小さな奇跡

「あれ…?」
朝起きて、目に飛び込んできた部屋の模様に僕は違和感を覚えた。
といっても別に見知らぬ部屋に寝ていたわけではない。此処はちゃんと僕の部屋。正確には僕と秀の部屋なのは間違いない。
でも、何だろう。
とてもとても違和感を感じる。これはいったいどういう事なんだろう。
不思議に思いながら身体をおこした僕は、突然頭痛に襲われた。
な…何だよこれは。
「い、痛い」
とりあえず頭が痛い。
いや、これはとりあえずどころじゃない。かなり痛い。めちゃくちゃ痛い。
これって、もしかして世に言う二日酔いっていうやつなのだろうか。
考えて僕は少し青ざめる。
未成年者が二日酔い? それはまずいだろう。
いや、そんないうほど飲んだわけじゃないんだから。などと言い訳してみても始まらない。
確かに僕は昨夜、酒を飲んだ。
でも、当麻も一緒だったはずだ。あいつは平気なんだろうか。
そう。確か昨日は、いつも行ってる酒屋に買い出しに行ったのだ。醤油と砂糖とみりんを買いに。
そうしたらお店のご主人が知り合いから珍しいワインを貰ったのでどうかなと、にっこり笑って1本のワインの瓶をだしてくれた。
いつも贔屓にしてくれているから、ちょっとしたお礼だよ。そう言って店のご主人は笑った。
ただし、味がどうだったか、あとで教えてくれときた。
これは、単なる毒味として(違う、モニターとして)僕等を選んだってことなのだろうか。
未成年者にワインを勧める酒屋も酒屋だなあとか思いながら、にっこり笑ってそれを受け取った自分も確かにどうかしていたのかもしれない。
どうかしていたといえば、結局貰ったワインをその日のうちに開けることになったのは当麻の所為。
いちおう毒味役(もとい、モニター)としての役目があるから、早めに飲もうとは思ってたけど、本当は秀あたりにちょっと味見させてあげようと考えていたのだ。
それなのに、すっかり忘れてて思い出したのはみんなが寝静まった真夜中。
そうしたら、当麻がいつの間に見つけたのか、例のワインを持って居間へ現れた。
少しくらいならいいかなあと思って栓を抜いて一口飲んでみたら、これがかなり美味しい。
一口だけと思ってたのがいつのまにか。
「……ってやっぱり二日酔いじゃないか。これ」
自分で自分の言葉に落ち込む。何やってんだか。
本当に頭が痛い。
でも頭が痛いだけでこんなに部屋の中に見えるものの印象が違うものだろうか。
此処は僕の部屋。隣には見慣れた秀のベッド。
シーツがぐちゃぐちゃのままってことは起きてそのまま下へ行ったな。秀の奴。
朝起きたらちゃんとベッドは綺麗にしておけっていってるのに、まったく。
仕方ない。今日だけはやってやるか。
「……あれ?」
本日二度目のあれ。
ベッドから降りて、僕は首をかしげた。
おかしい。秀のベッドってこんなに高かったっけ?どうして目線の所にベッドの端があるんだろう。
確か僕等のベッドはふたつとも腰の高さにあったような……って、僕のベッドの高さも違う?
あれ。
ちょっとまて。
ちょっとまて。
ベッドだけじゃない。
どうしてこのサイドテーブル高いんだ?
棚も。窓も。ドアノブの位置まで。
「……………」
どうして、見あげるほど高い位置に棚がある。
何かが起こった。
間違いなくそうだ。
僕は慌てて棚の中央に置いてある鏡を取ろうとした。
「……くそっ」
なのに。
届かない。
手を伸ばしても鏡に手が届かないなんて冗談みたいだ。
えっと椅子はどこだっけ。ああ、あった。
僕は、焦る心を抑えて棚のそばまで椅子を引き寄せた。
普段片手で軽く運べるはずの椅子が、やけに重く感じる。ってことは僕の力も弱くなってるのだろうか。
ころなしか手まで小さくなってて、これじゃまるで幼稚園児の手だ。
「……幼稚園児?」
嫌な予感。っていうか、そんなことが現実に起こるわけはない。
あーもう。考えてみても始まらない。
とにかく鏡だ。
鏡に自分の顔を映してみれば何がどうなってるのか少しは……。
ドンガラガッシャーン。
椅子の上に立ち、思いっきり手を伸ばして鏡を取ろうとした拍子に僕はバランスを崩し、盛大に椅子から転げ落ちてしまった。
痛い。痛い。めちゃくちゃ痛い。もう、泣きたい。
ようやく鏡をつかんだとたん椅子ごとひっくり返るなんて。
もう最悪。
しかも受け身もとれなかったので、かなりの激痛が肩に走っている。本気でこれは最悪かも知れない。
「………………」
なのに。
世の中にはもっともっと最悪なことがあった。
最悪。っていうか。
待て。
本当に、ちょっと待て。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
落ち着くんだ毛利伸。
頼むから落ち着いてくれよ。
ここでパニクっちゃいけない。
こういう時ほど冷静に。冷静にならなきゃ。
「おーい! 伸。どうかしたのか? 今、すげえ音したけど、なんか倒したのか?」
ドアの向こうから秀の声が聞こえた。
「……!!」
やばい。
何故だろう。僕はとっさにそう思った。
「おい、伸! ……あれ?伸?」
ガチャリ。
ドアが開く瞬間、僕は窓から身を乗り出して、下の地面へと向かってダイブしていた。
「おっかしいな。誰もいない…?」
頭の上からそんな秀の声が微かに聞こえた。

 

――――――なんで。
なんで、僕は。
なんで、僕は逃げ出したんだろう。
とっさに窓を開けて下へ飛び降りて。(下が芝生で本当良かった。)
なんで逃げ出したりしたんだろう。
これで更に話がややこしくなる可能性大だっていうのに。
やはりパニクってるんだろうか。僕は。
あれ程落ち着けって自分自身に言い聞かせたのに。
と言っても、これが落ち着いていられる状況でないことは、僕が一番理解している。
確かにパニクっておかしくない状況なんだ。
ってか、此処でパニクらなければ人間じゃない。
いつも冷静な征士だって、きっと僕と同じ状況になれば、とても冷静でなどいられないはず。
絶対そうだ。
だって。
だって。
どうして。
僕は。
こんな幼稚園児のような身体の大きさになっているんだ。
小さくてぽちゃぽちゃっとした自分の手を見て、僕は大きく大きくため息をついた。
先程部屋で見た鏡に映った自分の顔。
それは、信じられない姿だった。
鏡の中に見えた僕の顔は、僕とは似ても似つかない顔だった。
髪の色も少し黒っぽくなってて、印象が全然違う。
まさに見たことのない小さな子供。
『名探偵コナン』ってあれも確か変な薬を飲んで身体が縮んだ少年の話だったような。
『南くんの恋人』は、確か交通事故に遭って小さくなったんだっけ。
ってあれは小さくの意味が違う。
ああ、やっぱり僕は混乱してるんだ。
見たこともない顔。自分のものじゃない身体。
これは、僕の身体が縮んだのか。誰か他の人間の身体に僕の意識が入り込んだのか。
他の人間なのだとしたら、その身体は何処からきたのか。僕は自分の部屋で眠っていたのに。
螺呪羅あたりの新手の幻覚攻撃か?
まさか。
バカバカしい。
そんなバカなことが。
では、どうやれば、今のこの状況を説明出来る。
「………………」
説明。
そんなもの出来ない。
僕は、何故逃げ出したんだろう。
何故。
「……恐かったんだ」
誰にともなく僕はつぶやいた。
ドアを開けて僕を見た秀に、お前は誰だって言われるのが。
秀が僕に気付かないんじゃないかって。
そう思って恐かったんだ。
それが恐くて。恐くて。
どうして。
どうして、そんなふうに思ったんだろう。
決まってる。
僕が僕を信じてないからだ。
鏡の中の自分を見て、僕が僕を認めたくなかったからだ。
「………………」
太陽が昇ってくる。あたりが明るくなる。
燦々とふりそそぐ日差しの中で、僕は所在なげに立ちつくしていた。
何をしているのかわからない。
何処へ行けばいいのかわからない。
どうすればいいのかわからない。
紅葉のように小さな手。
ぽちゃぽちゃっとした子供の手。
僕のものでない僕の手。
「お前、どうしたんだ。そんな所で」
突然後ろから聞こえた声に僕は飛び上がって振り向いた。
「……当麻…?」
ちょうど庭に出てきていたのか、当麻が驚いた目をして僕をじっと凝視していた。
「……………」
やばい。
次に出て来るであろう当麻の言葉を聞きたくない。
絶対聞きたくない。
「お前…まさか…」
僕はくるりと後ろを向いて走り出した。
聞きたくない。見たくない。
当麻が僕を解らないなんて状況、絶対嫌だ。
こんな外見なんだから、解らなくて当たり前なんだけど。それでも嫌だ。
説明すればすぐに解ってくれたとしても、それでも嫌だ。
当麻が僕を僕として見ない一瞬があるだけで嫌だ。
絶対、絶対、絶対、嫌だ。
僕は柳生邸の庭を突っ切り、バス通りから道を逸れて脇の山道へと走り込んだ。
「お…おい! 待てよ!!」
当然のように当麻が追ってくる。
どうして。
どうして。
どうして。
「何で逃げるんだよ。伸」
「…………!?」
ピタリと僕の足が止まった。
「伸だろ」
「…………」
僕は恐る恐る後ろを振り返る。
「伸?」
しゃがみ込んで僕の目の高さに顔を近づけ、当麻がいつもの笑顔で笑った。
「驚いた。なんで逃げるんだよ。伸なんだろ」
「どうして…」
僕はそれだけいうのがやっとで。
他に何を言っていいのかわからなくて。
「どうして…」
「何でわかるのかって?そりゃわかるよ」
優しく微笑んで、当麻はくしゃりと僕の髪を掻き回した。
「……………」
「オレを誰だと思ってる。オレは羽柴当麻だぞ」
「……………」
「どんなに姿が変わっても、お前の事だけはわかるよ」
「……………」
「あまりオレをなめるな。伸」
「………と…当麻……」
「好きだよ」
そっと小さな宝物を包むように、ふわりと当麻の腕が僕を抱きしめた。
「当麻…?」
「ほら、やっぱり伸だ」
「……………」
「伸」
当麻の腕の中はとてもとても温かくて、懐かしくて、僕は安心して瞳を閉じた。
「大好きだよ。伸」
当麻のささやきが僕の耳に届く。
「どんな時でも、ちゃんとオレは見つけてやるから」
「……………」
「ちゃんとお前のそばにいるから」
「……………」
「そばにいるから」
「当麻…ぼ…く……」
当麻の手がそっと僕の髪を掻き上げ、優しく頬に触れた。
いつも見慣れた当麻の瞳。深い宇宙色の当麻の瞳。
僕の事を信じて疑わない、大切な瞳。
「当麻……」
「大好きだよ。伸」

 

――――――「めっずらしいな。伸がまだ起きてこないなんて。おーい! 伸!」
ガチャリというドアの音に、僕はびっくりして飛び起きた。
「……あれ?」
「……ん?」
きょとんとした僕の顔を見て当麻が不審気な目を向ける。
「なんだ。起きてるんじゃないか。どした?伸」
「…………」
なんと、僕はいつもの自分の部屋の自分のベッドの上にいた。
まわりにみえる部屋の感じもいつも通りだ。ベッドの高さも、棚の高さも変わらない。
違和感など何もない部屋。
何だったんだ。さっきのは。
「あ…そうか」
僕はつぶやいた。
さっきのは夢だ。
そうか夢か。
ああ、夢だったんだ。
そうか。そうだよ。夢だよ。夢に決まってる。
でなきゃ、あんな不思議な事があるわけ……。
『大好きだよ。伸』
「………!」
ふいに耳元に先程の夢の中の当麻の声が蘇った。
夢にしてはあまりにも鮮やかに耳に残っている当麻の声。
抱きしめられた腕の感触。
「どうした、伸。顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「………!?」
思わず僕は再びシーツを頭から被った。
「お…おい?」
顔から火が吹きそうだ。
何で、僕はあんな夢を見たんだろう。
やばい。
当麻の顔がまともに見れない。
これはマジでやばいかもしれない。
「伸?」
何も知らぬ気に(当たり前だが)当麻が僕のベッドに歩み寄る。
「伸?」
「…………」
「どした?」
「な…なんでもない」
「…………?」
当麻は有り難いことに、それ以上何も訊かずにストンとベッドの脇に腰掛けた。
「秀が朝食作ったから起きてこいよ」
「う…うん」
「頭痛いのか?具合悪い?」
「ううん。大丈夫」
「……………」
しばらくじっと僕を見つめていた当麻が、突然、ふいにシーツの上から僕を抱きしめてきた。
「………!?」
蘇る夢と同じ感触。
「と…当麻!?」
「……………」
「当麻!離せよ!」
「……………」
「当麻!!」
当麻は一向に腕をゆるめようとしない。
「当麻! いい加減に…」
「悪い。今、何か無性にめちゃくちゃお前を抱きしめたくなった」
な…何を言ってるんだこいつは。
焦って身体を引きはがそうとする僕を無理矢理押さえ込み、当麻は抱きしめてくる腕に力を込める。
「……と……当麻っっ!」
「大好きだよ。伸」
「………!」
僕の身体からすっと力が抜けた。
「大好きだよ。伸」
夢と同じ口調で、当麻は言う。
何度も何度も。確かめるように。
好きだ、って言葉を。
こんな僕なんかに。
でも、その言葉は何だか気恥ずかしくて、くすぐったくて、とても温かくて。
そして、とてもとても気持ちいい。
「……まったく、何バカなこと言ってんの。脳みそ腐ってるんじゃない?」
気持ちと裏腹な意地悪な言葉を投げる僕に、当麻は少し困ったような顔をして僕の身体をようやく離した。
「ほら、ベッドから退いてよ。起きるんだから」
「あ…ああ」
こんなふうに、いつもと変わらない朝が来る。
それはとても倖せなことかもしれない。
当麻の宇宙色の瞳をみながら、僕はふとそう思った。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
67676HITキリ番リクエスト。お題は「小さくなった伸を困惑しながら面倒見る当麻」。
なんというか、かなりはずしまくった内容になってしまいました。すみません。私の脳みそではこれが限界らしい(笑)。
困惑してるの当麻じゃなくて伸だし、当麻最後しか出てこないし、夢オチだし。(-.-;)y
何書いてるんだろう。わたしってば。
でもでもっっ、伸って常識派だから、きっと当麻より伸の方がこういう状況になったらパニクるんじゃないかなあ。
ねっねっ、そう思いませんか?皆様。などと逃げてみる。
そして、これって実は私が書いた初めての伸一人称小説なのです。
ふーん。伸ってこんなふうに考えてたんだぁって思っていただけるといいなあ。
とりあえず、当麻にたくさん伸を好きって言わせたかったので、それだけは納得。(←自分だけ納得してどうする)

なにはともあれコガワさん。こんなものでよろしかったでしょうか。
のしつけて捧げさせていただきますので、可愛がってやってください。(^^ゞ

2003.05.31 記   

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