花霞

桜散る散る、桜散る。
叶わない思いを秘めて、桜が散る。
はらはらと。ひらひらと。
桜が、散る。
散り惑う。

 

――――――「……あまり無茶をしないでください」
傷口にそっと手を当て、斎の巫女がそうつぶやいた。
ほとんど聞き取れないくらいの微かな声だったが、それは間違いなくオレに対しての言葉だったのだろう。
彼女はオレの傷の手当てをしながら、いつも、今にも泣き出しそうな表情をするのだ。
決して涙を流しはしないが、本当に今にも泣き出してしまいそうな表情をするのだ。
それが、いつもオレの心を締め付ける。
どんな瞬間でさえ離れない。
オレの心の大半を占める。
消えない想い。
このところ、毎日、小さいとはいえ小競り合いが耐えない日々が続いていた。
鎧に身を固めた妖邪兵の襲撃。日々増えていく身体の傷と心の傷。
倒さなければいけない巨大な力。
「……オレはずっと自問自答してきました。何のために戦うのかと。今までオレは自分が生きるためのみに戦ってきました。だが、貴女に逢って初めて戦う目的が出来た。オレは貴女を護るために戦う」
護るために。
貴女の笑顔をなくさないでいられるように。倖せに生きていけるように。
それなのに、自分はいつもこの人に哀しい顔をさせてしまう。
それが悔しくて。でも、どうすることも出来なくて。
どうすることも出来なくて。
「…………」
やはり斎の巫女は哀しげな表情のまま、じっとオレを見上げていた。

 

――――――「……柳! 死なないでください!」
斎の巫女の必死な声にオレは目を開けた。
肩から脇腹にかけて火がついたように熱い。指先の感覚がないのは、血がうまく巡っていない証拠だろうか。
「……柳……!」
「……い…つ……」
なんとか動く左手を僅かに持ち上げると、斎の巫女はその手をとって自分の胸元に引き寄せた。
「斎、しばらく柳についていてくれるか」
「はい、兄様」
後の事を頼み、雫は足早にこの場を去る。
オレは何をしていたんだろう。
朦朧とした意識の中で、考える。
ああ、そうだ確か。確かあの時。
巫女に襲いかかろうとしていた敵の前に飛び出して。
そうして。
オレの思考は、その時頬にポタリと落ちてきた涙の雫によって遮られた。
「……巫女……?」
透明な雫。透明な涙。
泣いてる。
泣いてるんだ。
オレは薄く目を開けた。
「……すみません……」
オレを覗き込んでいる斎の巫女の瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「……すみません。貴女をこんなふうに泣かせるつもりはなかったのに」
そんなつもりで、戦ったわけではないのに。
斎の巫女は何も答えず、無言でオレの傷口に手を添えた。
少しずつ、少しずつ、痛みが和らいでいく。
奇跡の瞬間。癒しの手。
それでも、彼女の涙は止まらなかった。
血が完全に止まったのを確認しても、彼女の瞳から溢れ続ける涙は止まらなかった。
「オレ、強くなります。必ず」
「…………」
「もう貴女を泣かせることがないように。必ず強くなりますから。だから、お願いです。そんな顔をしないで下さい。後生ですから」
「…………」
「後生ですから」
やはり彼女の涙は止まらない。
オレが何を言っても、斎の巫女は、ずっと静かに涙を流し続けていた。

 

―――――「斎が、お前を戦いから外してくれとオレに言ってきたぞ」
皮肉な笑顔を向けて、雫がオレにそう言ってきたのは、それから数日後の霧雨の降る寒い朝だった。
「巫女が……?」
「ああ」
ゆっくりと雫が頷く。
「あいつは自分の為に誰かが傷つくのを一番恐れている。このままでは、お前は自分の為に命を落とすのではないかと、心配しているんだ」
「…………」
『兄様。お願いがあります。柳を戦いから外してください』
『このままでは、あの人は死んでしまいます』
『あの人は死を厭わない……あの人は、自分の命を危険に晒すことを当然の事だと思っています』
『私は、私のような者の為にあの人が命を落とすのなど見たくありません』
『私は、あの人に護ってもらうに値するような女ではありません』
『私は……』
斎の巫女は、そう言って瞳を伏せる。
澄んだ緑の瞳に涙を溜めて。
斎の巫女。
貴女を哀しませるつもりなどなかったのに。
見たかったのは、貴女の倖せな笑顔だけだったというのに。
巫女。
恋をしたのは、初めて出逢ったとき。
天から舞い降りてきた天女かと思ったあの瞬間から。
何処かに羽衣を纏っているのなら、隠してしまいたい。そう思った瞬間から。
そして同時に、届かないとわかってしまったあの時から。
彼女に出逢ったのは偶然でもなんでもない必然の出来事だったと、そう淡々と話してくれたのは彼女の兄である雫。
底の見えないような深い瞳の色。
出会った当初、その瞳を見て、まるで夜の空のようだとオレが言ったら、自分は天空だからあながち間違った見方ではないなと、彼は笑った。
対の絵になる、完璧な兄妹だと思った。
オレの入り込む隙間など微塵もない、完璧な一対の絵。
眺めているだけで、倖せなのだと。
そう言い聞かせて。
ずっと。

 

――――――はらはらと。ひらひらと桜が舞う。
初めての出逢いが桜の中だったからなのだろうか。
彼女には散りゆく桜が似合っていた。
儚げで、優しげで、淡い薄紅色の花びらは、彼女の白い肌に良く映えていた。
まるで、狂気のようだ。
狂うほどに恋い焦がれる。
そんなことあるわけないと思っていた。
彼女に出逢うまでは。
仕草のひとつひとつまでもが心に焼き付いて消えないなどということがあるとは思ってもみなかった。
貴女が好きです。
言えない言葉を飲み込む。
誰よりも、誰よりも、貴女をお慕い申しあげております。
心から。
だから、貴女のそばにいさせてください。
貴女を護るだけの力を与えてください。
貴女のそばで、貴女を護る権利をオレにください。
オレに、ください。
オレ、強くなります。もっと、もっと。
オレは未来永劫、貴女を護るために生きていきたいのです。それが倖せなのです。
他には何も望まない。
望まないから。
だから、せめて。
笑顔を。
オレだけに向けられた貴女の笑顔を。
ただ、それだけを。
どうか、それだけを。
「貴女のそばにいさせてください。オレは貴女を護りたいんです」
オレがそう告げると、やはり斎の巫女は哀しそうな表情をしてオレを見あげた。
そうして、今にも泣きそうな目をして微かに笑う。
一陣の風が吹き、桜の花びらが舞い踊った。
それは、天女が身に纏う、薄紅の羽衣のように見えた。

 

桜散る散る、桜散る。
叶わない思いを秘めて、桜が散る。
はらはらと。ひらひらと。
桜が、散る。
散り惑う。

FIN.     

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
今回のお題は「斎に想いを告げる柳」でございました。
で、改めて考えてみて、困ったこと。
このお方、実は一度もきちんと斎に言葉として伝えたことなかったのですね。
はたから見たら、完全にバレバレなんですが(^^ゞ
シャイというか奥手というか何というか(笑)。
ということで、こんな感じになってしまいました。すみません。
心の中でつぶやき続けているくせに行動には出せないという奥ゆかしさ(?)を楽しんでください。(←おい)
ということで、影ながらでも、こんな柳を支援して下さる方、大募集(笑)。
ちーなるさん。こんなものでよろしかったでしょうか。
今後ともどうか宜しくお願いします。

2004.10.23 記   

 
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