言葉の魔法

『……兄様、斎の最後の我が儘を訊いて下さい』
『私の最後の我が儘です。兄様……私を殺して下さい』
『兄様の手で、どうぞ私を殺して下さい』

「…………!!!」
声にならない叫びが口をついて出そうになる。
皆が寝静まった真夜中。こみあげてきた吐き気を誤魔化すように小さく咳をすると、眠っていたはずの烈火が薄く目を開けてオレを見た。
「眠れないのか? 天城」
「……いや、そうじゃない。夢見が悪くて目が覚めただけだ」
「そうか」
「起こして悪かった。気にしないで寝てくれ。オレはちょっと外の風にあたってくる」
「…………」
心配そうな烈火に対し、何とか安心させられるような笑顔を見せてオレは外へと飛び出した。
風が冷たい。
そろそろ山は冬支度を始める時期なのだろうか。
皆が寝ている小屋からなるべく離れ、誰もいないことを確認して、オレはようやく地面に膝を突いた。
再び吐き気がこみあげてくる。
自分が犯してしまった罪へのどうしようもない自責の念がオレの意識を支配する。
漆黒の闇がオレを手招きしているのが見えるようだ。
こっちへこい。
こっちへこい。
罪人は罪人らしく、後悔にさいなまれて苦しむがいい。
何度生まれ変わっても、お前の罪は消えないのだから。
決して消えることはないのだから。
「…………」
オレは仰向けに地面に寝転がり、空を見上げた。
天井には満天の星々。澄んだ光。
「……愛していたよ」
ぽつりと呟いてみる。
誰にも届かない言葉。届けてはいけない言葉。
「……愛していたよ。誰よりも」
誰よりも。
お前がいない世界など想像出来ないほど。
この手でお前を殺さなければならなかったほど。
そうする以外の手段を思いつくことすら出来なかったほど。
「……愛していたよ」
本当に。
本当に。

 

――――――「……まったくもう。こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうじゃない」
目を開けると、いつの間に朝になっていたのか、眩しい朝日の下で、水凪がぷうっと頬をふくらませてオレを覗き込んでいた。
「……あれ? 水凪?」
「あれじゃないよ、もう」
ますます頬をふくらませて水凪はオレを睨みつける。
「起きたら居ないんだもん。驚いちゃった。烈火も心配してたよ」
「烈火も……?」
昨夜の夢が蘇る。
心配気な目をして、それでも烈火は外へ出ていくオレを止めようとはしなかった。
それは烈火のオレに対する配慮であり、優しさなのだ。
オレが皆と居ると息が詰まってしまうことを、あの人はとてもよく理解している。
過去の記憶も何ももたなくても、あの人には解るのだ。
きっと。
「悪かった」
素直に謝って身を起こしたオレを支えようと腕を伸ばし、水凪はふと、困ったように眉をひそめた。
「天城」
「何だ」
「……何か辛いことあったの?」
「…………」
オレは何も答えられず、口をつぐむ。
水凪はやはり心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
「…………」
不安気に眉が寄せられる。
と、突然、水凪は何を思ったのか、オレの胸に手を当てて、そっと目を閉じた。
「大丈夫」
ささやくように水凪が言った。
「………え?」
「大丈夫。大丈夫だから」
もう一度。
「水凪……?」
「何もかも全部、大丈夫だから」
そう言って、水凪はにこりと笑って顔をあげた。
「あのね、心が痛くなった時は、こうやって胸に手を当てて、大丈夫ってささやくんだ。何度も何度も。そうしたら、少しずつ楽になっていくんだよ」
「楽…に?」
「そう」
ひとつ頷いて、水凪は再びオレの胸に手を置いた。
「大丈夫。大丈夫」
繰り返し、繰り返し、水凪はささやき続ける。
まるで、穏やかな波が寄せては返すように、何度も何度も繰り返し。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
水凪がささやくたび、心が少しずつ軽くなっていくような気がした。
罪も、罰も、恐怖も、後悔も、嘆きも。
何もかもが、オレの中を通り抜けて向側へ消えていくような気がした。
すべての出来事が、癒しの力の前で浄化されていくような気がした。
そして、重なる。
水凪の声が、愛しい妹の声と。
誰よりも大切だった、愛しい妹の声と。
「水凪……」
無意識の呼びかけに、水凪が顔をあげた。
「……?」
「……水凪。お前は倖せか?」
「…………」
「この時代にこうやって産まれてきて、倖せか?」
「…………」
失った大切な命。
もう一度逢いたくて。
どんな形でもいいから逢いたくて。
自分の手を血に染めても、それでも逢いたくて。
逢いたくて仕方なかった。
「僕ね、烈火が僕を見つけてくれなかったら、死んでたかもしれないんだ」
ふわりと笑いながら、水凪はそう言った。
「僕は感謝してる。烈火に出逢えた事。夜光に出逢えたこと。鋼玉に出逢えたこと。そして、天城に出逢えたこと。とってもとっても感謝してる」
「…………」
「大丈夫」
もう一度、水凪はそう言った。
「だから、大丈夫。僕は倖せだよ」
「…………」
「僕は倖せだよ、天城。有り難う」
「……あり…がとう…?」
「有り難う、天城。僕はとても倖せだから」
「…………」
有り難う。
恐らく水凪はその言葉の持つ本当の意味など気付いていないのだろう。
でも、それでも、その言葉がどれだけオレの心を楽にするかは知っているのだ。
大丈夫。大丈夫。繰り返しそう告げる。
大丈夫。後悔なんかしていない。
大丈夫。産まれてきてよかったと思ってるから。
大丈夫。みんなに逢えてよかったと思ってるから。
もう一度、この世に生を受けることができてよかったと、心から思ってるから。
あの時、自分は、兄様の手にかかったこと、後悔なんかしていない。
だから、大丈夫。大丈夫なのだと。
水凪は繰り返し、そう告げてくれるのだ。
「大丈夫」
最後にもう一度そうささやいて、水凪はオレの胸に頭をもたせかけた。
「どう?」
「…………」
「ほんの少しだけでも、楽になった?」
「……ああ」
オレは水凪の柔らかな髪を撫で、そっとその小さな背中に腕をまわした。
柔らかな海の香りが広がる。
誰よりも愛しいと思っていたあの妹は、こんなにも強くなって再びオレの目の前に現れてくれた。
これが奇跡でなくて何なんだろう。
これが運命でなくて何なんだろう。
だから。
もう二度と、哀しませない。
もう二度と、苦しませない。
この使命が続く限り、何度でも生まれ変わって、何度でも護ってやろう。
大切な、大切な、この魂を。
オレの全身全霊をかけて。
護ってやろう。
それが、せめてもの償い。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
80000HITキリ番リクエスト。今回のお題は「天城の水凪に対する気持ちのお話」でした。
このエピソードは、天城が烈火達と出逢ってすぐくらいの時期ですね。
だから、天城にとっては、烈火や水凪より、柳や斎の印象のほうが心に大きくのしかかっている頃。
もう少しすると、きっと天城も夜光あたりに甘えるようになっていくのですが、まだ、その甘え方を覚えてなくて、独りで苦しんでいた頃ですので、ちょっと孤独でございました。
自分が手にかけてしまった妹の生まれ変わりである水凪を、どう扱っていいかわからなくて、戸惑いながらも、それでも気になって気になって、っていう感じ。
この話の段階では、まだまだ天城の中では、水凪本人よりも斎のほうが大切みたいになってますが、そのうち少しずつ逆転していきます。
で、烈火の死の後はもうもうもう……って感じ(どんな感じだよっっ)
そして、こういった気持ちをすべて抱え込んだまま、現在の当麻は存在しております。
さあっ、当麻。伸を頼んだぞ。(←結局はそこに落ち着くのね)
mitukiさん。当麻を語る上で、決して避けて通れない天城を語る機会をくださいまして、本当に有り難うございました。
こんな感じで宜しかったでしょうか。
これからもどうか、宜しくお願いします。

2003.10.25 記   

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