ひとときの安らぎ
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ギーっと扉を開けようとしたアルビオレは、おもいがけない扉の重みにおやっと顔をあげて薄く開いた扉の隙間から外を窺った。
「あれ……レダ……?」
「…………!!」
ちょうど扉に背をもたせかけて座り込んでいたレダが、慌てて飛び退き、真っ赤になってアルビオレを見あげた。
ほんの少し目が赤いのは眠気を我慢していたからだろうか。
「あ……す……すいません。」
「…………」
アルビオレはそんなレダの様子を見て、チラリと後ろを振り返った。小屋の中にはベッドに眠っている少年がいる。アルビオレの身体越しに伺うようにその少年を見るレダに気付き、アルビオレは納得したような笑みを浮かべた。
「気になるんなら中に入ればどうだ? レダ」
「いや……オレは、別に気にしてなんか……」
しどろもどろになりながら、レダは一歩後ずさった。
「気にしていないわりに、心配そうな顔をしているぞ」
「そ……そんなことは……」
本来ならすでに皆寝静まっている時間帯。自分のベッドへも行かず、こんな所に居た理由は、どう考えても明白だろうに、レダという少年はそれを決して認めようとしない。
ムスッとした表情でアルビオレの言葉を否定して、さっさと踵をかえそうとするのをアルビオレは押しとどめた。
「待ちなさい。レダ」
「………………」
穏やかな声の中にも少しの厳しさを込め、アルビオレはレダを呼び止める。
「……聞くところによると、瞬が熱を出した原因は、君が瞬の大切にしていたペンダントを海の中へ投げ捨てた所為だと聞いたがそうなのか」
「…………」
うつむいてレダは唇を噛んだ。
「日本からこの島に来た瞬が、ずっと大切にしていたものだと知っていて君は瞬の目の前で海の中へこれを放り投げた」
アルビオレの手には星形のペンダントが揺れている。
「……あ……」
「そうなんだね」
瞬が肌身離さず身に付けているペンダント。母の形見だからずっと付けているようにと兄に言われたのだと話しているのを聞いて、何故だか無性に意地悪をしてやりたくなった。
ちょっと苛めてやろうと、ほんの軽い気持ちで取り上げて放り投げたペンダントは思いの外遠くへ飛んでいってしまい、瞬は慌てて海の中へ飛び込んだ。
とても寒い日だった。
日もすっかり沈み、吐く息さえ凍るのではないかと思えるほどの寒空の下、瞬は何時間もそのペンダントを探していた。
「自分のしたことが悪いことだと本当に思うのなら、ちゃんとついていてやりなさい。瞬はまだ、熱が高くて起きれる状態じゃないが、そばで見ていることくらいなら出来るだろう」
「え……あ……でも……」
レダの手の中に無理矢理星形のペンダントを押しつけ、アルビオレはレダを小屋の中へと押し込んだ。
「せ……先生……!」
「明日の朝は多少訓練に遅れても構わないから、きちんと面倒見てやるんだぞレダ」
「そんな……先生!!」
レダの声を振り切るようにバタンと扉を閉じてアルビオレはふうっと息を吐いた。
まったく。心配なら心配だと素直に認めればいいのに。天の邪鬼な子だ。
思いながら、自然とアルビオレの口元に笑みが広がる。
まだ、この島に来て数ヶ月ほどしか経っていないあのレダという少年は、その実力もさることながら、あの頑固なほどの気性の激しさと、天の邪鬼ぶりで周りの少年達に色々な意味で刺激を与えている。
誰よりも強くなりたい。
はっきりとわかるレダの意志の強さはある意味聖闘士を目指す者の理想の形だろう。
「その中に、もう少し素直な優しさでもあればもっと良いのだが……」
レダの優しさは決して表に出てこようとしない。
でも、こうやってこっそり瞬の様子を窺いにやってくる程の心根は持っているのだ。
自分が気付かなければ、レダはきっと眠い目をこすりながらも、ずっと朝まで一睡もせずこの扉の前に座り込んでいただろう。
そういったレダの行動を自分は案外気に入っているのかもしれない。
アルビオレはもう一度レダの座り込んでいた扉を振り返り、くすりと笑うと、そのまま背を向けて歩きだした。
――――――「ったく。どうすればいいってんだよ」
無理矢理押しつけられたペンダントを所在なげにぶらぶらと揺らしながら、レダは眠っている少年、瞬を見下ろした。
青白い顔の頬の部分だけが、妙に赤いのは熱の所為だろうか。
数時間前、歯の根も合わないほど冷え切った身体で海からあがってきた瞬は、そのまま砂浜に倒れ込み、即座にこの小屋に運ばれた。
なんてムチャをするんだとアルビオレに叱られながらも、瞬は決して事の原因を話そうとはしなかった。
だから、実際にアルビオレに告げたのは恐らく遠巻きに見ていた他の奴らだろう。
「……瞬……」
熱のためか額に汗を滲ませながら瞬は苦しげに眉を寄せた。
女の子みたいだ。
この島に来て、初めて瞬を見た時、そう思った。
なんでこんな奴がこの島に、しかも聖闘士候補生としているんだろう。
なんとなく気に入らなくて、わざと意地悪をした。困らせて、苛めて、泣きそうな顔をさせても、レダの心に罪悪感はなかったはずなのに。
今回だけはどうしてこんなに後味が悪く感じたんだろう。
「………………」
レダはそっと瞬の額に手を当てた。じっとりと汗ばんだ額はかなりの熱を放出している。
呼吸も苦しそうで、まさか肺炎を引き起こしかけているのではないだろうかと、さすがに不安になり、レダは苦しげに呼吸する瞬の口元に耳を寄せた。
大丈夫。ヒューヒューという変な呼吸の音は聞こえない。
ほっと安堵の吐息をもらしたとき、瞬が小さく身じろぎをした。
「……う……ん……」
「…………!!」
やばい。起こしてしまったのだろうか。
慌てて飛び退こうとしたレダの手首を次の瞬間、いきなり瞬が掴み取り、自分の方へと引き寄せた。
「…………!?」
ドサリとレダの身体が瞬の上に倒れ込む。
「お……おい!!」
あせって身を起こそうとしたレダの背中に腕を回し、瞬は無言でギューッとレダを抱きしめた。
「……!?」
抱きしめる。いや、正確にはしがみつくが正しい表現だろう。
「兄さん……」
瞬の口からつぶやきがもれた。レダの表情が一瞬強ばる。
「……瞬?」
「……兄さん……何処へもいっちゃやだ……」
ほとんど聞き取れないほどの小さなつぶやき。
どうやら意識が戻ったわけではなく、瞬の心はまだ夢の中にいるようだ。
「…………」
レダは諦めたようにドサリと瞬の隣にそのまま身体を横たえた。
「兄さん……」
「大丈夫だよ。ちゃんと此処にいるから」
「………………」
すぐ隣にいる人の温かさに安心したのか、本当に兄が居るとでも思っているのか、瞬の表情が僅かにほころんだような気がした。
隣にいる人の温もり。
ふいに、幼い頃母親が風邪をひいた自分のそばにずっとついて、手を握ってくれていた事をレダは思いだした。
「……温かいな。こうしてると」
レダがぽつりとつぶやいた。
大人用のベッドなので、多少は大きめに作ってはあるが、それでもさすがに子供二人が並んで寝るには少々狭すぎるだろう。
レダは落ちないようにと瞬の身体を引き寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
とりあえず、今は休息の時だ。
瞬の具合が良くなったら、またライバルに戻って、競わなければならないのだろうが、今はそんなことどうでもいい。
あたたかな温もりと、そばに寄り添う人がいる安心感。
しばらく忘れていた、優しい時間。ゆっくりと流れる時間。
しばらくのち、ようやくレダの唇から微かな寝息がもれだした。
そうして、レダと瞬はそのまま、お互い身を寄せ合うようにして、夢の中へと入っていった。
暖かな眠りの中へと。
FIN.
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後記
お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
今回のキリ番のお題は「ひとときのやすらぎ」(byサクリファイス)でございました。
キリ番リクとして書いた2つ目の小説でございますが、こんなもんでよろしかったでしょうか。ドキドキ。
あんな狭いところで二人で眠ったからって本当に安らげているのかは謎ですが、
(これで実は瞬は起きていたって裏設定があったら怖いなあ・・・でもホントにあり得そう。)
まあ、レダと瞬の子供時代の話ってことで、まだまだ初々しい彼等なので多めにみてやってください。
年齢的には瞬9歳、レダ10歳ってところでしょうか。
うん。可愛い可愛い。(←こらこら)
ちなみに今回レダが投げ捨てたペンダントは原作にも出てくるハーデス様のペンダントでございます。
こんな大事にするものではなかったのになぁぁ。
気の毒な瞬でございます。(笑)
そして、もう書かないかもなんて思っていたレダをこんな形で再度書くチャンスをくださった坂下サマ。
おかげて1週長くレダとつき合うことができました。
本当に有り難うございました。
これからも宜しくお願いします。2002.10.19 記