春の贈り物

それは、ほんのちょっとした違和感だった。
例えば、あの位置にボールを蹴り込めばきっと追いついてくれるとか。
例えば、この位置をこのスピードで走っていけば、きっとピンポイントでパスが足下に落ちてくるとか。
例えば、ここで粘ってボールをキープしていれば、ちょうどいいタイミングで自分の隣に来てくれるとか。
そんな感じの。
「いい加減にしろ!! 松山!!」
「…………!?」
金田の怒鳴り声でオレは我に返った。
普段の奴からは想像もつかないようなグランド中に響き渡る怒鳴り声。
一体どうしたんだ。と思ったとたん、顔面めがけてボールが飛んできた。
「……うわっ!!」
避ける間もなくボールはオレの顔面にヒットし、そのまま勢いよく地面でバウンドして金田の足下に転がっていく。
金田は器用にそのボールを足の甲ですくい上げ、2・3回リフティングをしてから小脇に抱え込んだ。
顔は相変わらずムスッとした表情のままだ。
「か……金田?」
「おいっ、大丈夫か? 松山」
グランド中央から、オレと同じくらいビックリした顔で小田が駆け寄ってくるのが見える。
そこまできてオレはようやくヒリヒリと痛む頬に両手を当てた。
「おまっ、金田、てめえ、何すんだよ!」
「松山こそ本当にいい加減にしろってんだよ!」
「何をいい加減にするんだよ!?」
「わかんねえのかよ。ばーか!」
「誰がバカだ。誰が」
「お前がバカだよ!!」
ぴしゃりと言い切り、金田はオレの顔を指差して、言葉を続けた。
「だいたい、何で誰もいない位置にボール蹴り込んだり、人があげたパス追い越して走ってったり、わけのわからない位置でボールキープしてんだよ。さっさとパスだせ、バカ!」
「バカバカ言うなよ! オレだって考えてんだよ。色々!」
「ほう〜この間また赤点とった奴が、どの面下げて何考えてんだよ」
「何だとー!!」
「……お前等、いい加減にしねえと殴るぞ」
言葉と一緒にオレと金田の両方の額に拳が飛んできた。
見るに見かねて小田がオレ達の間に割って入ってきたのだ。っつーか、こいつはボクシングにでも転向する気か。見事なパンチくれやがって。
更に痛み出した頬と額を押さえてオレが地面にしゃがみ込むと、他の奴等もわらわらとオレ達の周りに駆け寄ってきた。ゴールキーパーの加藤までもが自分の持ち場を離れて、オレと同じように地面にしゃがみこんでしまっている金田の後ろに立っていた。
これじゃ、まるで見せ物じゃねえか。
まったく。仕方ない。本日の練習は一時中止だなあ、と思ったところに雪が降り出す。
もうそろそろ春なんだから、いい加減にやめっての。まったくもう。
憮然としながら顔をあげると、ちょうど同時にオレのほうに顔を向けた金田と目があった。
怒っているはずの金田の顔がなんだか泣いているように見えて、チクリとオレの胸が痛む。
オレはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしって、ごろりと地面に寝転がった。
「……悪かったよ。つい……」
「つい?」
オレの横に膝をついて小田が顔を覗き込んできた。金田は探るように小田の後ろからオレを見ている。
「……つい、岬を探しちまった」
「…………」
言っちまってから多少後悔したが、言ってしまったものは仕方ない。
オレは覚悟を決めて、再び身体を起こすと、そのままあぐらをかいて金田に向き直った。
「最近、オレ、悔しくて仕方なかったんだ。岬がいた時はうまく通ってたはずのパスが通らなかったり、うまくセンタリングが上げられなくてシュートが変な方向へ飛んでっちまったり、そんなことを繰り返してばっかで、どうすりゃいいか分かんなくなってさ」
「…………」
「こんなんじゃ、本当に全国大会になんか行けるのかなって考えちまってたり」
「…………」
「やっぱ岬がいねえと駄目なのかなって思ったり」
じっと黙ってオレの言葉を聞いていた金田が、そこまできて突然すくっと立ち上がった。
「…………小田」
「……?」
「こいつ、殴っていいか?」
「ああ……って、え!? か、金田!?」
小田が止める間もなく、金田の拳がオレを直撃する。
避けようと思えば避けられたような気がするのに、避けなかったのは何故だろう。
「そんなこと言ってばっかいるから、お前はバカだって言うんだよっっ」
「んだと、こらあ」
「確かに岬のおかげでオレ達は強くなったよ。岬がオレ達を導いてくれたんだし、岬の強さは認める。岬の力がオレ達を引き上げてくれた。でもな、実際に岬がいた3ヶ月で強くなったのは岬じゃない。この3ヶ月で強くなったのは、岬じゃなくて、オレ達自身なんだよ」
「…………」
「オレ達なんだ。そうだろう。なのにキャプテンのお前がそんなトンチンカンなこと言っててどうすんだよ。そりゃオレだって悔しいよ。うまくいかなくて悔しくて悔しくて……」
言いながら金田が言葉に詰まる。
もしかして、同じなのかも。オレはそう思った。
きっと金田も同じなんだ。
金田だけじゃない。もしかしたら、ここに集まってる奴ら全員、同じなのかも知れない。
「……ちょっと言っていいか?」
半分呆れて、半分怒ったような口調で小田が口を挟んできた。
「なんだよ、小田」
「お前等2人ともバカ」
「…………!?」
「日本語の使い方間違えてるよ」
「何だと!!」
思わず怒鳴りかけたオレを手で制し、小田は言葉を続ける。
「いいか、松山、金田。お前等今悔しいって言ったろう。それ、本心か?」
「……えっ?」
ついついオレは金田と顔を見あわせた。
「よーっく考えろよ。お前等が言いたいことは『悔しい』なのか?」
「…………」
「オレはそうじゃないと思うんだよなあ」
「……じゃあ、何なんだよ」
「それは自分で考えろって」
ムスッとして金田が口を尖らせた。オレもきっとそうとう不機嫌そうな顔をしているだろう。
そんなオレ達を見るにみかねてかどうか分からなかったが、とうとう加藤が話題を変えようと口を開いた。
「喧嘩ばっかしてないで、明日あたり雪割草探しに行かないか?」
「……雪割草?」
この間そろそろじゃないかと話をした毎年恒例の雪割草探し。
少し早い気もするが、確か去年もこの時期に探しに行ったはずだ。
「そうだな……雪割草。明日の土曜日行ってみるか」
金田がポツリとつぶやき、オレ達は明日雪割草探しに山へ向かうことに決めた。

 

――――――相変わらず寒い日だった。
でも、氷は少しずつ溶けてきているようだし、緑の葉っぱも芽吹いてきているのが見える。
舗装された道路が終わり、本当の山道に入ると、木々の上をザザッと鳥が飛び立つ羽音が聞こえ、ようやくオレ達は本当の春が来たことを実感していった。
「……おーいっっ! キャプテン! こっちこっち」
一足先を走るように歩いていた若松と中川が大きく手を振ってオレ達を呼んでいた。
「どうした!?」
「あった。あったよー!!」
オレの問いに嬉しそうに若松が答える。
あったんだ。雪割草。
オレは急いで駆け出した。ふと隣を見ると同じように金田が走って来ているのが見えた。
「どこどこ?」
オレより一瞬先に着いた金田が中川に尋ねる。
「ほら、ここ」
そう言って指差した中川の指の先に、白い小さな花があった。
地面を割るようにして、ひっそりと咲く小さな花。ともすると見落としてしまいそうな、小さな小さな花なのに、何だかとても生命力に溢れていて。
小さな身体の中にたくさんの「春」を抱え込んでいるような、そんな気のする花。
間違いない。雪割草だ。
春の訪れを告げる雪割草だ。
「……やっぱ……似てる」
隣で金田がぽつりとつぶやいた。
似てる。何に。いや、誰に。
そんなことは、分かりきったことだった。
『オレ、雪割草、好きだよ。すごく好きだよ』
岬に向かってそう言った金田の言葉を思い出した。
それを聞いてポロポロ、ポロポロ泣いていた岬のことも。
時々しゃくりあげながら、ずっと泣き続けていた岬。
でも、あの時、なんだかとても温かかった。温かくて、暖かくて。だから涙が出そうになった。
涙が止まらなかった。
「……岬、元気かな?」
ぽつりと金田が言った。
「そういえば、あいつ、今、四国にいるんだっけ?」
本田が聞く。
「ちゃんとサッカー続けてるんだよな」
松田が言う。
「続けてるにきまってるさ」
近藤が力強く頷いた。
オレはそっと手を伸ばし、根っこについた土ごと雪割草を持ち上げた。
小さくて小さくて、今にも折れそうなその花は、それでもオレの手の中で見事に咲いていた。
雪の下で春を待って。
ずっと耐えて耐えて耐え続けて。
そして、春を運んでくる。
しなやかで強い、小さな花。
「松山? どうしたんだよ」
山室が突然そう言ってオレの顔を覗き込んできた。
「……えっ? どうって……?」
「お前、何泣いてんだよ」
「…………」
泣いてる? オレが? なんで?
両手で花を持ってるので、オレは自分の頬に流れているという涙を確かめることが出来ないまま、ズズッと鼻をすすった。
「オレ、泣いてなんかいねーぞ」
「いや、事実泣いてるって」
佐瀬が呆れた口調でオレをたしなめる。
「泣いてねえってば。オレはただ……」
「ただ?」
金田がちらりとオレを見た。
「ただ、会いてーなーと思っただけだよ。岬に」
ハッとした表情で金田は身体ごとオレに向き直った。
「やっぱ、寂しい。あいつがいないと寂しい。たった3ヶ月だったけど、オレ、あいつと一緒にいてめちゃくちゃ楽しかった。最高に楽しかった。バッカみてえだ、オレ達」
「松山……」
「そうだよな。オレは悔しいんじゃない。単純に寂しいんだ。オレの望む位置に走り込んできてくれる奴が居なくて悔しいんじゃなくて、あの位置に岬の姿が見えないから寂しかっただけなんだ」
「…………」
「岬のパスを受けて、岬にパスを通して、それがめちゃくちゃ楽しかったから、それがなくなって寂しいんだ。それをごちゃごちゃ分けのわからねえ理由つけて別の言葉に置き換えて。オレ達、確かにバカだ」
目の端に小さく金田が頷いたのが見えた。
本当にそのとおりだ。
オレ達は今まで、親しかった友人と別れるという経験をしたことがない。
今まで親の仕事の関係とかで此処を離れて本土へ行った奴は何人かいたけど、どいつもそんなめちゃくちゃ親しかったわけじゃなかったから、こんな気持ちも起こらなかった。
クラスも学年も違ったから、知りあいではあったが、親友ではなかった。
そりゃちょっとは寂しかったけど、今と比べると雲泥の差であり。
それほどに、この3ヶ月はオレ達にとってかけがえのないものだったんだ。
一緒に笑って、泣いて、怒って、楽しんで。
ひとつひとつの思い出が、本当にめちゃくちゃ楽しくて。懐かしくて。
自分達はまるで小さな箱庭の中で生活しているみたいだと、あの頃、岬を見ながら金田が言った。
塀で囲まれた安全圏の中で平和に暮らして、そこはとても安定してて楽で、倖せで。
そんなオレ達に比べて、岬はまるで大海原を一人で歩いているようだって。
ずっと旅をして、その分あいつは世界の広さを知っている。
オレ達のような箱庭の中の小さな世界だけしか知らないのと違って。
広い広い「世界」を知ってる。
どっちが倖せなんだろう。
囲まれた平和の中で、何も知らない倖せと。果てのない大海原という世界で孤独を噛みしめながらも、あらゆることを知ろうとする倖せ。
きっとお互いがお互いを羨ましいと思って。自分に無いものを見て、それが欲しくて。
そして、手を伸ばす。
手を伸ばして触れる。
それが温かくって。
知らない世界を知ることが温かくって。
そんな時間が好きだった。とてもとても好きだった。
何もかもが好きだった。
好きだったんだ。
「……これ、押し花にして岬に送ろう。松山」
そっと金田が言った。
「そうだな、みんなで寄せ書きとかした手紙添えて、あいつの元に届けるんだ」
小田が金田の隣で二カッと笑った。
「岬に春の贈り物をしよう」
「ああ」
オレは力強く頷いて、高々と雪割草を天へ掲げた。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
120000HITキリ番リクエスト。お題は「ふらのFC。「雪割草」の前後辺りの時期」でした。
リクエストいただいてから、UPするまでかなりお時間をいただくことになってしまって申し訳ありませんでした。
そのお詫び代わりに、今回はふらののメンバー全員出てます(笑)。名前確認してみてください(笑)。
……ってこれのどこがお詫びなんだって(笑)。
今回は、かなり「バカ」という単語を打ちました。酷い奴です。
でも、きっとこの頃の男の子ってこうなんじゃないかなあって思います。
相手のことをバカバカ言っても、嫌味じゃなくって。温かくって。
こんなふうに相手のことを平気でバカって言える関係が、もしかしたら一番良い関係なのかもしれません。そんなことを考えながら、今回の作品を書いてみました。
Miiyeさん。こんな感じでよろしかったでしょうか。
ではでは、今後とも宜しくお願いします。

2005.6.4 記   

 
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