月の記憶

何故、そう思ったのかなんて解らない。
ただ、何だか解らない違和感があった。何かが違うと思った。
何か。何処かが、違うんだと。
オレには、幼い頃からのすべての記憶があった。逢えばすぐに解ると思ってた。
実際、初めて秀に会った時、オレはすぐにピンときた。金剛だ。
伸を捜して萩に行った時もすぐに解った。ああ、あいつだ。あいつが水滸だ。
だから、すぐに解ると思っていたのに。
何故、こいつに対してだけ、こんな違和感があるのだろう。
遼に対して感じたものとも違う。なんといっても遼を違うと思ったのには明確な理由があった。
でも、こいつにはない。ないのに何故。
解らなくて解らなくて。
おれはずっと戸惑っていた。
光輪ではないと思ったわけではない。
むしろ、とても近いと思った。
とても近くて、遠くて。とても遠くて、でも近い。
何を言ってるんだオレは。
頭の中で組みたてている言葉でさえも、筋が通ってない。支離滅裂だ。
なんでオレはこいつに対して、こんな妙な感情を持たなくてはならないんだ。
オレはこいつの中に何を見ているんだ。
「お前、誰だ?」
ついにオレがそう聞くと、征士は明らかに怪訝そうな表情をしてオレを睨みつけた。
「……智将天空ともあろう者が、人の名前も覚えられないのか。私は伊達征士だ」
「いや……そういう意味じゃなく……」
「ではどういう意味だ」
それがわかれば苦労はしない。
煮え切らないオレの態度に、征士は傍目にもはっきりと解るほど大きくため息をついた。
「いい加減にしろ。智将天空」
「そういう名前で呼ぶなよ。お前」
「……では、貴様も私の名前くらい覚えろ」
「だから名前を忘れたわけじゃないって言ってんだろ!」
「そうなのか?」
小馬鹿にしたような目でオレを見る征士。
「……貴様が間違わず私の名前を呼べば、私もお前を当麻と呼んでやろう。それとも他の名前がいいか?」
「…………!?」
言葉に詰まる。
ギクリと自分の心臓が跳ね上がった気がした。
何を言ってるんだこいつは。
こいつは。
恐らくかなり引きつっているであろうオレの顔を凝視したあと、征士はふと視線を落とし、そのまま無言で部屋を出ていった。
「…………?」
何故だろう。ほんの一瞬、奴の顔が泣きそうに見えた。
オレはくしゃりと前髪を掻き上げ、そのまま手近にあったベッドに腰を降ろした。
オレは何を考えているのだろう。
オレは何を期待しているのだろう。
オレは。
「…………」
考えたくない方向へ意識が向かう。
オレは期待しているのだろうか。
他の名前で呼ばれることを。
あの紫水晶の瞳の、端正な顔立ちの、あの男の口から、あの名前が出てくるのではないかと。
もう一度、あの名前で呼んでくれるのではないかと。
それだけを期待しているのだろうか。
「バカバカしい。いくら転生してるからって記憶は……」
言いながらオレは自分が戸惑っているのが解った。
そうなんだ。
感じている違和感は。奴のああいった言動に、あの男の影が見え隠れするからだ。
同化しているのではない、別の意識として、あの男の影が見えるような気がするからなんだ。
これは、どういうことだ。
わからない。解らないことが多すぎて混乱する。まったくオレらしくない。
こんなのはちっともオレらしくない。
オレは落胆とも自嘲ともいえないため息をつき、ようやく立ち上がった。

 

――――――書斎にこもり、パソコンと向き合って数時間。
ずっと休まず動かし続けていた指を止め、オレは部屋の時計を見あげた。
針は午前2時を指している。
「………………」
ひとつ息を吐き、オレは飲み残しの珈琲に口を付けた。
少し苦い。伸がオレの好みに合わせて少し濃いめに入れてくれたのだろう。
ぐいっと残りを一気に飲み干してオレは椅子から立ち上がる。
さすがにそろそろ寝ないと明日の朝起きられなくて、また伸に小言を言われそうだ。
カチッとパソコンの電源を切り、キッチンでカップを洗うと、オレは二階へと上がっていった。
廊下はしんと静まり返り誰の気配もない。皆、正体なく眠りこけてでもいるのだろうか。
そっと静かに自分達の部屋のドアを開ける。
毎日の事なので、さすがに征士はもうオレが部屋に戻ってきたくらいで目を覚ますことはないが、それでも少しだけ遠慮がちにオレは部屋の中に足を踏み入れた。
「……?」
オレは一瞬目を疑った。
いつもこの時間間違いなく自分のベッドで寝ているはずの征士の姿がなかったのだ。
「……どういう……ことだ?」
下へ降りてきていた気配はなかった。
いくらオレでも真夜中、階段を降りてくる足音くらいはキーボードを打っていても気付く自信はある。
それなのに。
「階段を降りて来てないってことはベランダか?」
ガラリと部屋の窓を開ける。
誰の姿も見えない。
オレは再び廊下に戻り、突き当たりにあるベランダへ出る硝子扉を押し開けた。
ヒュウっと風が吹き抜ける。
外は満月で、やけに月の光が明るく見えた。
「……月?」
月の光は、ひとりの男を思い出させる。
淡い光に吸い込まれそうな、しなやかな髪をした懐かしい男を。
「………………」
懐かしい彼の人を。
ふと視線を落としたオレの目に一人の男の影が映った。
「……!?」
オレは一瞬息を呑む。
まさか。
そんなこと。
そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。
「……コ……」
言いかけて口をつぐむと、オレはそのままベランダから地面へと飛び降りた。
「……?」
ドンっという音に月を見あげていたその影がオレの方を振り返る。
やはり。
間違いない。
このオレが間違えるはずがない。
「……お前は誰だ?」
オレの質問に征士が眉間に皺を寄せた。
「何をまたくだらないことを言ってるんだ。天空。私の名前は……」
「名前の事を言ってるんじゃない。それにお前に言ってるんでもない」
「…………?」
征士の眉間の皺が深くなる。
「お前じゃない。あんただ。あんたに訊いてるんだ。あんたは誰だ」
「…………」
征士は驚いたように息を呑んだ。
「オレには見える。征士の中に別の意識が見える。あんたは誰だ」
「…………」
「誰……なんだ……」
言いながら自分の声が震えていくのがわかった。
征士の顔が征士であって征士でないものにとって変わるのが解ったからだ。
「……あんた……誰だ……?」
何かよくわからない黒い塊が喉元にこみ上げてきた。
「あんた……征…士じゃ……ないな……」
「………私が誰かわからないのか………?」
「……え?」
ふわりと征士であって征士でない顔が微笑んだ。
「私だ」
「……私……?」
「私だよ。天空」
「……!?」
「私は、此処にいるよ……」
懐かしい。それは、とても懐かしい、昔よく見た涼やかな笑顔だった。
いつも静かにオレを見つめていてくれた心優しき光輪の、その笑顔だった。
「……コ……ウ……?」
名前を呼ぶと、夜光は嬉しそうに口元をほころばせた。
間違いない。夜光だ。
本当に、本当の、夜光だ。
「本当に……本当にあんたなんだな……」
「…………」
遙かな昔、そうしたと同じようにオレは夜光の服の裾を掴み、その紫水晶の瞳を覗き込んだ。
「捜してしてたんだ。ずっとずっと…………あんた何処にいたんだよ。せっかく出逢えたのに、なんでいないのかって、オレは、ずっとずうっと捜してたんだぞ」
「…………」
「逢いたくて……ずっとずっと、捜してたんだ」
「……天城」
逢いたくて。もう一度その名前で呼んで欲しくて。
ほかの誰でもない。この男に名前を呼んで欲しくて。
オレは、ずっとずっと。
出逢う前も、出逢ってからも。ずっとずっと。
「……コウ……夜光……」
「…………」
「コウ……」
「どうした? 天城」
「…………」
「天城」
耳に心地良い響きのある声。夜光の声だ。
オレはしばらくの間、目を閉じてじっと夜光が自分を呼ぶその声を聴いていた。
「天城?……天城?」
ようやく心のつかえが取れたような気がした。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
105000HITキリ番リクエスト。今回のお題は「当麻と夜光の出逢い」でした。
本当はその後の2人の会話も…ってことだったのですがページ数(?)の関係上、出逢いのみでございます。しかもすべて当麻視点となってしまって、征ちゃんの意志はあまり見えてこないという。ごめんなさいです。
また機会があれば、夜光と当麻の話は書きたいですね。
夜光ファンの皆様と同じく、私も夜光の消滅を寂しいと思っている一人ですから(笑)。
星蘭さん。こんな感じで宜しかったでしょうか。
これからもどうか、末永く夜光を愛でてください。

2004.07.10 記   

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