癒しの手

「すごいな……本当に傷が治っていく……」
斎の手が添えられた箇所からすうっと傷口がふさがっていく。
禅はホウッとため息をもらしながら、目の前で起こる奇跡のような現象を見つめた。
先程、誤って切ってしまった指の赤い血がとまり、まるで何も怪我などしなかったような綺麗な肌に戻っていく。
「紅、ほら、お前もちゃんと手だして。動かすなよ」
「…………」
紅は居心地悪そうに顔を歪めながら、禅に言われるままに、斎の細い手に自分の手を添えた。
斎はふふっと笑いながら、すうっと撫でるように紅の白い肌に触れる。
とたんに紅の腕の痣が色を失っていった。
なめらかそうな肌が、健康的な色を取り戻していくのを見て、再び禅が感嘆の声をもらした。
「本当に不思議な力だよね。どんな薬草を使ったって、こんなふうには治せないもんな」
紅の体中に残る数限りない傷跡。
それが斎の手によって少しずつ少しずつ消えていく。
斎はほんの少し淋しそうに微笑むと、僅かに紅の手を握る力を強めた。
「私の力は貴方達のように戦うことが出来ない代わりに、神様が与えてくれた力なんです。きっと。でなければ、私はただのお荷物でしかなくなるんだから……」
「そんなことはない!」
思いがけず紅が激しく斎の言葉を遮った。
「……紅……?」
滅多に声を荒げない紅の珍しい態度に禅が目を丸くする。
「あ……いや……その……貴女は決してお荷物などでは……ないと……思う」
「…………」
「だから……その……」
「……綺麗な瞳をしているのね。紅は。貴方の心と同じに……」
斎がそっとささやくと、紅は真っ赤になって、腕を引っ込めた。
「そ……そんな……オレは綺麗なんかじゃ……ない……オレは……」
真っ赤な顔をしてしどろもどろに言うが早いか、紅はすくっと立ち上がりまるで逃げるようにその場を走り去って行った。
「ご……ごめんなさい。なんか……」
思わず禅が申し訳なさそうに頭を掻く。
「随分ましにはなってきたんだけど、あいつ、人と話をするの苦手だから……あんな言い方しか出来なくて……」
「大丈夫ですよ」
ふわりと斎が微笑んだ。
「紅がとても優しい人だっていうことは充分解りますから」
「…………」
禅は声を詰まらせて斎の優しげな顔を見つめた。

ようやく見付けたのだ。
斎達に出逢った時、本能的にそう思った。
遙かなる長い旅路の果て。自分達はようやく居場所を見付けたのだ。

宇宙色の瞳の青年、雫と、その傍らに寄り添うように立っていた斎。澄んだ黒曜石の瞳をもつ柳。
まるで、出逢うことが最初から決まっていたかのように、雫と名乗った宇宙色の瞳の青年は、懐かしそうに目を細め、「やっと逢えたな」と、それだけささやくように言った。
ああ、これで自分達の旅は終わったのだ。
大いなる安堵感と、ほんの少しの寂寥感を胸に、禅が微笑みかけると、彼らは両手を広げて2人を歓迎してくれた。

それから、約1ヶ月。
最初はどうしても警戒心を解けなかった様子の紅の態度が、最近ずいぶんと柔らかくなった。
まだ、ほとんど言葉らしい言葉も交わせてはいなかったが、少なくとも、自分のまわりに禅以外の人間が居ることに紅が慣れてきているのが見て取れる。
「ゆっくり、慣れていこうな」
何でもないことのように雫が言うと、傍らで斎が小さく頷く。
そのそばで柳が明るい瞳で笑いかけていた。

優しい空間。
それは、そのまま斎の創り出す癒しの力そのもののようだった。

「貴女の力……身体の傷だけじゃなく心の傷も治せたらいいのにな……」
じっと斎を見つめながら、禅がぽつりと言った。
「…………」
「あ……ごめんなさい……変な事言って」
「辛いことがたくさんあったのですか……?」
そう言って斎の小さな手が禅の頬に触れた。
「……わかんない。いろんな事があったよ。嫌なことも苦しいこともたくさん……。でも、オレはいいんだ。オレは紅と一緒に居るだけで倖せだったから……でも……」
「…………」
「オレ……いつも、いつも悔しくて仕方なかった。そばに居るだけで何にも出来ない自分が悔しくて仕方なかった。あいつに触れることも出来ないまま、ただ見てるしか無かった時、オレ、どうしていいか解らないほど悔しくて仕方なかった」
そう言って、禅はきつく唇を噛んだ。

相手の心を全部解ってやれたら、これ程苦しく感じずにいられたのだろうか。
紅の苦しみのほんの僅かでもいいから、感じ取れたら、少しは紅を楽にさせてやれたのだろうか。
誰よりも慈しんでもらえて当たり前の母親に、疎まれ、蔑まれてきた紅の心の傷は、禅には永遠に理解できない。
すべての人間を信じることが出来なくなるほど、傷つき疲れ果てた紅の心は、どうすれば癒されるのだろう。
倖せになろうな。紅。
ずっとずっと、そう言い続けて。そう言い続けることしか出来なくて。

「……それでも、ずっとそばに居てあげたんでしょう?」
斎が言った。
「何も出来なくても、ずっと貴方は紅のそばに居てあげたんでしょう」
「…………」
「それだけで、紅はとても倖せだったのではないかしら」
「…………」
「好きな人がそばに居てくれる。自分の事を大切に想ってくれている。それを感じるだけで、人は倖せになれるの」
「…………」
「紅は、今、とても倖せだと思います。貴方に出逢えて」
禅が眩しげに斎を見つめてそっと言った。
「さっきの言葉、間違いだった」
「……?」
「貴女の手、身体だけじゃなく、心の傷も治せるよ」
「…………」
「だって、貴女が触れてくれてるだけで、こんなにも穏やかになれる。心が暖かくなる」
「……禅…………」
「ありがと」
ほんの少し頬を赤らめてそうつぶやくと、禅はすっと立ち上がり、紅の後を追って駆けだした。
去っていく禅の後ろ姿を見送りながら、斎はそっと自分の手を握りしめた。

癒しの手。
この手で、自分の愛するすべての人達を守れますように。
すべての哀しみから、守れますように。
さらりと斎の長い髪が風に舞った。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
はじめて挑戦いたしました。キリ番リクエスト小説です。
山も落ちも意味もない、本来の意味でのやおい小説となってしまいました…・(爆)
すみません、こんな物しか出てこなくて。
後半部分の禅の台詞だけは、いつか言わせてやろうと思って暖めていたのですが、今回リクエストしてくださった内容がちょうど紅と禅と斎だったので、これは今書けっていう天の声なのだと勝手に納得して使ってしまいました。
こんな物でよろしかったでしょうか?
如月仙華さん、リクエスト本当に有り難うございました。

2001.08.25 記   

目次へ

 

是非是非アンケートにお答え下さいませませ(*^_^*)
タイトル
今回の内容は? 
今回の印象は?
(複数選択可)
感動した 切なくなった 面白かった 哀しかった
期待通りだった 予想と違った 納得いかなかった
次回作が気になった 幻滅した 心に響いた
何かひとこと♪
お名前 ※もちろん無記名でもOK