一緒にお昼を

「え? 当麻のところに伸が?」
新聞部部室で作業をしながら、遼は動かしていた手を思わず止めて顔を上げた。
「そうなの。羽柴くんたら、朝、お弁当忘れて来たらしくって」
聖香が少し呆れたような口調で続ける。
「今回は手前で阻止したんだけど、この前の時は、もう教室中大騒ぎ。あの毛利先輩に愛妻弁当作ってもらってるなんて、羨ましいを通り越して憎たらしい、とかなんとか。男子も女子も」
「……さすが、伸だな」
「でしょ」
聖香が小さく肩をすくめた。
もともと伸の料理の腕は、実習授業で味見をした同じクラスの生徒たちから口伝えに広がり、周知の事実となっている。しかも例の人魚姫効果もあって、現在学校内での伸の人気はうなぎのぼりだ。
「中にはみんなに見せつけたくて、わざと忘れてきたんじゃないかって勘ぐる子もいたくらい」
「それは…さすがに……」
言いかけて、つい遼は口をつぐんだ。
わざと忘れて、か。
確かに、当麻ならやりそうな気もする。やってもおかしくない。
そうやってあいつはまわりの奴らを牽制しているのかもしれない。
なんて。
そんなふうに考えてしまうのは、自分が卑しいからだ。
「……遼くん……?」
ふいに黙り込んでしまった遼を気にして、聖香が表情を曇らせた。
「ごめんなさい。あんまり聞いてて楽しい話題じゃないわよね」
「あ、いや、そんなことないよ。聞きたがったのはオレのほうだし」
昼休み、聖香が当麻を連れてこの新聞部部室にやってきた本当の理由が知りたくて、話題をふったのは遼のほうなのだ。
遼は小さく頭を振って、作業を再開した。

 

――――――毎朝、伸は全員分の弁当を作ってくれる。一人分も五人分も手間は変わらないからと、そう言って。だから、伸の手作りの弁当を食べているのは、当麻も遼も同じなのだ。
それなのに、遼は今まで一度も、当麻のように校内で噂をたてられたことがない。
もちろんそれは、遼が今まで弁当を忘れて学校へ行ったことはなく、従って伸が昼休みに遼の教室へ弁当を届けに来る、なんてことがなかったからなのだが。
でも。
もし、仮に伸が遼の教室まで来たとしても、当麻のような噂はたつだろうか。
否。
たたないような気がする。
少なくとも、伸が作った弁当を愛妻弁当などという名前で呼ぶクラスメイトはいないと思う。
なぜなら。
伸は遼の愛妻には見えないからだ。
じゃあ、当麻の愛妻には見えるのだろうか。
だから、当麻と伸が一緒に暮らしているのは、同棲で。遼と伸が一緒に暮らしているのは、同居。
「……って、なに考えてんだ、オレは」
遼は一人愚痴りながら頭を抱えた。
どうして、自分はこんなくだらないことでまで、当麻と自分を比較しているんだ。
そして、勝手に負けたような気になっているんだ。
だいたい、これは勝負なのか?
同棲にしろ同居にしろ、自分たちが一緒に暮らしてるなんて、学校でも知らないやつのほうが多いだろう。
毎日家で顔を合わせているといっても、そのことをわざわざ学校で吹聴してはいないのだから。
ただ。
それでも、少しだけ思ってしまう。
もし。
わざと忘れたとしても、伸は自分にお弁当を届けてくれるだろうか。
昼休み。教室まで来て。
珍しいね。遼がうっかり忘れるなんて。
そんなことを言い、わざとだなどとまったく疑いもしないで。
オレのいる教室のオレが座る椅子まで来てくれるだろう。
「絶対、届けてくれる」
小さくつぶやきながら、カバンの中を探っていた遼の手がふと止まった。
「あれ?」
ない。
ないぞ。
「どうした? 真田」
あきらかにうろたえだした遼の様子に気付き、後ろの席にいたクラスメイトが声をかけてきた。
「なんか探してる?」
「あ……うん。ええと……」
昼休みを告げるチャイムが鳴り、それぞれ弁当を取り出す者、学食や購買へ行く者たちで教室内はにわかに騒がしくなっている。
「もしかして弁当忘れた?」
「……そ……そう…かも」
思い出せ。思い出すんだ。自分。
今朝、どうした?
いつものように起きて下へ行って、顔を洗って、キッチンへ行って。
テーブルに並べて置いてあるランチボックスの中、自分の分を手に取った。
「……覚えがない」
「え?」
覚えがない。
今日の弁当をカバンに入れた記憶がない。
ああ、くそう。
昨日からずっとあんなことを考えてたから、無意識のうちに弁当を入れなかったんだ。
なんてことだ。
そんなつもりはなかったのに。
本当に伸の手を煩わせようなんて思ってなかったのに。
伸が自分の教室まで弁当を届けに来てくれて。それをきっかけに少しだけでも公認の仲に近づこうだなんて。
そんな姑息なことを考えているつもりはなかったのに。
「珍しいな。真田が弁当忘れるなんて。じゃあ、今日は学食行くか?」
「あ……いい。いや、えっと…オレ、ちょっと行ってくる!」
「行くってどこへ?」
きょとんとするクラスメイトを尻目に、遼は猛ダッシュで教室を飛び出した。 

 

――――――「どうしたの? 遼。そんな慌てて」
ものすごい勢いで三年生の教室に飛び込んできた遼を見つけ、伸は驚いて椅子から立ち上がった。
「わざとじゃないから!」
「はい?」
そのまま伸のいる机までやってきて、遼は焦った声を上げた。
「本当、ごめん! でも、わざとじゃないんだ」
「えっと……なにが?」
伸が戸惑ったように首をかしげた。
「弁当、忘れたの、わざとじゃないんだ」
「……お弁当?」
「そう。ただ、伸にわざわざ届けてもらうの悪いと思って……」
「…………」
伸がマジマジと遼を見た。
「もしかして、それで、昼休みになったとたん慌ててここまで来たの?」
「……ああ」
「お弁当を取りに?」
「ああ、だって急がないと、伸が来ちまうんじゃないかと思って」
「そう……なんだ」
と言いながら、伸の表情が微妙にピクっと痙攣した。
「ずいぶんと慌てて来てもらってなんなんだけど、今日は僕もお弁当持ってきてないよ」
「……え?」
遼がパチパチと瞬きをした。
「今日は早朝、図書委員の仕事があるからお弁当なし。各自学食へ行くか、購買でパンでも買ってねって言ったの覚えてない?」
「…………」
覚えてない。というかすっかり忘れていた。
「そう…だったっけ?」
「そうだったよ」
伸がこらえきれず、遼の目の前で吹き出した。
「あーもう、おっかしい」
伸の笑いは止まらない。同時に遼の顔も真っ赤に染まった。
ああ、なんてことだ。
「ご、ごめん! 勘違い! オレ教室戻る!」
「待って! 遼!」
来た時と同じくらいの勢いで走り去ろうとした遼に向かって伸が声を上げた。
遼の足が止まる。
「……なに?」
「せっかくだからお昼一緒に食べよう」
「……え?」
「学食行く? それともパンでも買って屋上かどこかへ行く?」
「いいのか?」
「いいもなにもせっかくここまで来て、そのまま一人で戻るなんて寂しいじゃない。たまには学校で一緒にお昼食べるっていうのもなんか楽しくない?」
にっこりと笑みを浮かべ、伸は遼の手を取った。
「……楽しい……」
「だろ? 一緒に食べよう」
「……わかった」
「じゃあ、行こうか」
そうして二人は並んで歩きだした。一緒にお昼を食べるために。
伸は学食へ着くまでの間中ずっと、遼の隣で笑い続けていた。

FIN.     

 

 

後記

お疲れさまです。如何でしたでしょうか。
344000HITキリ番リクエスト。お題は「遼Var.のお弁当ネタ」。
といっても、最初写真絡みのリクだったのですが、どうも彼らの時代背景を考えると、お弁当の写真を撮るとか、ブログにあげるとかインスタ映えとか、は違うなあと思いまして、方向性を変えてしまいました。すみません。
ただ、完全に当麻の「ひとつ屋根」とか「いつか変わりゆくもの」とリンクしております。時期的には「いつか〜」の同日から数日後ですから(笑)。
ここ最近、ずっと「RE:スタート」以外はオリジナルを書いてばかりだったので新鮮でした。というか、やっぱ伸や遼を描くのって楽しいですね。
私は根っからの二次創作者ってことなんでしょうか。まあ、正しくは、ただの伸好きってことなんでしょうけど(笑)。

とにもかくにも、こんな感じでよろしかったでしょうか。水瀬なみさん。
リクエスト有り難うございました。これからも宜しくお願いします。

2019.10.07 記   

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