衝動

ここまで偶然って重なることがあるんだ。
なんてことを思ってしまうのは、やっぱり自分は何か意識しすぎなんだろうか。
最後に出ていった征士を見送って、伸は小さく肩を落とした。
今日は週末。天気のいい土曜日の午後だ。
最初に家を出たのは遼。聖さんのサークルで泊まりがけの撮影旅行があるとかで、それに特別参加させてもらうんだと張り切って出かけていったのは朝のことだった。
次に出かけていったのは秀。妹の春花ちゃんが誕生日だというのでちょっと実家の横浜まで帰省することになったのだ。普段だったら誕生日くらいで帰ったりはさすがにしないのだが、電話口でプレゼント何がいいかと聞いたら、何もいらないから家で一緒にケーキを食べてお祝いして欲しいと言われたらしい。
ちょうど土日と重なったということがあったとはいえ、それで帰省を決めるというのも、何というか、かなりの兄バカなのでは、と皆にからかわれながら、それでも秀は嬉しそうに帰っていった。
そして、最後が征士。昨年全国大会で手合わせした高校から練習試合の申込みがあったとか。場所は群馬なので、やろうと思えば日帰りコースのはずだったのに、誰かがこんにゃくを食べたいとか何とか(どういう理由だ)で、前日から乗り込み、遊びがてら一泊することになったのだそうだ。
別に、それぞれ自分達の生活リズムがあるのだし、一緒に暮らしているからといってお互いを拘束する必要はない。する気もない。
でも。
よりにもよって、同じ日にみんながみんなして家を空けるなんてことが重なるなんて。
「……って、みんなじゃないよね。正確には」
そうつぶやいて、もう一度伸は肩を落とした。
何なんだろう。妙に気持ちが落ち着かない。神経が高ぶってる気がする。緊張でもしてるのだろうか。
って、何に対しての緊張なんだ。これは。
征士が乗り込んだと思われるバスの音が遠ざかっていくのを耳にしながら、伸はゆっくりと玄関のドアを閉じた。
皆が帰ってくるのは、明日の夕方頃だろう。
ということは、これから丸1日、この家の中にいるのは自分と当麻だけだということになる。
「…………」
伸は知らず眉間に皺を寄せた。
当麻と自分だけ。って、だからってそれがどうした。何でもないじゃないか。
当麻は相変わらず、見送りもしないで書斎に引きこもっている。
いちおう出かける前にそれぞれ声はかけてたみたいだけど、だからって無精にも程がある。集団生活を何だと思ってるのか。
何故か腹が立ってきて、伸はそのままズカズカと廊下を歩き、勢いよく書斎の扉を開けた。
「当麻!」
「……!?」
パソコンに向かっていた当麻が驚いて振り返る。
「な……どうしたんだ? 伸?」
「掃除するから、そこ退いて。そして手伝って」
「……へ?」
「いいから、早く。行動開始」
伸の勢いに押され、当麻は素直にパソコンの電源を落として立ちあがった。
「何、急に思い立ってんだよ」
口の中で小さく文句を言いながらも、抵抗する気はないのだろう、当麻はそのまま軽くデスクの上に散らばった紙をまとめると、まだ戸口に立ったままだった伸の方へ近づいてきた。
「……何? どうかしたのか?」
一瞬、伸が壁を背に身を引こうとしたのに気付き、当麻が不審気な目を向けた。
「……な、何って?」
「いや、何でもないならいいんだけど……掃除、どこから開始する?」
「え……あ、じゃあ居間から……」
「分かった。掃除機取ってくる。拭き掃除は? 窓拭きもするのか?」
「う……うん、そうだね」
「了解」
短く答え、当麻は伸の横をすり抜けるように部屋を出ると、掃除機を取りに納戸へと向かった。
「…………」
思わず胸を押さえ、伸は目を伏せる。
何故だろう。心臓の鼓動が早くなった。当麻が立ちあがってこちらに歩いてきた時。
いったいどうしたんだろう。自分は。
いつもと違う。
何か、どこかがいつもと違う。

 

――――――いつも賑やかすぎるくらい賑やかなはずの夕食はやけに静かだった。
まあ、考えてみれば当たり前。さすがに5人もいれば、誰かが口を閉じていても、必ず誰かは声を出していて、完全な沈黙というのは滅多にないものである。
でも、今日は違う。やはり2人きりだとそうはいかない。お互い食事をしながら延々しゃべり続けられるわけもない。
こうしてみると、いつもは秀や遼に引きずられるようにしてしゃべっていただけで、もともと当麻も伸も口数が多いほうではなかったのだということに気付く。すると、食卓にはどうしても微妙な沈黙の瞬間が否応なく訪れるのだ。
伸は静かに箸を動かしながらチラリと横目で当麻を見た。
当麻は美味しそうに伸が作ったご飯を頬張っているが、今日は取り合いをする秀がいない所為なのか、食べ方もいつもより若干おとなしい感じがした。
「……何?」
伸の視線に気付き当麻が振り返る。
「あ、ううん。大丈夫? 味、濃すぎない?」
「大丈夫大丈夫。っつーかめっちゃ美味いよ」
「……そう」
当麻は軽く答え、そのまま食事を続けている。
何だか手持ち無沙汰になって、伸は思わず目の前にあったリモコンに手を伸ばした。
「テレビ、付けていい?」
「……え?」
「あ、ちょっと見たい番組があってさ……」
そう言ってリモコンを手に取った伸を見て当麻が驚いたようにあんぐりと口を開けた。
「どうしたんだ? 伸」
「どうって……?」
「お前、食事時にテレビが付いてるの嫌ってたじゃないか。いつも秀から取り上げてたろう? それ」
そう言って当麻は今まさにスイッチを押そうとしていた伸の手の中のリモコンを指差した。
「い……いいじゃないか。たまには。今日はみんなもいないんだし」
「いや、それを言ってるのが秀で、今日いないのがお前だってなら話は分かるんだが。鬼の居ぬ間に何とやらで。でも、その鬼自身が、何言って……」
「誰が鬼だ。誰が」
伸の声に凄みが増したのに気付き、当麻は慌てて引ったくるように伸の手からリモコンをとりあげ、電源を入れた。
ブンっと小さな音がしてテレビが付く。
「み……見たい番組ってどれだ?」
伸から目をそらし、当麻はカチカチとチャンネルを変える。
だが、改めて聞かれて伸は答えに困ってしまい口をつぐんだ。
本当は今日のテレビ番組表など見ていない。だから今、どこのチャンネルで何をやっているのかなど分からない。
ただ、沈黙に耐えられなくて、テレビを付けたかっただけなのだ。
「あ、もしかしてこれか?」
当麻がそう言ってチャンネルを止めた番組は、どうやらクイズ番組のようだった。
高校や大学の問題を中心にして歴史や数学、漢字の問題を、対決方式で解いていくもの。
どちらかというと、伸より当麻が好きそうな番組だった。
「あ、うん。それそれ」
「よかったー。オレも見たかったんだ。これ。確か今日、2時間スペシャルじゃなかったっけ?」
曖昧に頷いた伸の様子にも気付かないようで、当麻は食い入るようにテレビを見だした。
ちょうど画面では新しい問題が出題されている所だ。
うまく誤魔化せたようだと、ほっと安心して椅子に座り直し、ふと伸は熱心にテレビを見だしている当麻の横顔を窺った。
当麻は番組の出演者と一緒になって、ブツブツと難問を解きだしている。
8割方解答出来ているのはさすがというか何というか。
「…………」
ふと、伸の表情が陰った。
訪れる沈黙に耐えられなくなってテレビを付けたいと言いだしたのは自分だ。
でも、素直に付けて、テレビに夢中になっている当麻を見ていると、何故か寂しくなった。
どうしてだろう。何だかとても寂しくなった。
「…………」
「伸?」
突然ガタンと席を立った伸に、当麻が見ていたテレビ画面から顔をあげた。
「どうした?」
「食べ終わったから片付けようと思って」
「だったらオレがやるよ。お前、これ見たかったんじゃないのか? まだ途中だぞ」
「いいよ。今日はいつもと違ってお皿の数も少ないし」
「……でも……」
「それに、僕より君のほうが楽しんでるみたいだし」
「…………」
「じゃ……」
手早く皿や茶碗をまとめると、伸は逃げるように居間を出ていった。
ドアを閉めたのに、廊下にまでテレビの音が響いている。
何だか、先程までより更に寂しくなったような気がした。
本当に、どうしたっていうんだろう。自分は。

 

――――――食器を洗い終え、伸はシンクに手を付いてため息をついた。
居間からはまださっきのクイズ番組であろうテレビの音が聞こえてきている。
結局当麻はあのまま番組を見続けているのだ。
何故だろう。気持ちがもやもやする。
当麻があの手の番組を好きなのは知ってる。だからああやって夢中になって見ることは容易に想像出来た。
そんなことで、自分の気持ちが不安定になる意味が分からない。
伸は頭を振って、胸に湧いた妙な気分を払拭すると、冷蔵庫の野菜室から林檎を1つ取りだした。食後のデザートに食べようと昨日買ってきたものだ。
「林檎か……」
林檎を見ると思い出す。確か2年程前だったろうか、当麻が事故に遭って入院したのは。
あの頃は見るのも嫌だったはずの林檎なのに、今は何の躊躇もなく手に取れる。
これが時間の経過ということなのだろう。
忘れるということなのだろう。
そうやって、人は色々な物を過去に置いてくるのだ。
では、今のこの気持ちも。いつか何処かへ置き去りにされるのだろうか。
気にしていたのは自分のほう。2人っきりであるということを変に意識していたのは自分のほう。
遼も、征士も秀もいないこの空間。
いつもの当麻の言動から。
もしかしたら自分は何かを期待していたのだろうか。
だとしたらお笑いぐさだ。
一般的に言って、高校時代の恋など、一過性の麻薬のようなものなのだと。
そう言われているというのに。
「…………伸?」
気が付くと当麻がキッチンの入り口に立っていた。
「どうかしたの?」
振り返り、何でもないふうを装ってそう聞くと、当麻は困ったように視線を泳がせ、ポリポリと鼻の頭を掻いた。
「あ……いや、終わったんで、何か手伝おうかと……」
「別に何もないよ。大丈夫」
「それ、林檎……?」
当麻が伸が手に持っていた赤い林檎に気付いた。
「うん。食後にどうかと思って。食べる?」
「……ああ」
「じゃあすぐ切るね。先に居間に戻ってて」
「……分かった」
しばらく躊躇したあと、本当に手伝えることはないと諦めたのか、当麻はキッチンから去って行った。
居間から再びテレビの音が聞こえだした。

 

――――――「あれ?」
さっき当麻が言ったとおり、見ていたクイズ番組はすでに終了しており、テレビ画面に映っているのは、番組と番組の間を繋ぐニュースだった。
やっているのがニュースなのだからテレビが付いていてもおかしくはないはずだが、伸はテレビの真ん前に陣取っているくせに、少しも画面を見ようとせずに本を読みふけっている当麻の様子に首を傾げた。
「……なんでテレビ付いてるの?」
「なんでって……」
「本読むなら音は邪魔じゃない? 消す?」
「あ、いいよ。そのままにしてて」
「…………見てるの?」
「あ、うん、まあ……そう」
「聖徳太子じゃあるまいし、本読みながらテレビも見られるほど器用なのか君は」
「いいじゃん。この後はお前が見たいの見ていいから」
「…………」
まあ、沈黙の中で2人で林檎をつつくというのもあまりゾッとしない光景だ。
伸は当麻の言葉に甘え、テレビを付けたまま、いくつかチャンネルを回してみた。
「……あ」
時間はちょうど9時。あるチャンネルで映画が始まっていた。
他に気になった番組があったわけでもないので、伸は映画にチャンネルを固定し、テーブルに切った林檎を置くとソファに座った。
隣に座っていた当麻が少しだけ身体をずらして伸の座るスペースを空ける。
伸が選んだチャンネルが映画であることに気付き、当麻も持っていた本を閉じた。
「知ってる? この映画」
「観たことは……あるかな? ああ、分かった。あれだ」
ものの5分観ただけで当麻はどんな映画か思い出したようだ。
でも、伸にとっては初めて観る映画だったのでそれ以上のネタばらしは厳禁。
しばらくは、何となくお互い言葉を発しないまま、大人しく映画を見続けていた。
室内に響くのはテレビから流れる音声と、2人が林檎をかじるシャリっという音のみ。
何となく空気が微妙に堅いのがお互いに分かった。でも、だからといってどうすればいいのか分からない。
映画本編が流れている間はいいが、問題はCMになった時だ。CMになった時まで黙っている必要はない。だからといって何をどう話せばいいのか分からない。
そんな奇妙な緊張感が2人の間にあったのだ。
「……あのさ」
「……あのさ」
同時に同じ言葉を口に出し、お互い気まずそうに目を合わす。
「……な、何?」
「お……お前こそ……何?」
「え……あ、い、今頃、秀はケーキ食べてるのかなって思って……」
「……ってことは、征士の方はこんにゃくか?」
あまりの返し方に、思わず伸が吹き出した。
「何でこんにゃくなんだろ。だいたい群馬県=こんにゃくって方程式知ってるほうが貴重だよね」
「あそこの主将、妙なことに詳しそうじゃん」
「それ、誉めてるの? けなしてるの?」
「もちろん両方」
お互い目を合わせて笑いあうと、ようやく当麻が安心したようにほうっと息を吐いた。
「良かったー」
息と共にそんな台詞までが口から飛び出す。
「……良かった? 何が?」
当麻の言葉に、伸がキョトンとして首をかしげた。
「だってお前、何かピリピリしてたろ。どうかしたのかと思っててさ。やっと笑ってくれて安心したの」
「……え」
驚いて伸がマジマジと当麻を見ると、当麻が慌てたように目をそらした。
「……当麻?」
「ほら、映画始まったぞ」
「…………」
微妙に伸から目をそらしたまま、当麻はテレビ画面を見る振りをしていた。
そう。それは明らかに振りだった。
今やってる映画は、当麻は以前観たものらしい。余程好きな作品でなければ、あまり繰り返し同じものを観たりしない当麻にとって、今日の映画は別に集中して観る必要はないもののはずだ。
その証拠に、視線が微妙に画面からずれている。
意識が他へ行っている証拠だろう。
でも、何処へ。何を考えているんだろう。
そう思っていた所へ、当麻が突然、困ったように口を開いた。
「……なあ、伸。このまま観る気か? この映画」
「……は? そのつもりだけど……どうして?」
「いや……別に……観たいならいいんだけど……さ……」
「…………?」
何を言い出すのだ。急に。
首を傾げつつ、そのまま映画を見続けていた伸は、それから約20分後、かなり後悔をした。
「…………」
恋愛物、だろうなということは確かに分かっていた。
だとしたら、こういう展開があるということも事前に気付いておかしくはなかったはずなのだ。いや、でも、まさか。
観ると言った手前、今更止めるわけにもいかず、伸は黙って目の前で展開されるかなり濃厚なベッドシーンに、どうすることも出来ないまま身体を硬直させていた。
どうしよう。
ここでテレビを止めたらそれこそ意識してる証拠になってしまう。
でも、画面を正視出来ない。
どうしよう。
隣に当麻がいるのに。
どうしよう。
隣には当麻しかいないのに。
そうなのだ。例えばここがまだ映画館で、周りに他にも人が大勢いるのなら全く問題はない。
家で観る場合であっても、秀達が一緒にいるのであれば、何も気になったりしない。
でも、今、ここにいるのは自分と当麻だけ。
隣には当麻だけしかいないのだ。
どうしよう。
頭の中で「どうしよう」という単語だけがグルグルと回り続ける。
もう映画なんて観ているようで全然観ていない。
自分の中の全神経は隣に座っている男へと向けられている。
でも、それを覚られてはだめだ。気付かれてはいけない。
伸がどうすることも出来なくて、思わずギュッと目をつぶった瞬間、隣で小さな声が聞こえた。
「悪い……もう駄目だ」
「……え?」
何を言ったのか聞き返す間もなく突然当麻の腕が伸の方へと伸びてきたかと思うと、そのまま抱きすくめられ、唇を奪われた。
「……!?」
ソファに押し倒されるような形になって、伸が慌てて当麻の身体を押し戻そうとするが、当麻は伸を抱きしめる腕を離そうとはしない。それどころか、更に深く当麻の腕が伸を締め付ける。
「とう……ま……」
僅かな抵抗は、当麻の唇によって塞がれる。進入してきた舌に思わず掠れた声が洩れた。
「……んっ……」
当麻の手が伸の頬から耳へと触れ、それを追うように唇が柔らかい耳たぶを甘噛みする。
「……ぁ……」
自分自身の唇から洩れた驚くほど甘い吐息に、伸の頬がかあっと火照った。
駄目だ。このままじゃ。本気で流されそうになっている自分に焦る。
でも、この腕をほどけない。
どうしよう。
先程とは意味の違う「どうしよう」という言葉が伸の頭の中を駆け回った。
ジンッと身体の芯が熱くなるというのは、こういうことなのだろうか。
これ以上はマズい。本気でタガが外れそうになる。
でも、こんなのは。
こんなのは。
「嫌……だ……」
小さく呟いた瞬間、抱きしめられていた腕の力がふっと緩んだ。
目を開けると、当麻が何だか今にも泣きそうな顔をして伸を見おろしていた。
「……当麻……?」
「悪い。オレ、何やってんだろう」
「…………」
「ごめん」
名残惜しそうに伸から身体を離すと、当麻はソファから立ち上がり、伸の手を引っ張ってソファに座り直させた。
「これじゃ獣だ。オレ」
床に座り込み、伸の膝に顔を埋めるようにして俯くと、当麻が苦しそうに唇を噛んだ。
「せっかく意識しないようにって自制してたのに台無しだ。やっぱりオレ、バカだな」
「……自制……してた……?」
「……こんなのずるい。何で示し合わせたように全員いなくなるんだよ。何の罰だよ。これは……」
「…………」
普段と変わらない、いや普段以上にどこか素っ気なかった当麻の態度。
それは、つまり、そういうことだったのだ。
「……そうだね」
ポツリと伸は呟いた。
「でも……僕も同じくらいバカだよ」
当麻が顔をあげた。
「……同じ?」
「うん」
伸が頷くと、当麻の表情が少しだけ和らいだ。
気付かないなんて本当にバカだ。お互い、こんなにまで意識しあっていたというのに。
伸が見始めた映画の内容を思い出して、当麻が内心どれくらい焦っていたのか、今ならとてもよく分かる。
なんだか妙に可笑しくなって、伸はクスリと笑った。
「何……笑ってんだよ」
「だってさ……」
言いながら伸はクスクスと笑い続ける。
「当麻……」
ようやく笑いを収め、伸が当麻を見つめた。その時。
「愛してるよ」
測ったようなタイミングで当麻の耳に届いたその台詞は、目の前の伸の口からではなく、当麻の真後ろから聞こえてきた。反射的に振り返ると、案の定テレビ画面の中で、主人公がようやく実った恋人相手に甘い睦言を囁いてる場面であった。
「何だ。映画か……ビックリした」
「ビックリって?」
「一瞬お前が言ったのかと思った」
「まさか。僕が言うわけないじゃん。そんな台詞」
「…………」
何の躊躇もなく発せられた伸の言葉に、当麻が恨めしそうな顔で振り返った。
「何だよ。その速攻の返しは」
「何が?」
「言うわけないって……」
「あ、ああ……だって」
少しだけ戸惑った様子で、伸は肩をすくめた。
「なんか……もったいない気がしない?」
「…………」
何だそれは。と言いたそうな表情のまま当麻は再び伸の隣に腰を降ろした。
「お前、もったいないから言わないのか?」
「……え……ま、まあ……」
いちおうそういうことにしておこう。伸がコクコクと頷くと当麻は苦虫を噛みつぶしたような顔でため息をつき、真正面から伸を見つめた。
「じゃあさ、声出さなくていいなら平気か?」
「……え?」
「伸、オレのこと好きか?」
「……!?」
「ほら、頷くだけだったらもったいなくないだろ。声出さずにすむし」
「ちょ……ちょっと待ってよ。何の罰ゲームだよ。これ」
「ゲームじゃねえよ。オレが聞きたいだけ」
「当麻っ!」
「オレはお前を愛してるよ。お前は?」
「き、君こそよくそういう台詞、安売り出来るね」
「どこが安売りだ。オレは一生涯お前以外の奴相手にはこんな台詞は言わないぞ」
「…………」
「絶対に1人にしか言わない言葉は、安売りとは言わない」
「…………」
だんだんと真剣になってきた当麻の眼差しに、ついに伸は耐えきれず目をそらした。
すると当麻の指が伸の頬に伸び、俯きそうになった角度を引き戻す。
間近にある当麻の目を見つめ、伸は消え入りそうな声で呟いた。
「……バカ…当麻…」
「それじゃ答えになってない」
「そんなこと言っ……」
言葉の最後は、当麻の唇によって遮られた。
ついばむように触れた唇をそっと離し、少しだけ角度を付けて今度は深く重ね合う。
触れ合った唇はとても柔らかくて暖かかった。
当麻の両手が伸の頬を包み込む。
先程よりずっとずっと穏やかな口付けだったのに、身体の芯は今までで一番熱くなった。
気が付くと、映画は、最後のテロップが流れ初めたところだった。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
250000HITキリ番リクエスト。お題は「思いがけず訪れた二人っきりの夜」。
いや〜ベタですねぇぇぇ。私が(笑)。
思った以上に甘々です。砂吐きそうです。っつーか、当麻は獣です(笑)。
どうしてくれよう。この2人。
なんというか、昔はキス一つ書くのにもかなりの抵抗感がありました。でも最近はそれも無くなってきました。
やはり、1回済ませてしまうと、あとは2回も3回も同じってことなんでしょうか。
これは通常の恋愛にも言えますが。案外そういうものなんじゃないかと思います。だからって別に伸が淫らになったわけでも淫乱になったわけでも決してないのですが。ただ、伸自身も、以前ほどの抵抗はなくなって来たんでしょうね。
ま、だからってそれ以上は許しませんけど。私が。(←おい)

この話、特に時期を書いておりませんが、厳密に言うと、「マーメイド」から、1ヶ月後くらいでございます。
つまり、「僕は君の物」発言のちょっと後。ふつうの恋人同士であれば、一番っっ盛り上がってる時期でございます。
うんうん。だから、ちょっと暴走気味なのは許してあげてください。
今回、全編伸視点にしたのは、当麻だと更に生々しくなりそうだったからです。(←こらこら)
この話の当麻バージョンは、それぞれで想像してください。たぶんその通りですから(笑)。
実は、当麻は伸以上に、2人きりということを意識してたんだなあ……って。

とにもかくにも、こんな感じでよろしかったでしょうか。shinoさん。
リクエスト有り難うございました。これからも宜しくお願いします。

2010.06.13 記   

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是非是非アンケートにお答え下さいませませ(*^_^*)
タイトル
今回の内容は? 
今回の印象は?
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感動した 切なくなった 面白かった 哀しかった
期待通りだった 予想と違った 納得いかなかった
次回作が気になった 幻滅した 心に響いた
何かひとこと♪
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