ひとつ屋根

ぽかぽかと気持ちのいい午後だったのに、その良い気分はクラスメイトの友人のたった一言で見事に、ホントに見事にうち砕かれた。
まったく、いったい世の噂というものほど信用できないものはない。
自分の机につっぷして、伸は心底そう思った。
「……ちょっと待て。今、よく聞こえなかったんだけど」
分かっているのに確かめずにはおけない自分の性格が恨めしい。
伸は返ってくる答えを頭に描きながらおそるおそる顔をあげた。
「だから、毛利ってさ。1年の羽柴と同棲してるんだって? マジなのか?」
「えー! 嘘! 何それ!?」
耳ざとい女子が黄色い声をあげる。
伸は再び机につっぷして大きくため息をついた。
「あのさぁ。その同棲って何なんだよ一体。どこからそんな噂がでてくるの?」
ついつい全面否定することもできずそう言った伸に、クラスメイトは身を乗り出して伸の机に肘をついた。
「ほら、昨日さ、お前1年D組の教室に顔出したろ。弁当持って」
「昨日……?」
記憶を辿りながら伸は視線を天井へ向けた。
昨日は確か、当麻が朝何かの用事があるから早く家を出なければいけないと言ってたのに、いつものごとく寝坊したため、慌てて朝食も食べず家を飛び出したんだった。
当麻が出ていったあと、伸は作り置きしておいた弁当を忘れていった事に気が付いて、仕方なしに教室まで届けてやった。
「ああ、弁当」
確かに持っていった。でも、それが何故、同棲につながる。
「っていうか、何で弁当届けただけで同棲なんだよ」
「何言ってる。弁当持ってったってことはお前が奴の分の弁当作ってたって事だろ。たまたま好きな奴に『今日は早起きして作りました。食べてください!』って雰囲気の渡し方でもなかったって聞くし。まるで、毎日の日課のように当然のごとく手渡して、向こうも当然のごとく受け取って」
「だから、それが……」
「で、極めつけ。羽柴のクラスメイトが『なんだ、愛妻弁当か?』って言ってからかったら、奴、真っ赤になって言い返さなかったんだって」
「…………」
あのバカ当麻。
「当然、『何いってるー』とか言い返してくると思ったから、言った奴のほうが羽柴の反応にビックリしちまってさ。そのまま黙っちまったんだって。羽柴って普段かなりマイペース野郎だったから、あんな真っ赤になって慌てふためいてる奴見たの初めてだって」
「…………」
「で、そのクラスメイトってオレの部の後輩なんだよ。今日の朝練で聞かれてさ。『先輩のクラスの毛利先輩ってどんな人ですか?』って」
「どんなって……で、何て答えたんだよ」
「んー。一応良い奴だって言っておいてやったぜ。まさか年下の男相手に愛妻弁当作るほど殊勝な奴だとは思ってなかったけど」
「…………」
ここで超流破をださなかったのは、ひとえに伸の精神力の強さの賜だろう。
白くなるほど拳を握りしめて、伸はにっこりと笑って正面のクラスメイトの顔を見据えた。
「あのさ。そういう誤解を招く噂広めるの止めにしてくれない?」
「誤解? 何が?」
悪びれない言葉というのは時として罪である。
伸は必死で冷静さを保ちつつ、表面上は穏やかに言葉を続けた。
「確かに僕が奴の所に弁当持っていったのは事実だけど、別にそれは同棲でもなんでもない。だいたい僕とあいつはそういう関係じゃないし、二人っきりでひとつ屋根の下に住んでるわけでもない」
「えっ、でも一緒に住んでるんだろ」
「住んでるけど、別に当麻だけじゃなくって、他にも一緒に住んでるのがいるし」
売り言葉に買い言葉、というわけではないが、ついつい正直に一緒に住んでいることを肯定してしてしまった伸の態度に一瞬教室内がざわめいた。
「何。ホントに一緒に住んでるんだ」
「だから、それは本当だけど、他にもいるって言ったろ」
「他にも? 誰?」
いつの間にか伸の周りにはクラスの女子連中までが集まってきていて、興味津々といった顔で伸の様子を窺っていた。
伸は大きくため息をついて、くるりと周りのクラスメイトを見回した。
「ちょっと事情があってね。5人で共同生活してるんだ。僕等は。だから同棲って言葉は正しくない。大家のいない下宿人って言う方がまだ近いよ」
「大家がいない?」
「うん。家の持ち主が今フランスに行っててね。留守の間、家を空けておくのもなんだから、管理してくれないかって」
「でもさ、それ、お前と羽柴と、あと誰なんだよ。何処のクラスの奴だ? 二年か?」
「いや、僕以外はみんな一年生。A組の伊達と真田だろ。あと、C組の秀麗黄」
「やだ、伊達って、あの伊達君?」
あのって何なんだ。やだってどういう意味だ。
などと思ったことは心の隅に置いておいて、伸はそう訊いてきた女子に目を向けた。
「征士が何?」
「やっぱり伊達君って伊達征士君のことなのね。二年の女子の間でも有名なのよ、彼。綺麗だし。剣道着来てる姿が超格好良いって」
あ、そういうことね。
伸はやれやれと肩をすくめた。
「にしても、お前に羽柴に伊達って、何か目立つ奴ばっか集まってんじゃねえか。すげえメンバーだな。それ」
「そう? 征士が顔で、当麻が頭で有名なのは分かるけど、他は別にそんなことないだろ。だいいち僕はただの一般人だし」
「お前ってホント自分を分かってないなあ」
呆れた顔で頬杖をつき、男子の一人が大げさにため息をついた。
「ま、そこがいいところなんだけどさ」
「…………?」
「でもさでもさ、お前等って別に親戚でもなんでもないんだよな。何でそんな共同生活してるんだよ」
頬杖をついた男子の上にのしかかるようにして他の奴が伸の顔を覗き込む。
まあ、確かに親戚でもない男が5人、いきなり共同生活してるってのも普通に考えれば妙な話である。
伸はどう説明しようか曖昧な笑みを浮かべてちょっと首をかしげた。
「なんていうか、話せば長くなる事情があってね。確かに僕等は血の繋がった親戚じゃないんだけど、でも、親戚以上に近い間柄なんだ」
「…………?」
これで理解しろというほうが土台無理な話であるが、伸はそのまま話を終了させて、もう時間だからと席を立ち、図書室へと向かった。

 

――――――放課後の図書室はなんだか凛とした空気が立ちこめている気がする。
戸口のそばの受付カウンターに頬杖をついて、伸はそっと窓の外を眺めた。
今期、伸は図書委員を務めており、週一回こうやって図書の貸出し受付の担当をやっている。
さほど本好きが多い学校でもないので、仕事的にはとても暇な仕事ではあるが、伸はこうやって放課後、図書室でぼんやりと窓の外を眺めている時間が案外気に入っていた。
暇な時間帯は本を読んでいても構わないとのことなので、目に付いた本を一冊カウンターに持ってきて、伸はパラパラとページをめくる。
と、貸出しカードの署名の中に羽柴当麻の名前を見つけ、伸の手が止まった。
「あの……バカ当麻」
もちろん独り言である。
先程の教室での一件を思いだし、伸は大きくため息をついた。
「まったく、なんで僕が教室であんな追求受けなきゃいけないんだよ。全部、あのバカ当麻の所為だ」
「オレを呼んだか? 伸」
「…………!」
誰もいないと思っていた図書室の一番奥の棚の辺りから突然当麻が顔をだした。
「当麻!?」
慌てて伸がガタンとカウンターから立ち上がる。
「何、居たの?」
「居たの、とは失礼な。放課後此処は解放されてるんだから、図書室にオレが居て何が悪い」
言いながら当麻は本を2冊抱えたまま伸のいるカウンターまでやって来た。
「こっちが返却。で、こっちが貸出しな」
「…………」
何とも言えない顔をして伸は当麻を見上げた。
「何?」
「この本、確か一昨日あたりに読み終わったって言ってなかったっけ? なんで返却が今日なの? わざわざ今日まで持ってることないだろうに」
「だって昨日はお前の当番の日じゃなかったから」
「はぁ?」
呆れた顔で伸が声をあげる。
まったく何を考えているんだか。
「どうせなら一回でも多くお前に逢いたいじゃないか。だから、わざわざお前の居ないときに図書室に来るような愚行はしない」
「愚行って……それ、言葉の使い方間違えてないか?」
「いいや。オレにとっては正しい使い方だぞ」
「……呆れてものも言えないよ。昨日の弁当の件もその調子でバカやったんだろう」
「弁当?」
今度こそ本気でため息をついて伸は当麻を見上げた。
「だいたい家に帰れば毎日顔を合わせてるんだから、わざわざ学校でまで会う必要はないだろう。こんなとこ人に見られたら、またわけのわからない噂がたっちゃうよ。君は目立つんだから」
「目立ってんのはオレじゃなくてお前だろう」
あっさり言い返されて伸が絶句した。
「僕が……目立つ?」
「ああ。昨日は大変だったんだぞ。あの毛利先輩が教室に現れたって。男子も女子も大騒ぎで。あやうく弁当取られそうになっちまった」
「………………」
「もちろん必死で死守したけどな」
なんだか、さっき教室で聞いた話と違う気がする。
「君……からかわれたんじゃないの?」
「何が?」
「その……あの弁当が……あ…愛妻弁当だとか……」
「ああ、言われたけど、からかわれたっていうより羨ましがられたっていうか。お前は毛利先輩とどういう関係なんだって聞かれて」
「…………で?」
「お前が怒ると思って、何も答えてないよ。そしたらそいつ、お前のクラスに部活の先輩がいるから真実を聞き出してやるって息巻いて」
それってかなり違う。
「結局、その先輩に聞いてもわからなかったみたいで今日一日ふてくされてたけどな。ただ、弁当持ってきたって事は一緒に暮らしてるんじゃねえかって、先輩が言ったみたいで今日も色々聞かれたよ」
「………………」
「とりあえず、嘘付くのは嫌だったんで、一緒に暮らしてることは否定しなかったんだけど……」
つまりは、当麻もさっきまでの伸と同じ状況に置かれていたということである。
まったくいったい何だって弁当ひとつでこんな目にあわなければいけないのか。
「そしたらさ。お前の手料理毎日食ってるなんて、そんな贅沢許される事じゃないって、クラス中が騒ぎ出して、オレ必死で逃げてきたんだぞ」
「何だよ、僕の手料理って。どうして君のクラスの子がそんなこと……」
「だから言ったろう。お前は目立つんだよ。オレのクラスにもお前のファンは大勢いる」
「ファン……?」
「いや、ファンって言い方は正しくないな。お前のことを好きな奴っていうか……」
言いにくそうに当麻はポリポリと頭を掻いた。
「お前って、同学年はもちろんのこと、上級生にも下級生にも人気があるんだ。しかも男にも女にも。おかげでオレがどれだけ冷や冷やしてるか知らないだろう」
知るか、そんなこと。
ムスッとして腕を組む伸を見て、当麻がふっと笑った。
「やっぱ、気付いてない」
「何が」
「自分がどれだけ魅力的な人間か。お前は全然気付いてない」
「…………」
「だからこそ、オレはお前が好きなんだけどな」
「…………」
「好きだよ。伸」
「…………!!」
ガラッとその時図書室の扉を開けて生徒が一人図書室に入ってきた。
慌てて当麻から顔を背け、伸はカウンターの上の本を手に取った。
「あ……じゃあ、こっちの本は来週の水曜までに返却してください」
「了解。じゃあ、来週月曜日に返しにくるよ」
「…………!」
来週月曜日。伸の担当の日だ。
「……と……う……」
「言ったろう。一回でも多くお前に逢いに来たいんだよ」
こそっとそれだけささやいて当麻は図書室を出ていった。
「…………」
まったく。
毎日家で顔を合わせて。一緒に食事をして。一緒に学校へ行くバスに乗って。
それでもまだ足りないと当麻は言うのだろうか。
一回でも多く。一瞬でも長く一緒に居たいと思うのだろうか。
伸は当麻が読み終わった本を棚に戻すためカウンターから出ると、ふと当麻が去っていった扉を振り返った。
今日は当麻の好物のビーフシチューでも作ってやろうか。
そんな事を考えながら、伸は再び窓の外へと目を向ける。
図書室の窓からは真っ赤な夕陽が差し込んできていた。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
60000HITキリ番リクエスト。お題は「当麻と伸の学生生活」
前回いただいたリクエストとちがって、あまり甘々でない話となりました。
っていうか、日常の学校生活では、伸はこんなものです。当麻に対しても平気でバカって言ってるし、結構普通の男子高校生やってます。
ま、弁当届ける高校生ってのは異常かもしれませんが。(^^ゞ

そして、伸本人は気付いてませんが、伸は学校内ではかなり人気者です。
人当たりが良くって優しくって。
征士は顔が良い分、女子には人気高いですが、近寄りがたいのか周りでこそこそ騒がれるタイプ。
当麻は頭が良すぎて一部に敬遠されるタイプ。(←先生方のブラックリストに載ってるし。)
遼は上級生に人気あるかなあ。(←お姉さま方って意味)
秀はもともと陽気な質なんで同級生の男子に人気あります。(←変な意味じゃないよ。わかるだろうが。)
って、こんな感じのイメージなのですが、どうでしょう?
でもこうやって書くと、彼等は学生なんだと改めて思い出します。(普段は忘れてるってことか?)

とにもかくにも、こんな感じでよろしかったでしょうか。ネコ美さん。
リクエスト有り難うございました。これからも宜しくお願いします。

2003.04.05 記   

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