眠り猫

夢の中で夢を見る。
見たくもない夢を見る。
繰り返し夢を見る。
「…………!」
真夜中。自分の声に驚いて、当麻は目を覚ました。
喉が引きつったように渇いているのは、知らずに声を上げていた所為なのだろうか。
夢の中で自分は何かを叫んでいた。
目の前で死んでいく仲間を見ていたくなくて、必死で何かを叫んでいた。
叫んでどうなるものでもないはずなのに、言葉が口をついて出てきていた。
本当に、嫌な夢だった。
天城だった頃、何度も見た、同じ場面。
柳の死。斎の死。禅の、紅の死。
「……ったく、相変わらず最悪だ」
襲ってくる目眩に当麻は頭を抱えた。
掌がじっとりと汗ばんでいるのに気付き、シーツでそっと汗を拭いながら、当麻はベッドから身を起こした。
ふと隣をみると、征士は規則正しい寝息をたてて熟睡しているようだった。
思ったほどには自分は実際に声は上げていなかったらしい。
とりあえず起こさずにすんだことにほっとして、当麻は暑苦しいシーツを膝の上から剥いだ。
当麻が動いたことで、少しだけ眠りが妨げられたのか、征士がほんの少し身じろぎをした。
すると、さらりと金色の髪が額を滑り落ちる。
当麻はじっと、眠る征士の顔を窺い見た。
男にしておくには惜しい程の、色素の薄い白い肌。月の光によく映える黄金色の髪。
転生した光輪の姿は、夜光にとてもよく似ていると思った。
本来なら、征士ではなく征士の兄が夜光の転生した姿だというが、彼等は双子なのだから、恐らく兄が普通に成長出来ていたとしても、同じように夜光にとてもよく似た姿で成長したのだろう。
「……コウ……」
聞こえないほど微かな声で当麻は征士をそう呼んだ。
天城だった頃、嫌な夢をみると、よく夜中に夜光を探した。
何をするでもなかったが、ただそばに居てくれるだけで安心できた。
包み込むような夜光の温かさに触れるだけで、高ぶっていた心が落ち着いた。
「……コウ……」
あの頃が懐かしくて、当麻は届かないことを承知で、もう一度懐かしい彼の人の名前を呼んだ。
すると、眠っていたはずの征士がゆっくりと目を開けて当麻を見た。
「……あ……悪い……」
思わずしまったと心の中で舌打ちをして、当麻は慌てて征士の方に向き直り、両手を合わせ謝った。
「悪い。起こす気はなかったんだ。眠ってくれ。征士」
「……天城?」
不思議そうな声で征士がそう当麻を呼んだ。
とたんに当麻が小さく息を呑む。
「……せ……征……?」
「天城。どうした。また嫌な夢をみたのか?」
「…………」
今度こそ大きく息を吸い、当麻はごくりと唾を飲み込んだ。
「……コウ?」
「ああ、そうだ」
ふっと笑顔を浮かべ、征士がベッドの上に身を起こした。
さらりと金の髪が揺れる。
夜光だった頃に比べれば随分と短いはずの征士の髪が、何故かほんの少しいつもより長くなっているような気がした。
目の錯覚だったとしても何故か当麻はそれが嬉しくてしかたなかった。
「コウか?」
自然に顔が綻ぶ。
夜光は安心させるようにゆっくりと頷いた。
「コウ」
確かめるようにもう一度名前を呼んで、当麻はトンッとベッドから飛び降り、夜光の元へ駆け寄った。
ぱふっと夜光の膝の上に当麻が身体を投げ出すと、夜光は子供をあやすようにそっと当麻の髪を手で梳いた。
「相変わらずだな。お前は」
「いつもじゃない。たまになんだから、いいじゃねえか」
言いながら、当麻は夜光の膝元に頬をすり寄せる。
懐かしい感覚。
遥か昔と同じ、夜光の匂いがした。
「……お前は、嫌な夢を見るといつもそうだな」
「……ああ、そうかもな」
当麻がふっと苦笑いする。何年たっても、それこそ何十年、何百年たっても自分はこういう所、変わらないのだろうか。
「夢を見た。いつもの夢だ。いつもと同じ夢」
「…………」
「だから、しばらくしたら落ち着くから。それまで、ちょっとだけ、いいか?」
当麻の少し硬めの髪をくしゃりと掻き回し、夜光は寂しげに微笑んだ。
代わってやれない心の痛みと、逃れられない過去の宿命。
転生をするたびに更に大きくなっていく心の負担に、この少年はいつまで耐えていられるのだろう。
「まだ、辛いか? 記憶を持っていることが」
夜光がそっと聞いた。当麻は、小さく頭を振る。
「以前ほどは辛くない。大丈夫」
「…………」
「大丈夫。忘れたくないものが出来たから。だから大丈夫」
「そうか……」
夜光の手が、そっと当麻の髪を梳く。
当麻が嬉しそうにふっと笑った。
「変わっていくものはたくさんある。でも、こうやって変わらないものもあるんだって考えると、楽になる。これはオレの我が儘だけど、ホント、感謝してる」
「……私は此処にいるよ」
もう一度くしゃりと当麻の髪を掻き回し、夜光はふっと笑みを浮かべると、自分の膝にかかったシーツをめくった。
「こっちへ来るか?」
「……いいのか?」
「問題ないだろう」
夜光が身体をずらして空けてくれたスペースに潜り込み、当麻は猫のように身体を丸めて寝転んだ。
「相変わらず、まるで子猫のようだな。お前は」
「あんただって変わってない。以前とちっとも変わらない態度で、あんたはオレのそばに居てくれる。本当、感謝してる。ありがとう」
「礼を言われても困る。私は何もしていない」
「何もしてなくていいよ。其処に居てくれれば」
「…………」
「あんたが其処にいてくれれば、それでいい」
「…………」
「それで、充分救われる」
言いながら目を閉じた当麻の口から、とたんに寝息が洩れだした。
まるで赤ん坊のように無防備に眠る当麻の寝顔を眺めて、夜光はくすりと笑みをもらす。
外は満月。
冴えた月明かりの晩だった。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
113311HITキリ番リクエスト。今回のお題は「当麻と夜光の会話」でございました。
なんというか、かなり珍しい甘えたちゃんの当麻です。
本当に、夜光の前だと、奴はただのガキんちょですね(笑)。
ただ、これって世の中の征当に喧嘩売ってるのかなあとちょっと思いました。
だって、一緒に寝てても彼等には何もないでしょうから(笑)。まあ、それがうちの子達なので。
お互い好きな人は他にいますし(爆笑)。
ただ、翌朝どうなったかは、皆様のご想像にお任せします。
1・征士が先に起きて、「なんだこの状況は」と当麻をベッドから蹴り落とす。
2・伸が起こしにやってきて、絶句する。(というか当麻の言い訳大会開始)
3・秀が起こしにやってきて、大騒ぎになる。
以上、お好きな展開をご想像ください。

星蘭さん。こんな感じで宜しかったでしょうか。これからもどうか、末永く夜光を愛でてください。

2004.11.6 記   

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