光と影

月の光の下。征士であって征士でない人間がたたずんでいる。
淡い金色に見える滑らかな髪を揺らし薄く微笑むその男を見あげて、当麻は探るように眉をひそめた。
「……あんた……誰だ……?」
『…………』
「あんた……征…士じゃ……ないな……」
『………私が誰かわからないのか………?』
「……え?」
『私だ』
「……私……?」
『私だよ。天空』
「……!?」
『私は、此処にいるよ……』
「…………」
『…………』
「……コ……ウ……?」
くしゃりと泣きそうに顔を歪め、当麻は夜光を見て笑みを浮かべた。

 

――――――「産まれた時の事を覚えてる? そんな馬鹿なことあるわけがないだろう」
幼い頃、征士はそんなふうに、産まれたときの記憶があると言って周りの大人達を驚かせていた。
「ほんとうに、覚えてるんだ」
たどたどしい喋り方で、それでも彼ははっきりとそう言いきった。
「とても苦しくなって、息ができなくて、泣きだしたとたんに空気がからだの中に入ってきた。ほんとうに覚えているんだ」
必死で言えば言うほど、周りの大人達は怪訝な顔をしている。
本当だ。
征士の言うことは、本当だ。
誰よりもわかっている。
でも、そのことを言えば言うほど、彼は周りから孤立していくのだろう。
「嘘じゃない……」
悔しげに唇を噛みしめて、征士は自室で膝を抱えて座り込んでいた。
「本当に、嘘じゃないのに……」
嘘じゃない。
彼は知ってる。
何故なら、彼のその記憶は、私の記憶なのだから。
彼は、私が果たせなかった事を果たすために、私の意識をその身体に取りこんで、この世に生を受けてしまったのだから。
「嘘じゃない……」
噛みしめた唇の端から微かな嗚咽がもれる。
「嘘じゃないのに……」
そう、誰よりも真実の言葉を欲し、誰よりも誠実であるだろう、小さな戦士。
本当ならば、私が請け負うはずだった戦いを、私の代わりに為さねばならなくなった少年。
どうしようもなかった選択。
『わかっているよ。お前は嘘など言っていない』
ある日、私はそう言って幼い征士に語りかけていた。
征士は私の声にビックリして飛び上がり、ぐるりと部屋の中を見回した。
「…………?」
『大丈夫。私にはわかっている。お前は本当の事しか言っていない。お前の言葉はいつも真実の光を放っている』
「誰……?」
初めて征士が口を開いた。
しんとした部屋に征士の声だけが響き渡る。
自分の声を耳で聞いて初めて、征士は今まで聞こえていた私の声が音声として聞こえてきていた声ではないのだと知ったようだ。
「……だれ……?」
今度はささやくように征士は訊いた。
「誰……何処にいるの?」
今度は声にださず心の中で。
「誰なんだ。貴方は」
『私は影だよ』
ふと笑みを浮かべて私は言った。
「影……?」
意味がわからず、征士は首をかしげる。
『私はお前の影だ。どんな時もそばにいて、お前と共に歩いていく影だ』
「何処……何処にいるんだ?」
『そこに』
「…………」
『私はそこにいる』
「…………」
『ずっと、ずっと、そこにいる』
「……ここ……?」
そう言って征士は自分の胸に手を当てた。
「此処に……いる?」
『ああ、そうだ。私はそこにいる』
「…………」
不思議そうな表情がほんの少しだけ和らぐのがわかった。
「本当? 本当に此処に?」
『ああ』
「ずっと? ずっとずっと此処にいるの?」
『ああ、そうだ』
「……これからもずっと、貴方は此処にいるの……?」
ひどく嬉しそうに征士は笑った。
「よかった」
『……よかった?』
「逢えてよかった。ずっと逢いたかったから」
『ずっと……とは?』
征士は、まるで私が目の前に居るかのようにすっと顔をあげて正面を見あげた。
「ずっと、誰かに逢わなければと思っていた。何故かわからないけど、そう思ってた。きっと逢いたかったのは貴方だったんだ」
『…………』
「逢えてよかった」
『……征……私は……』
「逢えてよかった」
繰り返し、征士はそう言って、大切なものを抱え込むように両手で自分の胸を押さえる。
「逢えてよかった。もう一人じゃない」
『……征……』
「一人じゃないんだ」
『………………』
私はほんの僅か苦笑した。
征士。
お前が本当に逢うべき人間は私ではない。
お前が本当に逢うべき人間は、お前と共に戦う仲間。
最愛の友金剛と、尊敬に値する智将天空と、柔らかな笑みを持つ水滸と、そして、永遠の烈火。
かけがえのない仲間達だ。
なにものにも代え難い大切な宝だ。
『…征士…私は……』
「ねえ、ひとつお願いがあります」
私の言葉を遮って、征士は突然そう改まった口調で言った。
『お願い?』
出来るだけ優しい口調で聞き返してみると、征士は少しはにかんだ笑みを浮かべた。
「名前を。貴方の名前を教えて欲しい」
『……!』
「いくらなんでも影と呼ぶわけにはいかない。名前はなんていうんですか?」
『……名前は……』
私の名前は。
一瞬の戸惑いが私の中に生まれる。
今生で私に授けられるはずだった名前は、私達が生まれる前に決まっていた。
でも、私はその名前を呼ばれる前に、この世から姿を消さねばならなくなった。
では、私の名乗るべき名前は、もうひとつの名前なのだろうか。
あの時間を親友と共に生きた、あの名前でいいのだろうか。
『征士……』
私の声に、征士は見えるはずのない目の前の空間に目を向ける。
まるで、そこに私が立ってでもいるかのように。
『征士。これからお前に長い長い時の物語を聞かせよう。私の中のすべての物語を聞かせよう。お前がこれから出逢うべき人達の忘れ得ない物語を聞かせよう』
「…………」
『そして、私と共に生きよう』
「はい」
力強く征士が頷く。
私はふっと笑みを浮かべ、見えない手で、触れることのない手で、そっとそっと征士の身体を抱きしめた。
『私の名は』
「…………」
『……夜光という』
「…………夜光……?」
『そうだ。夜光だ。……そして、私は、お前の兄だ』
「兄さん……?」
運命の歯車が回り出す。もう、後戻りは出来ない。
征士。私と共に生きよう。
ずっと、ずっと、ずっと永遠に。
そして、私は私の全存在をかけて、お前を護ろう。
征士。
お前を、護ろう。――――――

 

「本当に、そこにいるんだな。コウ」
くしゃりと泣きそうに顔を歪め、当麻は夜光を見て笑みを浮かべた。
此処にいる。
ずっとずっと。
「本当に、あんたなんだな」
ひとことひとことを噛みしめるように当麻は繰り返した。
何度も何度も、そう繰り返した。
征士が初めて夜光に出逢ったその時と同じように。

FIN.     

 

 

後記

疲れさまです。如何でしたでしょうか。
88288HITキリ番リクエスト。今回のお題は「夜光の話」でした。
夜光は美しく物静かで、思慮深くってなかんじで、気に入ってくださっている方がたくさんいらっしゃいます。
まあ、どんな時も、美形は強しっていうことなんでしょうか(笑)。
今回は征士との出逢い(?)編ということでお届けしてみました。
征士の双子の兄話は、私の完全オリジナル設定ですが、皆様にはなかなか好評なので嬉しい限りです。
征士の兄、夜光は本来は征一という名前になるはずでした。そして、征士は征二。
亡くなってしまった征一の一の数字を征二の二に付け足す形にして今の征士という漢字が命名されました。
なんて裏設定考えるのって楽しいものです♪
書いてみて思ったことは、どんな事態にも動揺しない不思議なお子様だなあ、征士って。ということ。
おかげで、なんというか、とても物静かな物語になってしまいましたが、こんな感じで宜しかったでしょうか。星蘭さん。
これからもどうか、宜しくお願いします。

2004.01.31 記記   

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