に酔うほうじゃないし……具合悪くなんか……」
「お前な」
やけにムスッとして当麻は伸を睨みつけた。
「これ以上続けるんだったら、マジで拗ねるぞオレは」
「…………?」
「もう、遼もいないんだし、本日のイベントは終了。気を張る必要もない」
「と……当麻……?」
「オレの我慢もここが限界。本気で拗ねさせたいのか」
自分の隣の座席をとんとんと手で叩き、当麻が大きくため息をついた。
「まったく、オレがどんだけ我慢してたか全然わかってないのな。お前。頼むから具合悪い時は無理しないでくれよ。いくら遼の為だからって」
「君……もしかして……」
気付いていたのだろうか。この男は。
伸に熱があること。かなり朝から具合が悪かったこと。無理を押して平気な顔をして此処まで来たこと。
「ごめん」
思わず謝った伸の腕をひっぱり無理矢理隣に座らせると、当麻は伸の肩を抱き寄せて、自分にもたれかけさせた。
「当麻……」
「ついたら起こしてやるから寝てろ。まったくすげえ熱いぞお前の身体。血が沸騰してんじゃねえか」
ぶっきらぼうな物言いは、かなりこの男が腹を立てている証拠だろう。
それにしても。
「拗ねるぞっていうのが、脅し文句とは君らしい」
「……フン」
口をへの字に曲げてそっぽを向く当麻を横目で見上げて伸はくすりと笑った。
当麻の言うとおり、本日のイベントは無事終了した。
こうやって当麻の肩にもたれている間だけは病人でいても大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、伸はそっと目を閉じる。
動き出した電車の揺れに身を任せながら、伸はゆっくりと眠りの淵へと落ちていった。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
99099HITキリ番リクエスト。今回のお題は「体調不良を隠す伸」でございました。
実は他にもお題があって、どれでも選んでくださいってな事だったのですが、他のはSSにするには長くなりそうな話だったり、前に(シチュエーションは違うけど)似たようなものを書いた事があったので、このお題に決めさせていただきました。
まあ、大きなくくりで言うと、病気ネタっていうのもよく書いてはいるので、ぶっちゃけ重複っちゃあ重複なのかもしれませんが(^^ゞ
今回、伸の具合の悪さに完璧に気付いていたのは当麻ひとりですね。
伸の演技力もなかなかのもの、ということで。
実際問題、伸の熱は38℃を軽く超えていたらしい、とは此処だけの話。
こんな感じでよろしかったでしょうか。
藍さん、リクエスト本当に有り難うございました。

2004.05.08 記   

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