キャプテンマーク

「遅れてすみません!」
「おそいぞ、本間。何やってたんだよ」
「悪い悪い。で、三杉さんは?」
「大丈夫、真田がちゃーんと連れてきたよ」
「お、さっすが」
「ほら、そこ。早く席につかないと始められないだろ」
「はいっすいません!」
サッカー部キャプテンの小塚先輩に怒鳴られ、本間は慌てて一ノ瀬の隣の席に腰を降ろした。
今日のサッカー部の活動は、いつもの練習ではなく、全員部室に集まっての会議である。
スポーツだけではなく勉学の方でもかなりの進学校であるこの武蔵中学では、秋口になると、こうやって各クラブでは三年生達の引退表明と次期キャプテンの話し合いの場が設けられる。
「……今日は病院に寄らなきゃいけないっていうの聞いてたんだけど、よく来れたな」
本間がこそこそと隣の一ノ瀬に耳打ちすると、一ノ瀬はそうそうと頷きながら、斜め前にいる真田と、その隣に座っている三杉の淡い栗色の髪を指差した。
「何とか言いくるめて無理矢理引っ張ってきたんだよ、真田の奴。今日はサッカー部員は全員集合だって説得して」
「ふーん。まあ、全員集合ってのはあながち嘘じゃないもんな。それに主役のいない欠席裁判になったら嫌だし」
「事後承諾なんかさせようってのが無理なんだよ。だから、絶対全員集合」
「いえてる」
「こら、そこ。おしゃべりばっかしてると追い出すぞ」
きつい口調とは裏腹な優しげな目をして、小塚キャプテンは一ノ瀬と本間を軽く睨みつけた。
フリーキックの名手と言われた小塚キャプテンは、この武蔵中の頭脳サッカーの中心人物であり、下級生達からも随分慕われている。
「すいませんっ」
しゅんとなった二人を見てにこりと微笑み、改めて小塚キャプテンが壇上から皆を見回した。
「みんなも知っていると思うが、今日を限りに我々三年生はサッカー部を引退する。練習メニューや細かい雑事の引継は先日青葉マネージャーに申し渡した通りだ。よろしくな」
キャプテンの隣で書記を務めながら、弥生が小さく頷いた。
「明日から僕達は受験に向けて勉学に励むこととなる。僕はこの武蔵中のサッカー部に所属しての二年半、とても充実した日々を過ごせたと自分では思っている。ただ、惜しむらくは結局一度も全国大会の予選を突破出来なかったことだけが心残りなのだが……」
そう言って、ちらりと三杉や一ノ瀬達の座っている席のあたりに目を向け、キャプテンがふっと笑った。
「来年こそはかなり期待がもてると僕は思っている。今の二年生達の実力なら、きっと予選突破も夢ではない。頑張ってくれ」
「はい!」
声をそろえて返事を返す二年生達に嬉しそうに顔をほころばせ、小塚キャプテンは大きく頷いた。
「では、最後に新キャプテンの発表をする。昨年までの恒例ではこの場で投票を行って決めていたのだが、今年に限ってはそれをする必要はないと判断し、この場で発表としたいと思っている」
一ノ瀬と本間が顔を見合わせてにこりと頷きあった。
「武蔵中学サッカー部、新キャプテンは三杉淳。三杉を中心に今後も頑張ってくれ」
「…………!!」
二年生達が一斉にわーっと歓声を上げる中、三杉が驚いて立ち上がった。
「ちょ……ちょっと待ってください、先輩!」
慌てて壇上まで駆け寄り、三杉は真っ青な顔で小塚キャプテンに詰め寄った。
「いくらなんでもそれは無理です!」
「何故? どこが無理なんだ?」
余裕の笑みを見せて小塚キャプテンは三杉に向き直った。
「言っただろう。投票を行う必要性もないと判断しての決定だと」
「決定って……どうして、僕なんかが……」
「どうして? こっちがそれを聞き返したいよ。お前以外の誰がこの武蔵中を率いていけるっていうんだ?」
「何言ってるんです。僕以外の誰にだって可能です。僕はサッカー部に所属してるといってもほとんど練習に出てもこれないし、一度も試合に出たことさえないんですよ」
「出てるよ、三杉さんは」
はっきりとそう言って一ノ瀬が立ち上がったので、三杉は驚いて皆の方を振り返った。
「一ノ瀬……?」
「オレ、自分が試合に出る時は自分のユニフォームの下に三杉さんのユニフォーム着て出てるんですよ」
「……えっ?」
「オレもオレも。なんか調子いいんだよね。下に三杉さんのユニフォーム着てると」
一ノ瀬の隣で本間もそう言って笑った。
「みんなでさ、試合前スターティングメンバーの発表後三杉さんのユニフォームの争奪戦繰り広げてるんですよ。知りませんでした?」
真田がそう言って皆の言葉を締めくくると、三杉はあまりのことに呆然となって皆の顔を見回した。
「みんな……」
「と、そういうわけだ。二年生達はもちろん、一年生の奴らも全員一致でお前をキャプテンにしたいと、僕達に直談判しにきたんだよ」
「全員一致で……?」
「そう。まあ、普通に考えればこれは学校の部活動なんだから、部長であるキャプテンの条件は、積極的に部活に参加している事と、皆の信頼を得ている事。それなりの実力と責任感を持ち合わせている事」
「……だったら僕は……」
「お前の気持ちは、病院にいる時ですらグランドにあったって事、皆が一番よく知ってるよ」
にこりと笑って小塚キャプテンは三杉の肩を叩いた。
「三杉」
「はい」
「サッカー、好きだろ」
「はい」
「この武蔵中のサッカーが好きだろ。お前は」
「はい」
「だったら、あとの事は任せた」
「……でも……」
まだ、不安気な顔をしている三杉の肩を再度安心させるようにポンポンと叩き、小塚キャプテンはもう一度ぐるりと皆を見回した。
「と、いうわけで僕達はこれで解散だ。三杉の説得はお前等でやるように。以上」
にこりと笑ってそう言い放ち、小塚キャプテンをはじめ、他の三年生部員達はさっさと部室を出ていった。
「ちょっ……先輩!」
おもわず後を追いかけようと駆け出した三杉を遮るように一ノ瀬が扉の前に立ちふさがった。
「一ノ瀬……!」
「新キャプテンを引き受けてくれるまで外には出しませんからね。三杉さん」
「そんな……」
「お願いしますよ。オレ達のキャプテンになってください」
「お願いします」
「みんな……」
口々にそう訴えてくる皆に、三杉が戸惑ったような視線を投げた。
「でも……僕は……ほとんど部活に顔だしてないし……」
「でも、出したときは人一倍頑張ってるじゃないですか」
「みんなと同じ練習メニューさえこなせないのに」
「練習量の多さなんか関係ないですよ。あなたは充分やってると思います」
「試合にだって……」
「それはさっき言ったでしょう。気持ちはあなたも一緒にグランドに立ってるんだって」
「でも……」
「オレが二年にあがった最初の練習試合の時ですよ。初めてスターティングメンバーに選ばれたの。覚えてますか?」
一ノ瀬が聞くと、三杉は素直に頷いた。
「覚えてるよ。桜が見事に咲いた時だった」
「あの時、あなたはまるで自分の事のように一緒に喜んでくれた。自分だって、試合に出たいだろうに。それ以前に練習にもっともっと参加したいだろうに。」
「…………」
「だから、オレ、試合でグランドに立つ時は、絶対あなたと一緒に立とうって思ったんです」
「それで、ユニフォームを?」
「あなたの背番号は小学校の頃から14番だった。だからオレ達は決して14番のユニフォームだけは受け取らなかった。あれはあなたの番号だから。あなただけの番号だから」
「一ノ瀬……」
「14番のユニフォームを下に着てると、あなたと一緒に走ってるような気がした。あなたがオレの走る方向を教えてくれるような気がした」
「三杉さん、オレ達知ってるんですよ。あなたがマネージャーと一緒に、オレ達の練習カリキュラム組んでくれてるって事。誰の何が弱くて、何処を強化しなければいけないか、全部把握して、個人個人のメニュー組んでくれたでしょう。おかげでオレ達随分強くなりました」
一ノ瀬の隣で、本間がそう言ってにこりと笑った。
「オレ達のサッカーはあなたのサッカーなんです。あなたが望んで、あなたが組み立てようとした理想を、オレ達で作り上げたいんです」
「……本間……」
「お願いします。三杉さん。オレ、あなたじゃなきゃ嫌なんですよ」
「僕じゃ……なきゃ……?」
「そうです。あなたじゃなきゃ嫌なんです」
きっぱりと言い切った真田を三杉は何とも言えない顔で見つめた。
「……僕で……本当に……僕で……いいの?」
「あなたがいいんです」
「…………」
「他の誰でもない。あなただけがいいんです」
三杉は扉の前に立つ一ノ瀬を見つめ、その隣に立っている本間を見つめ、そばにいる真田に視線を移し、ゆっくりとまわりに集まっているサッカー部員達を見つめた。
「……僕は……」
「はい、三杉君。これはあなたのものよ」
そっと弥生が手に持ったキャプテンマークを三杉の前に差しだした。
「……これは……」
「私達はね、信じてるの。来年の夏、あなたがこれを付けてグランドに立ってくれることを」
「………………」
来年の夏。中学サッカー大会。
夢にまで見た公式戦。大切なライバル達との再会。
叶うのだろうか。
自分は再び、あのグランドに立てるのだろうか。
「ずっと、ずっと、心から願っていれば、叶うわ」
三杉の気持ちを悟ったように弥生がそっと言った。
「……有り難う。マネージャー。」
弥生の差しだしたキャプテンマークを受け取り、三杉は大事そうに握りしめた。
白地に赤いラインの入ったキャプテンマーク。ふと裏側を見ると、小さくJ.Mと刺繍がしてある。
「これ……」
この刺繍は弥生がしたものだろうか。
ふっと顔をほころばせ、三杉はそっと刺繍の跡を指でなぞると、再び顔をあげて皆を見回した。
小学校時代からずっと、彼等は三杉を支えてくれた。
心臓病の事をうち明けたあの準決勝戦の時からずっと。
病院通いを繰り返しながら、たまにしか部に現れない三杉に対しても、いつも笑顔で接してくれた。
本当に、こんな我が儘な自分を、皆はいつも温かい目で見守ってくれていた。
皆の望むキャプテンになることは、少しでもこの皆の気持ちに対してのお返しになるのだろうか。
「有り難う。みんな」
ぐるりと皆の顔を見回して静かに三杉が言った。
「こんな僕でよければ、喜んでキャプテンを務めさせてもらうよ」
「や……やったー!!」
わーっと歓声をあげて、皆が三杉に飛びついた。
部員達の手にもみくちゃにされながら、三杉は楽しそうに笑い声をあげる。
以前よりもっともっと、この武蔵中の皆が好きになった。
もっともっと、サッカーがしたくなった。
このメンバーと一緒にサッカーがしたくなった。
そんな事を思いながら、三杉は更に幸せそうに笑い声をあげた。

FIN.    

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
54000HITキリ番リクエスト。お題は武蔵中学のキャプテンを何故三杉が引き受けたか。
まあ、予想通りといいますか、皆に言われたら断れないっていうか、押しに弱いからなあ、うちの三杉さんは(笑)。
ユニフォームの下に、試合に出られなかった人のユニフォームを重ねて着るっていうエピソードは、ご存じの方もいるかと思われますが、実際にあったエピソードです。
日本代表戦で、カズが試合に出られない時、ゴン中山が下にカズのユニフォームを着て試合にのぞみ、得点をした時ユニフォームをめくってカズのユニフォームを見せてました。
出られなかったカズと一緒に試合に参加し、得点したときは一緒に喜びたかった。
あれを見た時は、かなりジーンときました。私。
余談ですが、あの時、実は一緒にFWやってた城選手もカズのユニフォームを着ていたそうです。
彼は得点できなかったので、ユニフォーム見せる場面は作れませんでしたが。(^_^;
でも、そんなふうに仲間の事を想うって良いですよね。
武蔵のチームワークっていうか、一致団結力って、ふらのにも負けないんじゃないかと、最近つくづく思います。
頑張れ!武蔵中!心から応援してるぞ。
そして、今回大好きな三杉さんを書くチャンスをくださったレイレイさん。ありがとうございました。
こんなものでよろしかったでしょうか?
一ノ瀬君はじめ、武蔵のメンバーを今後とも宜しくお願いします。

2003.01.25 記   

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